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「これで、どうすればいいんだ?」
「ええと…このスタートってやつを押して、自分の名前を入れてください。それで3年間学校生活を過ごすんです。頑張ってくださいね」
「待て待て、説明が雑になってるぞ」
そう言いながら部屋から出て行こうとする私の服を鶴丸国永は引っ張る。
あまり関わるべきではないな、とつい先ほど決意したっていうのに。小さく心の中で唸りながら再度彼と向き合った。
「3年間?過ごすのか。それは無理だぞ。長すぎる」
「そのゲーム…物語の中での3年間です。実際に過ごすわけじゃないですよ」
「学校というのはなんだ」
「教育施設みたいなものです」
「過ごしてどうするんだ?」
「女の子と仲良くなるんです」
「なんだって?」
このゲームの本来の趣旨を伝えれば、相手は更に驚いた顔を私に向けてきた。
その反応に満足し、今度こそ部屋を立ち去ろうとしたけれど、やっぱり目の前の刀剣男士様はそれを許してくれない。
「おいおい、どういうことだ。意味がわかないぞ。もっと説明してくれ」
「…鶴丸国永様」
少し眉を顰めながら、今度は相手の目の前に居座ることなく上から見下げた。
神様相手に無礼だと承知しながらも、このままじゃ解放されないのは目に見えている。
「一から十まで解説する事は確かにできますが、それだと自分で新しい事を発見する楽しみが無くなりますよ。それでも宜しいならゲームが終わるまで逐次説明致します」
「…」
私の言葉を聞いて、暫く表情を変えること無く見つめていた彼の瞳が少しだけ薄められた。
頬を上げ、好奇心に満ち溢れた彼の瞳は実に輝いている。
その様は実に格好良かったけれど、手に持っているのはギャルゲーなので大いに残念な人間にしか見えない。
やっと鶴丸国永がゲーム機と向かい合ったのを確認して、今度こそ客室から出ることが叶った。
さて、今日は昨日訪れていない裏庭へ向かうことにしよう。
一度縁側から覗く機会はあったけれど、確かに一本丸にしてはかなりの広さがあったように感じる。庭、というより森と表した方が正しいかもしれない。
流石に迷子になるとは思わないが、日が昇り始めた今のうちに済ませた方が良いだろう。
それにしても、静かな本丸である。騒がしい方が良い、というわけでは無いけれど、やはり少し落ち着かない。
そんな事をしみじみ感じながら裏庭へと足を踏み入れた。
辺りは薄暗く、先程まで耳に届いていた鳥の鳴き声はいつのまにか静まっていた。
…なんというか、少し息苦しい気もする。不快ではないけれど、神社の重苦しい空気と似たような感じだ。
だからといって、踵を返すわけには行かない。少し気になっていた場所だ、気持ち念入りに探索しよう。
…そんなわけで小一時間ほど歩き回ったわけだけど。結局、懐にある穢れ探知機は特に反応を示さなかった。
問題が無いことに少しだけホッとした後、そろそろ本丸に戻る事にした。
流石に整備されていない土地を歩き回ったので足が疲労を訴えている。
客室に戻ると、驚いたことにまだ鶴丸国永が部屋にいた。
…別に部屋からゲーム機持ち出して良いよって言っておくべきだった。
「お、随分早く戻ってきたな。裏庭は覗いてみたかい?」
「…はい、随分広くて驚きました」
「ああ、そうだろうな」
それから暫く、鶴丸国永は私の姿を見つめていた。
なんだ? と思わず心の中で首を傾げたが、言葉を告げようとしない私を察したかの様に再びゲーム機と向かいだした。
「…それ、この部屋から持ち出しても構いませんよ」
別に本丸で機械を使ってはいけないという決まり事はない。昔は制限されていたけれど。
「いや、ちょうど君に聞きたいことがあってな。この女人はどうすれば俺の誘いに応えてくれるんだ?」
そう告げながら、彼はゲーム機の画面を見せてきた。どうしよう、と一瞬悩みはしたけれど、なかば諦めながら画面を見てみた。
