■ アクアリウムの檻の中(青峰)

! キンセンカif話、60話までのネタバレが含まれます


アスファルトに反射する熱を浴びながら、出来るだけ脚を早く動かす。
メールで届いた画像を見比べながら辺りを見渡した。

屋根の色が少し特徴的なので、すぐに見つけることが出来た。
少し重く感じ始めたレジ袋を片手に、急ぎ足でその家の玄関口を確認する。


表札には『青峰』と書かれていた。



青峰から交際の誘いを受けたあの日。最初は何言ってるんだこいつ、なんて思ったけれど。
まあ青峰ならいっか、なんて今考えても良く分からない理由で晴れてお付き合いする事になった。

…といっても、付き合う前と特別何か変わったわけでもないのだが。

あえて言うなら、黒子が遠慮したのか私たちから離れようとしたことぐらいだ。
あの時は2人で黒子を散々怒鳴った。変な気を使っているんじゃない、正直お互い恋愛感情無いから今までどおりにしろ…と。

その場に第三者がいれば、怪訝な目で見られていただろうと思う。黒子自身も口をポカンと開けて首を傾げていた。



蝉の声が煩い7月、今日は恐ろしくらい暑い。部活が休みでよかった。

せっかくなのでどこか2人で過ごすか、なんて青峰から言い出して驚いたのだが、別にどこかに出かけるわけではなく青峰の家で過ごすことになった。

正直少し戸惑ったのだが、まあ青峰だしいいか、なんてまたもよく解らないフィルターが掛かり。


…こうして呑気にやって来たわけだが。


表札の横にある呼び出しボタンを押す。指先が震えていたのは緊張の表れだろうか。


『はい』


直ぐにスピーカーから青峰の篭った音が聞こえた。


「来ました。暑いです。早く中に入れて」

『おー、ちょっと待ってろ』


ぶつり、と電子音が止まって30秒も経たないうちに目の前の扉が開いた。
タンクトップに短パン、いかにも涼しげな格好だが黒地で彼の黒さを引き立てている。

なんでこんなに黒さを主張してるんだろう…。


「早かったな…って、お前。すっげえ汗」

「だから暑いって言ってるじゃん。アイス溶けそうなんだけど」

「マジで?お前やるな」


手に持っていたレジ袋を渡しながら、家にお邪魔する。
広くもなく、だからといって狭いわけでもない一般的な玄関を通り、ふと辺りの静かさがいやに気になった。


「家の人は?」

「仕事」


青峰はアイスの箱を手にとって、少し冷まそうと恐らく冷蔵庫の方に向かっていった。
慌てて後を追いかける。


「な、なんで」

「なんでって、逆に親が居たら家に誘わねえよ」


何か言われるの嫌だし。…と青峰は口にするのだが。
いやいやいや、そうかもしれないけれど…。

青峰はリビングからすぐ出て、2階へと私を招いた。どうやら私室に向かうらしい。

…まあ、青峰だし。

再度自分の中でそう呟きながら一段一段踏みしめる。

階段からすぐそばの扉を開き、中に招かれた。
お邪魔します、と一声かけて一歩踏み出す。以外にも片付いている。…特別綺麗なわけではないけれど。
とりあえず荷物を横に寄せてあった。

部屋の隅には小さなテレビが遠慮気味に配置されている。


「テレビだ」

「おー」

「中学生のくせに贅沢だな」

「お前の家のテレビの方がでかいだろ」

「私は一人暮らしだからいいの」


中学生で独り部屋にテレビだなんて贅沢だな。
私が本当に中学生だったあの頃では考えられなかったのだが。
家庭の違いというのも勿論あるのだろうが、カルチャーショックを感じてしまう。

軽口を叩き合いながら青峰を視線で追っていく。
相手はベッドの端に腰を下ろしたので、自分もおずおずとカーペットが敷かれている角の方に座り込む。


「お前、なに隅っこの方に寄ってんだ」

「他所の人の家って落ち着かないし」

「あっそ」


青峰は特別反応を示すことなく、近くにあった扇風機のスイッチを入れた。
涼しい風が頬を掠めて思わず目を細める。
ついでにリモコンを操作し、テレビをつける。お昼休みのあの放送が流れてきた。

