■ 好きと嫌いの攻防戦(all?)
! キンセンカの涙80話までのネタバレあり
いつまで経っても慣れない厳しい練習が終了し、タオルで顔を拭きながらロッカーを閉める。
いつか行けなかったマジバ、今日行こうという青峰の約束はもちろん頭の中にあった。
自分と青峰、そしてみょうじも共にする予定だ。
「テツ、早く行こうぜ」
「待ってください、みょうじさんの事忘れてませんよね」
「忘れてねえよ」
自分と同じように、タオルで無造作に髪をかきながら青峰は携帯を一瞥した。少々時間を気にしているようだ。
今日は当番では無いから早く終わる、と練習が始まる前に口にした彼女は、確かに何時も以上に仕事を手っ取り早く終わらせようとしていた。
エナメルバッグを肩に掛け、更衣室を後にしようとするとき、端の方から視線を感じとった。
「…」
既に着替えを終えた紫原は、携帯を弄りながら気付かれない用に此方の様子を伺っている。
たとえ彼が気付かれない用に気を使っていても、人の視線の動きに敏感な自分には分かりやすいものだった。
「…紫原君」
「んー?」
初めて自分の存在を気付いた素振りを見せながら、彼は携帯を手にしながら此方の方を振り向いた。
「今日、マジバに行くんですけど一緒に行きませんか?」
自分の言葉に、紫原は薄い唇を微かに振るわせる。
特に深く考えずに出てきた言葉だった。
最近、みょうじに対してどこか距離感を持たせている彼に対し、試すような事をしてしまう。
正直、何を考えているのか分からない紫原のサポートを細かくやっていく気は無いのだが、1年からのクラスメイトである為か、深く考える前に声を掛けてしまう。
これで彼から拒否の言葉が出ても自分は『わかった』と一言口にするだけだ。
…しかし、予想に反して紫原は「行く」とはっきり黒子に告げた。
「あ?紫原も行くのか?」
青峰に確認を取らず誘ってしまったが、彼は特別そういった事を気にしない。むしろ人数が増えたことに気を良くした様だ。
それなら、と青峰は更衣室を見渡す。
「おい黄瀬」
「んー?どうしたの青峰っち」
「マジバ行くぞ」
「お、いいっスねー!」
殆ど此方の会話を聞いていなかったのか、恐らくみょうじも一緒に来ることを知らずに黄瀬は快く承諾する。
自分も一緒に行く事を知ると、黄瀬は更にモデルらしからぬ砕けた笑顔を此方に向けた。
黄瀬と紫原は自分たちと同じようにエナメルバッグを肩に掛け、青峰はそれを確認すると更衣室を後にする。
そしてみょうじを迎えに行くために体育館へ向かった。
「…?何か忘れ物っスか」
「みょうじさんも来られるんですよ」
「…え」
口をポカンと開けて自分と青峰を交互に見比べる。
しかし、今更やっぱりいいや、なんて彼の口から出るはずも無く、少し眉を顰めながら青峰の後をついて行った。
1軍体育館は試合明けだった為か、誰も居残り練習をしておらず、いやに静かだった。
みょうじ本人は、隅のほうでゼッケンを畳んでいた。
それなりに量があることを確認し、手伝おうかと声を掛けようとすると。
「ちょっと待て」
とっさに、青峰の掌が自分の口を覆った。突然の事に驚きながら青峰の方に気をとられていると、彼は自分たちがいる反対側の出入り口にいる一人の男子生徒を指差した。
…髪を短く綺麗に切りそろえ、眉を弄り少し背伸びをしている少年は同じく2年男子バスケ部だ。
この強豪帝光中でも2軍の中心メンバーとして活躍している。そんな彼も最初は3軍から始まった為、彼の事はもちろん知っている…が。
青峰は体育館に視線を送りながらこそこそと自分たちを死角のほうへと押しやった。
「ちょ、どうしたんスか」
「いいから、ちょっと待ってろって」
なぜか青峰は少し口元を緩めながら、体育館を再び覗き込んだ。
首を傾げながらも彼と同じように身を隠しながら中の様子を伺う。
「…みょうじ」
男子生徒は、容姿と反して気弱な口調でみょうじの名を呼んだ。
気配を感じ取れなかったのか、彼女はびくりと肩を震わせ声の元を辿る。
そしてやっと少年の存在に気付くと、少しだけ表情を柔らかくさせた。
