巻き込まれた政府 | ナノ


▼ 7


それから数時間後に要請を出していた政府の人員がやって来た。
女審神者の身柄を拘束し、一期一振や短刀達の傷も何とか霊力部隊で対処する事ができた。…そして、その場にいた政府人員一同が刀剣男士達に頭を下げた。
彼等は私達を見ても、誰も何も口にしなかった。

後で鶴丸国永に聞いたけれど、どうやらあの審神者はあの納屋や短刀について私に語れないよう、刀剣男士達に縛り付けていたらしい。
加えてあの納屋には結界が何重にも仕掛けられていて、霊力が乏しい人間には感知する事さえ出来なかったようだ。そこを何とか鶴丸国永と三日月宗近が私に察する機会を与えようとしてくれたらしい。
元々神格の高いあの二振りは彼女から呼ばれたわけではなく、前審神者からの古株だったらしく。彼女との繋がりが薄かったからこそ多少の抵抗が叶ったらしい。

「…随分酷い顔をしているな」

政府へのゲート前で帰り支度をする同僚が声を掛けてきた。

「今回は随分な手柄だったじゃないか。もっと誇らしい顔をしろよ」
「どこが。見つかるまで6日もかかった」
「見つからないよりマシさ」
「自分の力で見つけたんじゃない」
「付喪神を味方につけたのか?やるじゃないか」
「…その言い方は、あまり好きじゃないかも」

少し頬を膨らませながらそう言えば、あちらも分かりやすく不機嫌さを露わにする。

「おい、深入りするなって言っただろう」
「してないよ」

…ただ、なんというか。この6日間、あちらから誘いがあったからといって色々遊びに夢中になった時間があったのも事実である。その時も、あの納屋の中では…と思うたびに自分が情けなくて仕方なくなるもので。

それに、あの審神者の言葉がずっと心の中で染み付いたままだ。
…たぶん、ずっと、消え入ることがないだろう。

「ま、帰ったらお前の仕事がたんまりあるから覚悟してろよ」
「手伝ってね、隣席のよしみで」
「気が向いたら」

そう笑いながら彼はゲートを通ろうとしたが、すぐに私が付いてこないのに気がついたようだ。
首を傾げながら「どうした?」と問うてくる。

「いや、荷物。本丸から取ってこないと」
「なんで整理してなかったんだよ」
「ドタバタして忘れてた」
「…手伝おうか?」
「たいした量じゃないからいい。すぐに戻るから先に行ってて」

そう口早に告げて本丸への階段を再び登った。正面玄関から行くのも何なので、裏口からそっと入る。流石に刀剣男士と遭遇するのは気まずい事この上ない。
1週間もあれば本丸の内情に詳しくもなり、すぐ自分の部屋だった客室に辿り着いた。荷物はそのままにしてある。政府の機密に関するものは既に懐に入れていたのは不幸中の幸いだった。
同僚を心配させるわけにもいかないので、素早く荷物をまとめる。

ふと、将棋ボードが目に止まった。しばらく悩み、机の上に置いて行こうとした…けれど、やっぱり鞄の中にしまっておいた。

こういったものは、やはり残すべきではない。
何度も将棋を楽しそうに指していた彼を思い出しながら小さく溜息を漏らした。


荷物も全て纏め上げ、さあ帰るぞと襖を開こうとした瞬間。
何故か勝手に襖が開き、藍色の装束が視界いっぱいに広がった。
驚いて一歩下がれば、そこに居たのは先ほどまで顔を合わせていた三日月宗近が佇んでいた。

「ああ、驚かせてすまんな。少し良いか?」
「え…あ、はい」

部屋に足を踏み入れ、その場に座り込んでしまった彼を横目に、こちらも荷物を降ろして向かいに腰を落ち着かせた。
何かまだ話があったのだろうかと少し首を傾げていると、さらに襖の向こうから人影が現れる。