「ああ…、彼女は難しいですよ。学校のマドンナですので」
「まどんな」
「お姫様、みたいなものです」
「へえ」
一度、ゲーム内のスケジュール帳を確認する。そこには虚しい努力の跡があった。
よりによって何で一番難易度が高いキャラを選んだのだろうか。
「こんな毎日デートに誘っちゃ不味いですよ」
「でえと」
「ええと、逢い引き、みたいな…」
いや、それは違う気がする。
「とにかく、まずは彼女と仲良くならないと。彼女が喜びそうな台詞を選ぶんです」
「なるほどねぇ」
そう告げながらゲームを続ける彼に対して、この部屋から出ていってくれないだろうかと頼むタイミングを失ってしまった。
自分の部屋でやってくれ、と言いたいところだけど、またヒントを求めてここまで戻ってきそうだ。
…しまった、与える玩具を間違えたもしれない。
「なあ、監査者」
ふと、鶴丸国永が口を開いたと思えば再びゲーム機を見せてきた。
「この女人、主に似ていると思わないか」
そこにはメインキャラクターの一人が写し出されている。黒髪で清楚系だけど腹黒のキャラだ。
まあ、中身はともかく外見は確かに共通する点が多いかもしれない。
「そうですね。審神者もこの画面の人物も綺麗な方です」
「君のような人間は出てこないのか」
「出てきませんよ」
美人とは言い難い自分のようなキャラが出てきたら驚きだ。どの層を狙っているんだって話になる。
「そうなのか」
「そうですよ。私はあれです、モブ枠です」
「もぶ」
「端役です。脇役です。お膳立です」
何かと言葉の意味を問うてくる対応はなかなか大変だ。
正直、ここまで刀剣男士と会話したことがないので勝手が分からない。
「ほら、ちょうどこの画面の後ろにいる子みたいな感じです」
「これか」
私の言葉を聞いて、鶴丸国永は指し示したキャラをタッチした。そんなところ、触ったって何の反応も示すはずが無い…と、思っていたけれど。
『わあ!驚いた。地味な私に何か用ですか?』
「おいおい、何か喋り始めたぞ」
「嘘」
隠しキャラかよ。
ずっとずっと見つからないと思っていたら、まさか背景に溶け込んでいるとは。気付くはずがない。
先に見つけられてちょっとだけ悔しかったけれど、ゲームを楽しんでいる相手の姿を見て、まあいいかと苦笑した。
それにしても、恋愛ゲームにここまで没頭するとは思わなかったな。
…なんて考えていたけれど、ちょっと待てよ、と思い直す。
刀剣男士がどこまで人間らしい感性を持っているのか分からないが、こういった恋愛情事を見せつけるようなものをさせて良いのだろうか。
彼らがそういった感性を人間に抱くかは些か疑問だが(神隠しとは別に考えて)、なんというか、このように推奨するような真似はマズいのではないのだろうか。
そんな事を考え出すと、なかなか嫌な思考の連鎖は止まらなくなるもので。
「……申し訳ございません、その機械を返していただけないでしょうか」
「…?どうかしたのか」
「…その隠しキャラが気になるので、今すぐやってみたいんです」
「そんな事か。なら一緒にやろうじゃないか」
「そうじゃなくってですね」
少し眉を顰めながら、ゲーム機を取り戻そうと手を伸ばす…が、
何故かあちらは愉悦な表情を浮かべて取られないようにと身体を逸らした。
意地の悪い神様である。昨日から思っていたけれど、フランク過ぎるだろ。
「おっと、そう簡単に奪われちゃあつまらないだろ?」
「…」
こうも言われると、崇めるべき神様だという事を一瞬忘れてしまう。どうにかゲーム機を取りあげようと身を乗り出したところで。
解放されていた襖と襖の間から、藍色の装束が目に付いた。
見上げれば、人の良い美しい笑みを浮かべたもう一人の神様が。その姿を見て、すぐに鶴丸国永から離れた。
「なんだ、邪魔したか?」
「いいえ。如何なさいましたか、三日月宗近様」
更に目元の緩みを深める三日月宗近に、苦笑しながら肩を竦める鶴丸国永。なんとも居心地の悪い空間である。
