リナリアの花束を君に1
「オレさ、やっぱりお前のこと好きにはなれない」


そう、唐突に告げられた。昨日喧嘩をしたわけじゃない。
彼の様子は今思い返せば朝から少しぎこちなかった気がするけれど、それでも、部屋に遊びに来た私を出迎えてくれ、もはや私といる時の定位置となったソファの隅でいつものようになんでもない話をしていた。
そんな時、ふと彼が呟いたのだ。


一瞬聞き間違いかと思ったけれど、彼の思いつめたような表情が、それを嘘ではないと物語る。

「……じゃあ、今までの言葉は全部嘘だったの?」


「ごめん」

ごめんってなに、そう口にしようとしたけれど、咄嗟に音を紡ぐことができなかった。
好き 愛してる、今までのありきたりな愛の言葉は全部偽りだったらしい。

彼に返事をしなくては、そう考えるのに、今なにを言うべきなのかなにをするべきなのか、
考えようとしてもうまく頭は回らず、一瞬のはずの時間がとても長いものに感じられた。

「そう、」

ようやく溢した言葉はたったの一言で、突然のことで涙なんて出るはずもなく、私は気付いたら彼の家を飛び出していた。



帰らなきゃ、動揺と困惑であまり機能していない頭がようやく絞り出した答えがそれで、私は覚束ない足取りで歩き出す。

足は歩くことをやめないけれど、頭の中は先ほどの彼の言葉が繰り返されている。

なら昨日は、この前は、会いたいって好きだって愛してるってそう言ったじゃない。それは全部嘘で、私は彼のうわべだけの言葉に騙されて、それに少しも気付きもしないで一喜一憂して、バカみたいで悔しくて惨めだった。



ふと無意識に歩みを止めたら家のすぐ近くの住宅街で、もうここまで帰ってきたのか、と辺りを見回すと、一瞬この住宅街でひときわ大きな家に住む、なんでもできてしまう所謂天才に分類されるのであろう幼馴染を思い出した。


元気かなぁ万里くん、


そう思っていた時に、
「名前?」と声をかけたのは、今ちょうど懐かしさに想いを馳せていた幼馴染だった。
どうやら彼はコンビニ帰りのようで、ビニール袋を手にぶら下げている。

中学時代は少しだけ交流があったけれど、ただの幼馴染であり性別も違うせいもあってか、歳を重ねるごとに疎遠になっていった。

久しぶり、そう口を開いた私はうまく笑えていただろうか、


「こんなとこで会うとかいつぶりよ」


「いつぶりだっけ、元気そうだね」


意識的に無理に笑おうとしたが、口角を上げようとして頑張っても頬が引きつる。限界だった。


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