―――泣かないで。
しゃくりあげる背中を温かな手が撫でる。何度も何度も。傷口に薬を塗り込むように。
――― 一緒にいよう。
囁きは優しく、甘く、決めたはずの別離を容易く揺るがせた。
もう、彼しかいないのだ。
色鮮やかな宝物たちは皆、消えてしまった。一人一人目映いほどの光を見せつけては、散り散りになっていった。
幸せな過去を手繰り寄せようと必死に伸ばした手は、冷たく振り払われた。
要らない。もう、お前は要らない。
大事な人からの拒絶に心が引き裂かれる。目に映らない血の代わりに、とめどなく涙が溢れた。
――― 一緒に、いさせて。
光が失われ黒く染まっていく世界で、彼だけが立ち止まってくれた。振り返って手を差し出してくれた。
だから、すがりついてしまった。
その手を掴めば彼を引きずり落としてしまうなんて、分かりきっていたことだったのに。


「全中三連覇を成し遂げた帝光のバスケは、確かに最強でした。でもそこには勝利しかなかった。私には…どうしてもそれが受け入れられなかった」
黒子は火神を見上げた。
「だから、決勝戦が終わると同時に私は部活を辞めました。そして黄瀬くんは、私と一緒に来てくれました」
数多の強豪校からのスカウトを蹴って、黄瀬は名も無き新設校に来た。
黒子の傍にいる。そのためだけに、他の全てを捨てて。
「お前はそれで良いのか?」
不意に問いが投げかけられる。
「黄瀬に、バスケを辞めさせることが望みなのか?」
「…私は…」
思い出す。自分が一番望んだ未来はどんなものだったか。一番幸せだった過去はどんなものだったか。
黒子がいて、キセキの皆がいて、笑ってバスケをしていた。かけがえのないチームがそこにはあって、自分はそんな皆が大好きだった。
失うことに怯えて口に出せずにいたけれど、願いはずっとこの胸にある。
「…バスケを、やって欲しいです」
「ならそう言えばいいだろ」
当たり前みたいに言い切るから、つい笑みが浮かんだ。
火神の言う通りだ。
強く掴み過ぎて絡んでしまった手を解かなければ、自分も彼も前には進めない。
ありがとうと告げて、もう大丈夫なんだと教えよう。
もう一度、彼がバスケをやる姿が見たい。


2013/3/10

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