それに比例して、隣にいる紫原は眉を分かり易く顰めていた。もう彼は自分達に隠す気が無いらしい。
「久しぶりだね、どうしたの?」
ゼッケンを一塊にまとめ、みょうじは少年の方に歩み寄る。そのせいで、彼女の表情を伺うことは出来なくなった。此方からは、頬を軽く染め落ち着き無く首筋を撫でる少年しか見えない。
そんな様子に、青峰の次に悟った黄瀬は物珍しげに目を見張っていた。
「…いや、近くまで寄ったから、ちょっと覗いてみただけ」
「あーね。元気にしてた?」
「ぼちぼち」
親しげに会話を続ける二人に、少しだけ驚いた。
入学式の頃から知っているみょうじの事は、ほぼ一緒に行動していた為かその交友関係も把握しているつもりだった。
3軍にいた頃は進んで会話を交わすような仲だとは思わなかったが…。
「あいつ、やっと言う気になったのか」
頭を捻っていると、青峰が口元を上げながら呟いた。
「知り合いですか?」
「元クラスメート。1年6組」
彼の言葉を聞いて、ああそうか、と納得する。
少し派手な容姿である彼は、確かに元6組らしい外見だ。
去年の1年6組といえば、アクの強い男子生徒が集合していた。青峰もその中心人物の一人だった。そんなクラスに対し、みょうじは元6組の事を『DQN組』と称していた気がする。
どうやら文化祭を通し、6組の数人と会話をする仲になったと聞いていたが…どうやら彼がその1人だったようだ。
会話を続ける二人に、大男3人と自分が黙って様子を見守る。…何故こんな隠れる真似をしなければならないのだろうか。
「…あいつさー」
自分の目線に気付いたのか、青峰が此方と二人を交互に視線を配りながら口にする。
「みょうじが好きみたいでよ」
「は?」
ずっと黙っていた紫原がやっと口を開くが同時にお菓子をボロボロと落とす。
「何であんな可愛くない奴好きになんの。趣味悪すぎでしょ」
「お前が言うな」
「…峰ちん捻り潰すよ」
「へーへー」
紫原と反して、少年の様子で直ぐに感じ取った黄瀬は驚きをあまり見せないが、視線は二人から外そうとしていなかった。
「去年の文化祭あたりから、みょうじがどうのこうのってうるさくてよ、もう告ってこいって言ってやったんだけど…」
まさか本当に、なんて自分から口にしておいて青峰は紫原や黄瀬と同じように少年の方へ視線を送る。
三人とも、興味津々のようだ。…いや、自分も気になるが。
「…覗き見は、止めませんか」
「あいつも覗き見してただろ、去年の夏。仕返しだ」
「ああ、君が体育館の外で呼び出されたときですね」
「何それ聞いてない青峰っち」
「うっせ、黙れ」
「ねえ煩いんだけどー」
小声ではあるが、好き勝手に騒ぎ始める集団に、彼女に気付かれないだろうかと不安になる。
…みょうじは覗き見癖がある。もちろん人は選んでいるのだが。
しかし正直、それが彼女の一番の短所だと思っていた。なので何度か注意した事あったのだが、これでは彼女の事を責める資格が無くなってしまう。
「いいから、ほら。あの人にも悪いですし…行きますよ」
強めに青峰の腕を引いてみたのだが、ビクともしない。
「待て待て、ほら、あいつ言うぞ」
無理やり自分の後頭部を掴み、入り口の方へ押しやられた。そこで嫌でもあの二人が視界に入ってくる。
溜息を大きく漏らし、ごめんなさいみょうじさん、と心の中で呟いた。
不可抗力なので仕方ない。そう自分に言い聞かせて。
「…あのさ、みょうじ」
「うん?」
青峰が口にした通り、少年は纏う空気を少しずつ固めていく。近すぎる故か、みょうじが気付く様子は無い。
「付き合ってる奴とかいる?」
「え、何、恋バナ?」
「恋バナ」
「いいねー。でも残念だけど私彼氏とか居ないから楽しい話は出来ないよ」
それよりそっちの話を聞かせてよ、とみょうじは陽気に答える。
…基本的に彼女は人の気持ちに敏感な方なのだが。自身に向けられたものだと鈍くなるのだろうか。
確かに、自分も人から想われる気持ちには鈍感な方なので、みょうじの心情は良く分かる。
「俺は…」