「いやなに。随分楽しそうな声が聞こえたのでな。釣られてしまっただけだ」
「よく言うぜ」
口調の割には鶴丸国永は何故か楽しそうな様子である。そのまま私にゲーム機を差し出してきた。
「これもいいが、昨夜の将棋の方が楽しめたな。また貸してくれるか?じいさんにも教えてやりたい」
ゲーム機をおずおずと受け取りながら、一度藍色の神様に視線を配る。
じいさん、とは深く考えなくとも三日月宗近の事を指しているのだろう。あだ名だろうか。
「じいさんは将棋、知ってるか?」
「ああ、まあ少しは」
「なんだ。それなら問題無いな」
鞄から将棋ボードを手渡せば、鶴丸国永はそれをここで広げようとした。
ちょっと待って。まだこの部屋に居続けるつもりか。冗談じゃない。
「申し訳ございませんが、これから入用ですので他の部屋で楽しんでいただけないでしょうか」
「なんだ?何か問題あるのか」
「問題、と言いますか…これから報告書を作成します。政府の規定で第三者の目があってはいけないのです。お願い致します」
頭を下げれば二人はあっさりと部屋から出て行ってくれた。
やっと落ち着いたな、と一息してパソコンを開く。
今朝に視察した裏庭について、簡易的な報告を作成していると政府と連絡できる特殊携帯電話に着信が入っていた。
慌てて画面を確認すれば、同僚からだと表示されている。
「はいはい、どうしたの」
『おう。調子はどうだ』
「朝からさっそく視察に行ってきたよ」
『仕事熱心は良いことだ』
「あと、神様にギャルゲーやらせてしまった」
『…なんだって?』
「帰ったら詳しく教える」
『はあ…まあよく分からないけど、深入りすんなよ』
「まず深入り自体されないから大丈夫でしょ」
『まあそうだろうな。政府は嫌われてるからなあ』
同僚の言葉に、そういえば、と思い直した。
過去の腐った運営を重ねた結果、確かに政府は嫌われている。そんな感情は無いにしても、好意的に見ている審神者はいないはずだ。
その感情は、主人を慕う刀剣男士にも引き継がれてしまうようで。だから今まで私自身、刀剣男士と関わった事がなかった。
鶴丸国永と少し会話を重ねた結果、嫌悪さは微塵にも感じられなかった。むしろ積極的に関わろうとしている…気がする。
…おそらく、ここの審神者さんが菩薩並の感性の持ち主なのだろう。凄いよ。
「それにしても、どうして連絡したの?夕方に定期報告あるでしょ?」
『お前が連絡しろって言っただろ。先月の本丸の報告教えろって』
「え、もう調べたんだ。仕事早いね」
『どーも。それより、調べてみたけどお前の言う通りだ。先月の報告には厚、五虎退、乱、それに前田藤四郎の四振がいるはずだが…』
やはり、私が本丸を訪れる前にチェックしていたデータは合っていたようだ。
首を傾げながらも考えられる理由を持ち出す。
「うーん…審神者さんも心労で間違えたのかもしれないね」
『心労?』
「検非違使が襲撃してきて、破壊されたらしい」
『…なるほど。それでも報告書に誤りがあるのは見過ごせないな。正式にこちらから連絡入れるが、お前の方でも厳重注意をしておいてくれ』
「わかった」
その言葉を最後に、端末は途切れてしまった。通話時間を見てみると、意外に長くて少し驚く。
厳重注意…は必要として。とりあえず審神者さんの部屋に訪れた時に告げる事にしよう。
とりあえず目の前にある簡易報告書を完成させようと意気込む。
「なあ、やっぱりさっきの女人と遊ぶ遊戯も貸してくれないか?爺さんが随分興味を持っているんだ」
「勝手に襖を開けないでください」
「あれは難しいからな。やっぱり君の協力も必要だ。3人でやろうじゃないか。あの無愛想な『まどんな』に驚きを与えようぜ」
何が悲しくて二人の神様とギャルゲーしなくちゃいけないんだ。
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