「無理。っていうか、イヤっス」 申し出を一刀両断すると、目の前の人たちは二者二様の反応を返した。 女子生徒ながらバスケ部の監督だという相田は、やっぱりと諦めの色を濃くする。ここまで自分を引っ張ってきた迷惑なクラスメイト、火神は、言葉が通じていないのかというくらい、しつこく試合出場を頼んでくる。 「頼む。こんなとこで終わりたくねぇんだよ…!」 ひたすらに、なりふり構わず頭を下げる。そこまで必死になれる理由が、分からない。 「どうせ出ても負けるじゃないスか」 試合に出られるメンバーは、火神の他にはろくに試合経験も無い1年生3人だという。そこにやる気のない自分を加えたところで、勝算などたかが知れている。 「不様に負けるくらいなら、潔く棄権したらどうスか」 冷笑に乗せて言ってやれば、火神は火傷しそうな目でこちらを睨んだ。 「戦う前に諦めるくらいなら、不様に負けた方がマシだ」 愚かだと思う。負け前提で挑むなんて、理解できない。 けれど黄瀬には、そんな火神を笑い飛ばすことが出来なかった。 二人を通り越して、広い体育館に目を遣る。 練習の途中だったのだろう。下げられたままのゴールの下には、ボールが散らばっている。ここは「バスケ部」の空気で充ちている。 ―――ああ、駄目だ。 黄瀬は目を伏せた。 走りたいと、心が騒ぐ。 もう一度だけ。この空気の中で、走りたい。 「…いいよ」 短く了承を告げれば、火神は間抜け面で見返してくる。黄瀬は顔を上げて、繰り返した。 「試合。出ても、いいよ」 「そっ…か…!」 分かりやすい喜色満面の笑みで、火神は黄瀬の肩を叩く。 「サンキュ!」 明るく感謝を述べると、火神はわたわたと出発の準備を始める。 「ありがとう。じゃあこれ、よろしく」 こちらもまた慌ただしく、お礼と共に相田が差し出したのは、ユニフォームだった。 背番号11番。選手だという、証。 黄瀬は人知れず、ユニフォームを握りしめた。 「相手は普通の中堅校だけど、今回ばかりはこっちの条件が悪すぎる。油断は禁物よ」 時間ぎりぎりに会場入りした誠凛メンバーに、入念な作戦会議を行う余裕は無かった。そもそも、この即席チームに授けることのできる作戦があるのかどうかは甚だ疑問だが。 「黄瀬くん、ポジションは?」 「SFっス」 「そう。じゃあ外寄りで、火神くんたちのサポートをお願い」 「サポートで、いいんスね?」 試すような念押しに、相田は深く頷いた。 「…いいわ。部員じゃないあなたに、それ以上のことは頼めない」 チームの命運は、誰よりもやる気を迸らせている彼に、託す。 「相当キツいとは思うけど、任せたわよ。火神くん」 「うす」 相田は祈るような気持ちで、コートに出ていく選手たちを見守った。 火神の言う通り、こんなところで終われない。 2013/2/25 戻る |