テレビをしばらく見て、そういえば、と思い出しながら鞄からとあるものを取り出した。


「DVD借りてきた」

「お、マジで。何でも良いから見ようぜ」


紺色の小さなバッグを取り出して、借りてきた3つのDVDを机に置く。


「…全部ホラーものとか言わねえよな」

「その通りですけど」

「お前ほんとブレないな」


そう言いながら青峰は特に文句を言うこともなく、どれを見るのか私に聞いてきた。
一番気になってい たDVDを差し出すと、それをDVDプレイヤーに挿入する。

リモコンを少々不慣れた様に扱いながら再生ボタンを押した。

おどろおどろしいフォントで映画の題名が表示される。


「これって面白いのかよ」


さっそくB級臭さが全面に出てきたせいか、青峰は眉を顰めながら私に尋ねる。
こういった古さが逆に日本映画の怖さを引き立てているというのに。全然わかってない。


「辛口レビューサイトで95点とってたから絶対当たり」

「ふーん」


導入シーンはよくある日本の日常風景から始まった。女優さんは全然見たことない人だったので、逆にリアリティを感じる。
こう言っては何だが、顔も特別華やかではないので、本当にあった話なんじゃ…なんて邪推してしまった。


10分程で、少し怪しい空気になる。音楽が止まり、いかにも何かが出てきそうなシーンになった。
青峰はベッドに横になってテレビの方に視線を向けている。意外にも集中して見ているようだった。


『…ぎゃああああああ!!!』


テレビから生々しい悲鳴声が聞こえてビクリと肩が震える。
画面を見れば、丁度女の人が足を引きづられているシーンだった。

思わず手で目を覆う。予想以上に演出が怖かった。
やばい、この映画予想以上にやばい。


「…お前、怖がり過ぎじゃね?」

「青峰だってびっくりしてたくせに。見てたよ」


そう口にしながら、カーペットの角から四つん這いでゆっくりベッドの方へ移動する。
強がってはいるものの、近くに人がいないと恐ろしくてとても見ていられない。

青峰は奥に移動して一人分のスペースを空けようとしたが、さすがにベッドの上にお邪魔する気にはなれないので端の方に身体を預けた。


その後も容赦なく怖いシーンが続く。私はリアクションが少し強くなってしまったが、青峰も結構驚いていた。


「これは一人で見ないで正解だった」

「…俺トイレ言ってくるわ」

「待って何で今このタイミングで行くの」

「いま一段落しただろ。ちょっとビデオ止めておけよ、すぐ戻るから」

「ついてってもいい?」

「お前馬鹿かよ」


そう笑いながら、青峰は本当にトイレに行ってしまった。
なんで一人にさせるのかな。わざとだろう、たぶん。

まだ昼だし、扇風機の音と窓辺にある風鈴の音のお陰で怖さはそこまで感じなかったが。
…やはり、ほかの事で気を紛らわせたい。


すぐに鞄から携帯を取り出したのだが、ふと気になる事が頭を過った。


このベッドの下…、何かあったりするのだろうか。

もしそういった本が隠してあったら…


うわあ、気になる。すごい気になる。

ここは青峰のプライバシーを尊重して何も物色しないのが一番なのだろうが。
まあ、私、仮にも彼女だし。本当付き合ってる実感ないけど。

バレなきゃいいだろう、と無理矢理自分の中で納得してベッドの下を覗き込む。

こんな事をしておきながら、さすがに持っているとしても隠し場所がベタ過ぎるし、まあ何もないだろうなと思っていたけれど。


「…うわ」


あった。めっちゃ積み重なってる。

恐る恐る一番上にある雑誌を手に取ってみた。
表紙には『堀○マイ激似!秘蔵写真大公開!!』と大きな文字。
それと共に面積が極端に少ない水着を身に纏った美人が大胆な格好で写っていた。

中まで見るつもりはなかったのだが、好奇心に負けてしまい、パラパラと軽くページをめくる。


…まあ、中身は想像した通りのもので。

これどうやって手に入れたんだろう。
漫画のページも含まれていたので、それを読んでいると(見事なまでに成人向け漫画だた)トイレを流す水音が聞こえてきたので、慌てて雑誌をベッドの下に戻す。


不自然さを隠すために携帯を弄り、しばらくしてすぐに青峰が部屋に戻ってきた。
手にはバニラとチョコの二つのアイスが握られている。


「ん」


私の好きなチョコレートを差し出す当たり、流石だなと思いながら受け取る。
青峰はバニラの方を咥えて再生ボタンを押した。

直ぐに女の人の悲鳴が聞こえて咽せてしまった。




2時間弱後、画面にはスタッフロールが流れた。


「おい、これ絶対続きあるだろ」


意外にも映画を楽しんだ青峰は続きを促す。
たしかに、映画自体はかなり面白かったが明らかに終わり方が消化不足だったし、まだ何か起こりそうなところで終了してしまった。

