怖くないわけではない。
手を離したら彼は遠くへ行ってしまうかもしれない。他の皆が、そうだったように。
でももう、彼からは十分過ぎるほどたくさんのものを貰った。たくさんの可能性を奪った。
続くはずだった未来を、返さなくてはいけない。
「黒子っち!」
黒子が火神と共に教室に戻ると、すぐに黄瀬が駆け寄って来た。
「どこ行ってたんスか!探して…」
「黄瀬くん」
心配の言葉を遮って、黒子は真っ直ぐに彼を見つめた。声に強い決意を乗せる。
「もう、我慢しなくて良いんですよ」
「え…?」
「バスケをやって、良いんです」
驚きに目を瞠った黄瀬は、探るようにこちらを見た。視線を受けて、黒子は己の手を握り締める。
先に視線を逸らしたのは黄瀬だった。彼は目を伏せると、小さく首を振った。
「…やらない」
「なんでだよ」
成り行きを傍観していた火神が堪らず口を挟む。
「なんのためにバスケを辞めたんだよ。黒子のためじゃねぇのか」
苦々しい声は徐々に勢いを増す。
感情の奔流は、止まらなかった。
「全部捨てるから傍にいてくれなんて、脅迫じゃねぇか。どんだけ自分勝手なんだよ!」
「火神くん」
黒子はそっと激昂する彼の腕に触れる。火神は熱を逃がすように、息を吐いた。
苛立ちのままに言葉をぶつけられても、黄瀬は反論一つしなかった。
全部受け止めて痛みに耐える。そんな姿を見てしまえば、これ以上何かを言えるはずがなかった。
火神は渦巻く感情を持て余し、振り切るように踵を返す。
火神の背中を見て、俯く黄瀬を見て、黒子はしばしの迷いの後、火神を追った。


「火神くん」
廊下の先にまで来たところで、黒子の声が火神を捕まえた。
「違うんです、火神くん。黄瀬くんは…」
尚も黒子は黄瀬を庇おうとする。でも、馴れ合うだけでは何も変えられないだろう。
絡まってしまったと言うのなら、無理やりにでも抉じ開けてやる。
「黒子」
こちらを見上げる瞳は、晴れ渡る空の色をしている。
彼女が彼にとっての空ならば、まずは空を解放してやる。早く飛べることに気付けば良い。
「お前、バスケ部入れ」
唐突な提案にも関わらず、黒子に動揺はなかった。そして、迷いもなかった。
彼女は微笑んで、頷いた。
「…はい」


2013/3/12

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