視線を急がしく泳がせ、唇を数度噛む。そんな少年の様子にみょうじは笑いながら、どうしたの?と聞く。
少年は息を細く長く吐き出すと、意を決した様にみょうじの方に歩み寄る。勢いをつけすぎた為か、急に短くなる二人の距離感にみょうじは一歩下がろうとしたが。
彼女の腕を、少年は強く握り締め、まるで逃がさないようにみょうじの姿を射止める。
それに耐えられなかったのか、紫原が立ち上がり体育館の中に入っていこうとした…が、青峰が瞬時に彼を止めた。
「おい待て!邪魔すんなって」
「趣味悪いから考え直した方が良いって助言するだけだしー」
「馬鹿言うな。あいつ、ああ見えてチキンだからよ。せっかく覚悟決めたってのに邪魔したら可哀想だろ」
そう口にしながら青峰は紫原の腕を力強く引っ張る。
「そんなの知らないし」
「…こんな事言いたくねぇけど、たぶんみょうじは振るだろうから。我慢してろ」
どうにかして紫原の行動を止めようとした青峰だが、嘘を言っているわけではないようだ。
確かに、みょうじは恋人が欲しいと仄めかした事は一度もない。それどころか、一時期彼女が居た自分に「中学生の癖に」と何度もぼやいていた (普通だと思うのだが)。
青峰の憶測と同じ意見を持たざるを得ない。
少年にいきなり手首を握られたみょうじは「どうしたの?」と聞いかける。
流石に、何か重大な事を言われる空気を感じ取ったらしい。
「俺さ、みょうじの事がさ、…好きなんだよね」
ようやく出てきたその言葉に、 みょうじがどんな表情を向けているのか。
残念ながらその様子は確かめられないが、容易に想像できる。
「あ、 ありがとう…」
「いや、あの、だから…俺と付き合ってくんない?」
紫原が青峰の腕を引っ掻くが、青峰は断固として離そうとしない。
微動だにしない みょうじから出てくるであろう言葉、『申し訳ない』、『嬉しいけど』、『他をあたってくれ』…。
どんな返答をするのか、予想は出来たが5つの視線が彼女を見つめ、 言葉を聞き漏らさんと耳を傾ける。
徐々に固まりきった思考が溶けていったのか、みょうじは自由な片手に口を当てる。
それは、彼女が何かを考え込む際によくやる癖だった。
まさか、と隣の黄瀬を押しやって身を乗り出す。
「…ちょっと考えさせてくれないかな」
それは、肯定とも否定とも取れない、先延ばしの言葉だった。
みょうじは変に期待を持たせようとはしない。本当に悩んだ末に出た答えなのだろう。いや、そうだとしても…。
「…断らないじゃん」
「付き合うとも言ってねえだろ」
そう言いながら青峰自身もみょうじの返答に驚いているようだった。
「…できれば、今返事が欲しい」
「う、うーん…」
あまり慣れていないためか、好意を全面に押し付けられみょうじは戸惑いを隠せていない。
押しの弱い彼女は、少年の手を振り払おうとはしなかった。
感情が高ぶっている為か、みょうじを拘束していた片手から両肩へと移す。彼女はさらに身体を強張らせた。
「…ねえ、あいつチキンじゃなかったの?」
「…たぶん」
「何であんなガツガツ迫ってるの?なんで抵抗しないの?」
「知らねえよ!」
「普段控えめなタイプほど、暴走すると怖いっスよねー」
「黄瀬、お前面倒くさい事言うな!」
顔をずいっと迫られた彼女は、さすがに両手を顔の前に差し出して声色を硬くする。
…邪魔はしたくないと思っていたが、これは少し怪しい空気になってきたかもしれない。
「…みょうじの事、な、名前で呼んでもいいか!?」
「ど、どうぞ…」
「なまえ!!ず、ずっと好きだった!!」
「おおおおお落ち着いて!分かったから!ありがとう!気持ちは嬉しいから!!」
ねえ、あれ大丈夫なの?と黄瀬が二人を指差しながら皆に視線を向ける。青峰は唇をぎゅっと結び、紫原は暴走寸前だ。
「…ね、ちょっと肩痛いから離してくれると助かる…けど」
痛い、とのワードに4人全員がピクリと反応する。さすがに青峰も紫原を拘束する腕を緩めたようだ。
少年はみょうじの顔をじっと見つめ、顔をゆっくりと近づける。
「…やっ!」