青峰の言葉を聞いて、私は口元で弧を描きながら借りてきたDVDを取り出す。


「もちろん、続きを借りてきたよ」

「お前神かよ」


青峰はすぐにDVDを受け取って再生しようと準備を始めた。
こんなに楽しんでくれたのなら、私も借りた甲斐がある。


「…あ、そういえば。青峰って血とか大丈夫?」

「なんで」

「それ、15歳以上推奨だから。たぶん内容が直接的になるというか、エグくなると思う」

「ああ…俺は別に平気だけどお前はいいのかよ」

「私はむしろ大歓迎」

「じゃ、問題ねーな」


私の返答に笑いながら、再生ボタンを押した。前作のおどろおどろしいタイトルとは変わって、小綺麗なフォントで題名が表示される。
私はあの古めかしい方が好きだったんだけど。

今度の主人公は、前作の主人公の妹だった。美人で胸がでかい。
日常風景が続くが、前作の登場人物も多く出てきた。主人公は亡くなってしまったので回想シーンのみの登場だったが。


怖さだけでなく、こういった場面も普通に面白いなと関心していると。


しばらくして夜のシーンになり、寝室で脇役の登場人物二人がいちゃいちゃきゃっきゃする様子が映された。


最初は特になんとも思わなかったのだが、どうもおかしい。
別にそこまで見せなくてもいいのに、二人の絡み合うシーンが嫌に続く。


遂には女の人の喘ぎ声まで聞こえてきて、おいおいおい、と心の中で呟いた。


血じゃなくてそっち?そっちで15歳以上推奨になったの?ふざけんなよ。


別に一人で見ていたら何とも思わない。
思ったとしても、ホラー映画でやると死亡フラグだよなあ程度だ。

なんでこんな、『家族でテレビを見ていたときにそういうシーンになっちゃって気まずい』みたいな気持ちにならなくちゃいけないんだろう。
青峰は黙ったままだし。


早く終わって次のシーンにならないかな、とうずうずしていると何故か視線を感じる。

こっそり後ろを覗き見してみると、真顔で青峰がこちらを見ていた。
あまりにもあからさまだったので、私も青峰の方を振り向く。


「…なに」

「…俺、思ったんだけど」

「うん」

「俺ら付き合ってるだろ」

「一応ね」

「で、家まで来てるじゃん」

「うん」

「何も起こらないのおかしくね?」

「いいじゃん別に。私、健全なの大好きだよ」


いきなり何を言い出すんだ、と内心ドキドキしながら再びテレビの方を向く。

未だにテレビの中では事が終わってなかった。おい早くお化け出てこい。
いっそ早送りしてしまおうかと思ったが、リモコンは青峰が寝そべっているベッドの枕元にあるので早々に諦めた。

出来るだけ落ち着いているつもりだが、内心バクバクである。
青峰はため息をつきながら、ベッドの空いている横のスペースを軽く叩いた。


「お前ちょっとこっち来い」

「お邪魔すると悪いから遠慮しとく」


ちょっと待ってどうすればいいのこの状況。
あの青峰の様子がおかしいんだけれど。

テレビの方はまだ続いてるし。いつまでやってるんださっさと終わってくれ。

もう怖い思いをした方がマシだ。トイレに逃げ込みたい。…トイレ行こう。とりあえずトイレに逃げればなんとなる気がする。
そう思って少し腰を浮かせると、何故かお腹が締め付けられて後ろの方…ベッドに倒れ込んでしまった。


よく確認すれば、青峰の黒くて筋肉質な腕が自分の腰に巻き付いていた。


「お前、そのすぐ逃げようとする癖なんとかしろ」


思いの外すぐ頭上から声が降ってきて、慌てて腕を引き剥がそうとしたが、青峰の腕は微動だにしない。


「せ、セクハラ…!」

「別に何もしねーよ」

「やってる!現在進行形でやってる!」


どうしよう、青峰に『現在進行形』な んて伝わるのだろうか。
焦りだして私も意味不明な事で頭を占めてしまう。

青峰はというと、再び溜め息を漏らして言葉を繋げた。吐息が耳に直接かかるので止めてほしいのだが。


「一度お前とちゃんと話したい事あったんだけど」

「それ、映画終わった後じゃ駄目?」

「駄目だ。お前、すぐはぐらかして逃げようとするし」


そう口にしながら、青峰は空いているもう片方の手でリモコンを操作し、DVDを停止させた。
せっかく気まずいシーンが終わりそうだったのに…!