「よっ、俺も邪魔するぜ」

そう告げながら鶴丸国永は三日月宗近の隣に座り、私に対して笑顔を向けた。
とりあえず此方も小さく笑みを返しては見たものの、それから二人は何か私に告げるような様子を見せなかった。

何だろう、私に何か言いたい事があって来たのだろうけど。なんだこの沈黙は。
夜の虫の鳴き声が嫌に部屋に響き渡る。向かいにいる二人は黙ってこちらを見たまま。

「……あの」

流石に耐えられず、私の方から言葉を発してしまった。

「…この度は誠に申し訳ございませんでした。政府の対応が遅れてしまい刀剣男士様達に多大なご負担を…」
「よい、その話はもう聞き飽きた」

やっと口を開いたと思えばこれかよ。
何なんだ、彼らはいったい何がしたいのだ。

「…しかし、今回特にお二方には感謝しております。私があの納屋を見つけた機会を与えてくださったのは様々な工面をして頂いたお陰です」
「なに。元はと言えば俺達はあの娘から呼び出されたわけではない。縛られたとはいえ、此方がその気になれば娘の結界を弱らせる事くらい造作もない」
「…そう、ですか」

それを聞いて、ふと疑問が心に疼く。何故、6日もの間それを実行しようとしなかったのだろうか。他者の力を頼っている時点で、こんな事を考えるのは間違いだと分かっていても、どうしてもそう思わずにはいられない。

「お主なら、任せても良いかと思ったまでだ」

すると三日月宗近は、私の心を読んだかのようにするりと答えてきた。
ん?と思わず素で返答しながらも、自分何かやったっけとこれまでの日々を思い出してみる…けれど、やっぱり心当たりが無い。

「まあ良い。本題に入るぞ。監査者殿に二つ話が事がある」
「二つ…ですか」

彼は小さく頷いて、少しだけ頬を緩ませた。


「俺達はもう人間に協力はしてやれん」

はっきりと、三日月宗近はそう言った。
その声は決して大きいものでは無かったけれど、私の鼓膜まで強く響いた。

…いや、ここで『何故』と考え付かないはずがない。

「この本丸内全ての刀がもう弱り果てている。特に短刀達の負担は大きい。たとえ身体が回復しても、心まではこれ以上の仕打ちに耐えられんだろう」
「…」
「もう無理だと判断した。政府とやらとも一切の関わりを絶ちたいと考えている」


…そうだ、このような状況を作ってしまった原因は政府にある。
彼らは一度にならず、二度までも人間に虐げられたのだ。三度目の正直…なんて身勝手な事はもう言えない。

「…分かりました。私の方で政府に伝えておきます」

本当は、難しいと思う。戦績は優秀で、特に三日月宗近までいる本丸だ。何が何でも協力させるようにと上から圧力が掛かるだろう。…けれど。
これは徹夜が続く事を覚悟しなければならないな。同僚を全活用させてもらおう。

そんな事を考えていると、三日月宗近はまた綺麗な笑みを返してきた。

「それと、もう一つの件だが」
「あ、はい。何でも仰られてください」

聞き逃さぬようにと気持ち前のめりになって耳を傾ければ、彼は穏やかな声で客室に言葉を落とした。


「……なあ、監査者よ。人はなんと愚かな生き物だと思わないか」


出てきた言葉は、反応にとても困るもので。

思わずぞくりと背筋が冷えた。

え、あの、やっぱり相当お怒りなのだろうか。もっと謝罪した方が良いのだろうか。
ここで『そうですね』なんて頷くのも変な話で。ひとまず再度頭を下げる。

「…申し訳ございません」
「刀は元々人の手によって生み出されたものだ。しかし、もう人を愛することなど出来ぬ。醜い傲慢な人間によって俺達の尊厳は地に落ちた。聞くか?俺があの醜男や醜女に虐げられた事の一つ一つを」
「…」