初めて聞く、本当に余裕のないような彼女の否定の声に、反射的に身を乗り出そうとした…が。
一番早く身体を動かしたのは黄瀬だった。
紫原は青峰の拘束が解けるのが遅かった為か、出遅れたと項垂れる。そんな暇があるなら自分も出て行けば良いのに。
「…ちょっとストップ」
黄瀬は素早くみょうじから少年を引き剥がす。突然現れた長身の男に、彼は目を丸くさせていた。もちろん、みょうじ自身も。
「あまりガツガツしちゃうと、女の子は引くっスよ」
「…じゃ、邪魔すんなよ」
相手が黄瀬だと分かり、分かり易く顔を顰めていた。
よりによって女子生徒から絶大な支持率を誇る黄瀬に邪魔をされ、納得のいかない顔を向けていた。
「…嫌がってたでしょ」
黄瀬はみょうじの顔を見向きもせず、しかし彼女を庇う言葉を紡いだ。
…自分はもちろんの事、青峰、紫原は口をポカンと開けていた。
しかし一番驚いていたのはみょうじ自身だろう。少年に告白された以上に全身を硬直させていた。
「いや、空気読めよ」
先ほどまで微笑ましく慌ていた空気を一変させ、声色を低くし黄瀬を威嚇する。さすが、元DQN組なだけある。
しかし黄瀬はそんな空気に当てられることなく、平然と言い退けた。
「空気がどうのこうのの話じゃないっしょ」
「…女子に不自由してない奴が言うとちげーな」
「好き子相手なら、嫌がる事もしないって普通の奴ならそう思うんじゃないの。お前、気になる子は苛めちゃうっていう小学生?」
…黄瀬は親交がある人と無い人で態度が大きく変わる。無駄に恨みを持たせる様な事はしないが、敵とみなした相手には無自覚に容赦ない言葉をぶつけていた。
それを今、目の辺りにして少しだけ驚く。
彼にとって、何か気に障ることでも今の会話にあったのだろうか。
黄瀬の気迫に押され、少年は出かけた言葉を飲み込んだ。
一度、みょうじの方に視線をやり、「ごめん」と一言告げる。
そして、その場を逃げるように体育館を去ろうとした。
するとやっと事態を飲み込んだのか、みょうじが少年の名前を呼ぶ。
「あの、本当に嬉しいんだけど、そういう対象に見れない。…ごめんけど…」
「ん、わかった」
後姿で、みょうじに顔を見せないまま、軽く手を振り今度こそ体育館から姿を消した。
「…言っとくけど、俺片思い中だから、女子に不自由してない訳じゃないっスよ」
黄瀬が最後に呼びかけた声に、彼は気付いたのだろうか。何の返事も返ってはこなかった。
やっと落ち着いたみょうじは大きな溜息をつく。
「…黄瀬君、ありがとう」
「なんで直ぐ断らなかったんスか。変に期待もたせちゃ可哀想っスよ」
やっとみょうじの姿を捉えた黄瀬の目は、どこか冷たい。
しかし、暖かい目を向けられたことが恐らく一度もないみょうじは、その視線に何の疑問も抱かないようだった。
「ちょっと…思うところがあって」
「…」
なんとも言えない空気に、未だに体育館の外から見守る。
出て行くタイミングを完全に逃した。
隣で青峰が、ぽつりと呟く。
「…紫原、悪ぃな」
俺のせいで…と言葉を濁す。
紫原はそんな青峰に反応を見せず、ずっと黄瀬ではなくみょうじを恨めしそうな目で見ていた。
…好意が大きくなり過ぎると憎しみが湧く、なんて有名な歌の歌詞にもよく用いられているが。
いや、まさか、さすがにそんな事にならないだろう。
そう自分に言い聞かせて、慰めるように紫原の背中を軽く叩いた。
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見てないで皆で助けろよって話になってしまいました。
『黄瀬君と気まずいままだけど成り行きで主人公を助ける話』:だるまさん
『キンセンカの涙夢主が告白されている現場を目撃して少しモヤモヤするキセキ達』:朱華さん
素敵なリクエストをありがとうございました。一番初めにリクエストして頂いたお話を掻く予定でしたが、お二人ともほぼ僅差でしたので合体させていただきました。
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