「お前さ、なんつーか…ドライ過ぎじゃね?」

「ど、どら…?」


状況が状況なので、思考が追いつかない。


「お前のそーゆーとこ嫌いじゃねえけどさ」

「…?」

「一応付き合ってんだから、少しはそれっぽくしろっつーか…」

「…いや、あの、ちょっと待って」


ツッコミ所が多すぎる。
怖くて青峰の顔が見れないんだけど。
そろそろ腕が離れてもいいと思うのだが、まったく動く気配はない。


「別にお互い恋愛感情無いって話はどうした」

「…」

「いや、黙らないでよ」

「じゃあお前は嫌いな奴と付き合えんのかよ」

「んんんんん????」


一度、私たちが交際を始めたあの日を思い出してみる。
どう考えても、あのやり取りは青峰の興味本位で付き合う方向になったと思うのだが。
好きだの嫌いだの、そんな言葉は一度も交わされなかったはずだ。


「いや、青峰の事はむしろ人間的に大好きだけど」


冷静に考えると、この状況はなかなかヤバイ気がする。

家に誰もいなくて、相手の私室にいて、こうやってほぼ拘束されながらベッドに横になって。


…うわあ、やばい、こいつはやばい。

青峰だからって甘く見ていた。今までの友情補正が強すぎたのだ。
これじゃまるで、青峰が私を異性として見ているみたいじゃないか。


「…お前さ、よく喋るだろ、男と」

「いや、それ以上に女子と喋ってるよ」

「別にテツとか緑間とかと一緒に居ても何とも思わねえけど」

「無視しないでよ」

「紫原とか、俺が知らない奴と話してると…たまにイラッとする」

「…?それは、」


中々まずいのではないのだろうか。
いや、恐らく彼は自分のおもちゃが取られてしまった心境と似たようなものに陥ったのだろう。
そうじゃないと恐ろしい。やってられない。

なかなか返答をしない青峰は、軽く舌打ちをして空いた方の手も私の腰に巻きつけてきた。


必然的に身体が密着してしまい、もう勘弁してくれと心の中で願う。

なんなの、何が青峰をこうさせているの。


「…映画の続き、見ませんか」

「…」

「続きが気になって仕方ないんですが」

「…」

「……青峰が言いたいことは分かったから」

「…で?」

「…一回ちゃんと考えてみる、そういう対象で」

「すぐ逃げようとすんなよ」

「…努力する」


そう答えて、やっと青峰は腕を退けて開放してくれた。

まるで、あの鬼畜部活を休みなし3回連続で行ったような疲労度だ。例えも少し意味が分からないが。
おずおずとベッドから抜け出そうとする。
ふかふかの感触ではなく、硬い床を求めて身体を乗り出すと。


大きな手が私の頭をがっしりと掴み。

首だけ青峰の方だけ向かされて、視界が青峰の顔でいっぱいになる。


思考が追いつかず、抵抗する暇もなく。



…気付けば青峰の顔は直ぐに離れていた。

奴は何事もなかったかのように、リモコンを操作してDVDを再生した。



…まって、いま、こいつ…何をした?



青峰は満足そうな顔をして、テレビの方を見つめている。


「…トイレ行ってくる」

「おう、勝手に帰んなよ」


やばいどうしよう、黒子に助けてのメールを送りたい。
心臓の音が煩くて、首を振りながら青峰の部屋を後にした。


帰りたい帰りたい帰りたい……。


口に残った感触を指で軽くなぞりながら、トイレに駆け込んだ。



20分後、中々トイレから出てこない私に、青峰が笑いながらトイレのドアをノックしていた。

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お前は誰だ、みたいな話になってしまいました。
青峰がこんな事するわけないと思いますが、企画小説ならでは、ということでお許しいただければ…!
キンセンカ60話で、あのまま青峰と付き合ったら…というリクエストを多数頂きましたので今回書いてみました。途中から砂糖吐きそうで仕方なかったです。甘い展開って難しいです。
リクエストしてくださった方々、ありがとうございました!

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