頬に湧き出た汗が一筋流れる。恐ろしくて、目の前にいる神様の顔を見ることが出来なかった。

…ああ、事態は私が想定していた以上に酷いものだったのか。
私は只、こうやって頭を下げる事しかできない。


「そこでだ、監査者殿。怒れる神に捧げるものは何か解るか?」


まるで子供になぞなぞを出すような柔らかい口調で、三日月宗近は私に問いかけた。
私はというと、只眉を潜めて口を一の字に結んでいた。噛み締めた唇は痛い。
中々答えを口にしようとしない私に、彼は小さく喉を鳴らして笑う。

「何だ、分かっているじゃあないか」

そう言われて、思わず目線を上へ上げる。何がおかしいのか、三日月宗近は小さく品の良い笑いを続けたままだ。

「霊力が全く無いというのも都合が良いな。お主の考える事が湯水のように伝わってくるぞ」
「な、にを…」

「そうさ、贄だ。この時代でも浸透しているだろう?神の怒りを鎮めるには生贄が手っ取り早いものだ」


当たり前のように、目の前の神様は愉悦の表情を浮かべて口にする。

いつの間にか、夜の鈴虫の声は聞こえなくなっていた。全ての生物が、この本丸から逃げ出しているように感じた。
そして再認識する。この人の身をしている神様は私の常識を覆すような考えの持ち主なのだと。

…ああ、何度も。たとえそう見えようとも。彼らは人間では無いのだと自分の中で言い聞かせていたのに。


「…申し訳ございません」

私と、彼らは違うのだ。

「それは出来ません」

生贄なんて、認めることは出来ない。
三日月宗近は、先ほどまでの綺麗な笑みをストンと止めた。けれど、ここで物怖じしてはいけない。

「…私に、政府に出来る事があれば尽力させて頂きます。ただ、その願いだけはどうしても叶えられません。お許しください」


確かに生贄の話は古い物語でもよく聞くが、それと現在とでは価値観が変わってくる。そのような倫理に反する事が出来るはずがない。
政府は少しずつ変わろうとしている。神々は勿論の事、審神者も人として尊敬すべき対象だと教えが広まっているのだ。
もちろん、あっさり引き下がってくれるとは思っていない。他に政府の方で何か打開策を用意できないかと思考を巡らせる。

…けれど。

「はっはっは」

またもや三日月宗近は声を上げて笑いだした。
表情は穏やかそのものだが、彼の思考まで理解することは出来ない。

けれど、もし。冗談だと一言でも告げてくれたら…。


「思い上がるなよ、人間」


彼は冷たい言葉で、私を殴った。


「これは願いなどではない。お主の考えなど、聞いてはおらん」


生唾を飲もうとしたけれど、口の中は既に乾いていて叶わなかった。

ふと、自分の手が震えていることに気づく。
縮こまって頭を下げるしかない自分が、とても小さな存在に思えた。

「…でも」

しかし、小さな存在だろうが何だろうが、人間として譲れない部分はある。全身震えまくっていたけれど、なんとか反論を相手に告げた。

「政府は生贄など用意する事が出来ません。絶対に、無理です。不可能です。どうかお判り頂けないでしょうか」

こちらは勇気を振り絞っているというのに、あちらは、きょとんとした目ですぐに言葉を返してきた。

「何を言う。都合の良い贄ならここにいるじゃないか」
「え…」

彼の言葉をすぐに理解することが出来ず、目線を左下に持っていき考え込んだ。
ここにいる、都合の良い生贄…。そんなの、深く考えなくたって解るはずなのに。


…いや、ちょっと待ってよ。嘘でしょ。


硬い笑みを返しながら、おずおずと相手に尋ねてみた。冗談だと言ってくれ。

「それは、まさか、私の事を指してますか?」
「他に誰が居るというのだ」

冗談じゃなかった。

「いやいや、あの、ご存知の通り私霊力からっきしですよ」
「確かにそれは不満だが、全く無いというのも都合良く扱えて良いかもしれん」

誰か、嘘だと言って欲しい。そんな、まさか自分が…。
先ほども本気でそれは無理だと物申したけれど、流石に自分の事となると焦りは倍増するもので。
どうにかこの場をやり過ごせないかと考え込む…けれど。

