04 ヒロイン
「誰もいないはずのシャワー室で気配がするの」
桃井は計算し尽くされた角度で首を傾げ、上目遣いで面々を見た。
「申し訳ないんだけど、男子部員で見回りをして貰えないかな」
容姿端麗な敏腕マネージャーのお願いに、逆らえるやつはいなかった。
怪しい人影は無い。火神はシャワー室の壁に背を預けた。
薄いドア越しに水音が届く。なんだかちょっと、ドキドキする。
「なにしてんですか」
不意に真横から声をかけられ、火神は文字通り飛び上がった。
「く、クロ…!いや違ぇよ、これは桃井に頼まれて仕方なくやっているだけで決してやましい気持ちは…っ!」
「違いますよ」
勝手に動揺する火神を一言で切り捨て、黒子は言った。
「中に入らないのかと言っているんです」
「入らねぇよ!」
一気に火神の動揺は吹き飛ぶ。
「なにあっさりと犯罪勧誘してんだよ!入れるわけねぇだろ」
「ああそうか。そうですね」
一人納得した黒子は、ポケットの中を漁った。
「タランタッタラ〜『針金』。シャワー室は鍵がかかっていますよね」
「そういうことじゃねぇよ!しかもピッキングかよ!」
「男を見せてください、火神くん」
「こんなとこで見せたくねー!」
あ、なんか泣きそうになってきた。
シャワー室の鍵穴をガチャガチャしながら、火神は黒子に泣き言を漏らした。
「…なぁ、やっぱ止めて良いか?」
「今止めたら男としてお仕舞いですよ」
「こんなことしている時点で人としてお仕舞いだよ」
火神がやる気なく針金を弄ったときだった。なんということか、ガチャリと手応えがあった。
恐る恐る押したドアは、抵抗なく開いてしまう。
「やりましたね、火神くん」
黒子は良い顔で、親指を立てて見せた。
「意外と様になっていましたよ」
「褒めてねぇよ!」
シャワーの音が近くなる。後ろめたさで、心臓は早鐘を打つ。いや違う。断じて興奮しているわけではない。
言われるがままにシャワー室の中まで来たが、ここからどうすれば良いのだろうか。
「なぁ、クロ…」
呼び掛けは途中で途切れた。ぎくりと体が硬直する。
―――水音が、止まった。
ヤバいヤバいヤバい。辺りを見回すが、黒子ならともかくガタイの良い火神が隠れられそうなところはない。
そうこうしているうちに無慈悲にも、シャワーカーテンが開いた。
「…!」
ばっちり中の人と目が合う。火神の頬を、汗が伝う。
覗き被害者は、悲鳴をあげた。
「きゃーん!火神っちのエッチー!」
「なんでだあぁぁ!!」
苦悩のままに、火神は頭を抱えて崩れ落ちた。
「良かったですね、火神くん。ヒロインは金髪美人ですよ」
「嬉しくねぇよ!」
火神は一瞬で立ち上がり、黒子の両肩を掴んだ。
「違ぇだろ!?こいつがヒロインなわけねぇよな!?これNGだよな!?」
「なに言ってんですか。みんなのアイドル(笑)黄瀬くんですよ」
「嘘だあぁぁ!!」
2013/9/19
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