相田の期待は第4Q早々に打ち砕かれた。
試合の流れは変わることなく、ゴールネットを揺らしたのは、やはり敵チームだった。
17点、19点と、差は一方的に開いていき、反比例して時間は減っていく。
成す術なく21点目のシュートが決まった時、さすがの火神の頭にも負けの文字がよぎった。
「…ああもう、だからイヤなんスよ」
攻守の入れ換えで移動していた火神は、小さな呟きを拾った。
横を見れば、うんざりした顔の黄瀬と目が合う。
「ゴール下にいてくんないスか」
「…は?」
いきなり何を言い出すのか。
ぽかんと口を開ける火神に、黄瀬は愛想の欠片もなく言った。
「動くなっつってんの」
言いたいことだけ言って、黄瀬は離れて行く。
どうせ打開策など持たない火神は、指示通りゴール下で成り行きを見守った。
福田から黄瀬へボールが渡る。今までパスしかしてこなかった彼が、初めてボールを持った。とほぼ同時に、黄瀬は一歩下がって3ポイントラインの外から、シュートを放った。
ストリートコートで見たのと同じ、お手本のようなフォームで宙に舞ったボールは、リングに掠ることもなくゴールを潜る。
黄瀬の始動はすなわち、誠凛のスコアの始動だった。
「黄瀬、お前…!」
逸る気持ちのままに話しかけた火神を迎えたのは、冷たい半眼だった。
「なに走ってんの」
「え、だって…」
点を取った次は守りに走る。そんな当然の流れを、彼は一蹴した。
「アンタは大人しくヘバってりゃいいんスよ」
相変わらず好き放題言い放ち、黄瀬はスコアボードに目を遣る。
「…あと18点…」
独白を漏らした口元は、僅かに好戦的な笑みを刻んだ。
慌てて点を取り返そうとする相手のボールは、あっさりと追い付いた黄瀬の手で叩き落とされる。ボールを奪った黄瀬は、またラインの外からゴールを捉えた。
2本連続の3ポイントに相手も動き出す。黄瀬にマークが集中したならば、彼は今度は火神にパスを出した。火神がゴールを決めて、また点差が縮まる。
外から黄瀬が。中からは火神が。次々に点を奪っていく勢いは止まることなく、残り時間6分で誠凛は2点差まで追い上げた。
しかし暴れた分、マークは厳しくなる。黄瀬に3人。火神に2人。固い守りに二人のラインは断裂する。ならば。
黄瀬は降旗へと、ボールを送った。わたわたと焦る彼に、視線で告げる。
―――1本くらい、決めてみせろ。
きゅっと口を結んだ降旗が撃ったシュートは、ちゃんと綺麗な放物線を描いた。
残り時間5分。試合は振り出しへと戻った。
首筋を伝う汗に、黄瀬は長く息を吐く。
選手交代の合図にベンチを見れば、臨戦状態の2年生が目に入った。
―――試合終了か。
黄瀬は僅かに口端を上げて、久しぶりのコートから退いた。


「悪いな、黄瀬。助かった」
「本当にありがとう。黄瀬くん」
何度もお礼を言う2年生たちから逃げるように、一人外へ出る。
ユニフォームから着替えて会場から離れても、まだ体は熱かった。
本気で戦うつもりなんてなかった。適当に流して終わらせるはずだった、のに。
勝ち負けぎりぎりの攻防に目覚めた闘志は、また自分をあの眩しい世界に引っ張り上げようとする。
黄瀬は立ち止まり、胸を押さえた。
急かすように脈打つ心音に混じって、透き通るような声がした。
「試合、出たんですか?」
冷や水を浴びたように体温が下がる。
振り返った黄瀬は、背後に佇む黒子を認めた。
「やっぱりまだバスケが…」
「違う!」
黒子の言葉を強く打ち消す。
「違うよ。もう…いらないよ」
バスケも。他の、なにもかも。
全部捨てるとあの時、決めた。この手に残るものは一つだけで良い。
「黒子っちがいてくれれば、いいよ」
小さな体を大事に大事に抱き締めながら。
黄瀬は胸の痛みに目を閉じた。


2013/3/2

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