「逃げられると思うな。ここはもう俺達の領域だ」

楽しそうに告げる三日月宗近の言葉に、ぐらりと頭が揺れた。


ふと、先ほどから黙り込んでいる鶴丸国永に目線を配る。
彼なら…少なくともこの一週間特に親交があったら彼なら。何か救いの手助けしてくれるかもしれない。
たぶん、私の顔はもう真っ青のぼろぼろで。きっと醜いものだったのだろうけれど。

白い神様は、口の端を少しだけ上げて一言告げた。



「王手、だな」



その瞬間、ぞわりと全身に悪寒が走った。
神社に行った時にちょっと感じるような息苦しさが、あの納屋の時よりも多大なものになって自分に降り掛かってくる。
苦しくて、吐き気が込み上げた。まるで何かが身体を覆っているような感覚だ。
息も切れ切れに胸元を掴む。荒い呼吸をしながら、目を見張った。


霊力が全く無くても…なんとなく直感した。
政府との…私の世界との繋がりが、断たれてしまった事を。


嘘だ、これは夢だ。
何とか震える足を叱咤し立ち上がる。

「失礼します」とだけ口早に伝えて部屋の外へ出た。ただ笑って見過ごしていた二人をとても恐ろしく感じた。

慣れ親しんだ廊下を走り、纏めた荷物も忘れて政府のゲートへ向かう。
そうだ、早く帰らなくては。同僚も心配しているだろう。私が居なければ過労で死んでしまう。
いつの間にか大粒の涙が溢れて頬を濡らしていた。嗚咽も止まらず、醜い様で足を動かす。

玄関を出て、嫌に長く感じる階段を降り、政府へのゲートがあった場所に行けば…。



「…嘘」


そこには、何もなかった。

白い靄のようなモノが漂い、この本丸と一体化してしまっている。自分との繋がりが無くなってしまった事を嫌でも悟らせた。
膝から崩れ落ちて、ただその光景をじっと眺める。

戻れない。もう、帰ることは出来ない。
この現象は、よく知っている。何度も事務的に処理してきた。1日に45件も発生しかける神様の気まぐれ。
…神隠しだ。

先ほどから冷や汗が止まらず、衣服はじっとりと濡れていた。
気持ち悪くて、苦しくて、涙が止まらなくて。

夢なら覚めてと、そう願うばかり。


「探し物は見つかったか?」


後ろから、声が掛けられた。
この本丸で過ごして、一番慣れ親しんだ声で。

ゆっくりと後ろを振り向く。
鶴丸国永は今まで過ごした表情とは全く変わらず、どこか楽しそうな雰囲気を醸し出しながら私に近づいて来た。


「近寄らないでください」
「安心しろ。爺さんは知らんが、鶴は一途で決めた相手とは生涯共にする。ただの気まぐれで仕掛けた訳じゃないぜ」
「…意味が、解りません」

溢れていた涙を荒く擦って立ち上がり、近寄られた分相手から離れた。
けれど私の反応に鶴丸国永は更に気を良くしたようだった。

そんな反応がまた怖くて。その場から逃げるように立ち去る。どこにも逃げ場所なんてあるはずないのに。


「なんだ、昨日の鬼ごっこの続きか?いいぞいいぞ」


後ろから追いかけてくるのは分かった。直ぐに追いつかれるのも分かっていた。
けれど、他にどうしようもない。今のこの状況から逃げ出したくて仕方がなかった。


「君と遊ぶのは楽しいからな」


どうしてこんな事になったんだ。
何故私は、こんな事態に巻き込まれてしまったのか。

…霊力の無い一般人でも、神隠しに逢う可能性がある。……そんなの聞いてない。
きっと、これを機に政府も新たな対策に出るのだろう。もしかしたら私はその事例として語られるかもしれない。…冗談じゃない。


後ろから伸ばされた腕が、私の腰に巻きついた。


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