キンセンカの涙 | ナノ


77:問題要因もう1つ

部活が終了し、片づけを始めようとしたとき、赤司くんに声を掛けられた。


「みょうじ、少しいいか」

「あ、はい」


監督に一言声をかけて、赤司くんは作業をしていた此方の方にわざわざ来てくれた。手を軽く払い、立ち上がって彼と向き合う。


「桃井もだ。少し話がある」

「どうかしたの?」


すぐ隣にいた桃井さんにも目を配り、私たち二人に対して言葉を繋いだ。


「もうすぐ予選が始まるのは分かっているとは思うが」


そんな言葉から始まったので、もしかして説教でもされるのではと少し身構えてしまったが、すぐ杞憂だと理解する。


「1軍にもマネージャーをもう少し割こうと考えている」


今のところは2人、と彼は部将らしい顔つきで私たちに言った。
考えてみれば、確かに今までは私と桃井さん、そして3年の先輩マネージャの3人で仕事をこなしていた。
もう少し人手が欲しいなと思っていたので、この提案はありがたい。


「試合で外出が多くなれば、その分負担が掛かるだろう。この話はもう海田さんに伝えている」


ちなみに海田さんとは、3年の先輩マネージャーの事である。


「それなら、山田ちゃんも1軍に来るの?」

「ああ」


赤司くんの返答に、桃井さんは顔をパッと明るくさせた。もちろん私だって嬉しい。
2軍かつ2年生のマネージャーは山田さんしかいないのだし、彼女がこちらに来るのは当然として。

それならあと1人は誰が来るのだろうか。
私と同じ事を桃井さんも思いついたようで、首を軽く傾げる。
そんな私たちの考えを簡単に読み取り、赤司くんはさらに続けた。


「あと1人は、川田を考えている」


ああ、あの子か。と納得する。

川田さんは1年生のマネージャーだ。1年は人数が多いが、彼女の仕事の出来の良さは抜きん出ていた。
性格もサバサバしている、気持ちの良い人物だ。友達も多いし、私自身も正直仲良くなりたいと思っている。


「川田さんなら良いと思います」

「私もそう思う!さっそく明日から2人とも来るのかな」

「そう考えているよ」


そうか、もう明日から参加するのか。
環境が変わるというのは思いの外楽しみである。山田さんに川田さん。なんだか名前が似ている気もするが性格は正反対だ。



赤司くんとの話も終わり、片づけを済ませてさっそく山田さんにメールをしてみる。

『明日から?』

『1軍!よろしくね。』

『やったーー!!1軍しんどいよ!(笑)』

『それは嫌(笑)』

『でも青峰達は格好良いから目の保養になるよ。見飽きたけど。』

『見飽きたの?(笑)』

『川田さんも来るんだよね。』

『良い子だよねー。』

『そうだね。楽しみだね。』


山田さんとのメールは楽しい。携帯を見ながらニヤニヤしていると、隣にいる青峰と黒子が引いた顔をしていたが気にしないことにした。



あっという間に次の日の放課後、何時もより急ぎ足になるのを自覚しながら体育館へ向かった。
最近赤司くんと体育館に行っているが、まあ気にすることは無いなと自分に言い聞かせて教室を後にした。

すると隣の教室、5組からにゅっと背の高い人物が現れた。


「あ、お疲れ」

「んー」


HRで寝ていたのだろうか、少し目を擦りながら紫原敦は私の隣までやってくる。


「赤ちんは?」

「…?まだ教室にいると思うよ」

「ふーん」

「待ってる?」

「いやー、別にいい」


ほら、行こうよーなんて言いながら紫原敦は先に体育館へ向かおうとする。
何度考えたか分からないが、歩幅の違いを気にして欲しいものだ。
どれだけ言っても治らないだろうな、なんてちょっと笑いながら、急いで彼の元へと追いかけた。



体育館へたどり着くと、今日一日私の頭を占めていた女の子が既に道具を持って準備を始めていた。


「あ、みょうじ先輩。お疲れ様です」


川田さんだ。口調は落ち着いているが、私に向けた笑顔はくしゃっ砕けさせていて、大変好印象が持てる。


「お疲れ様、今日からよろしくね」

「よろしくお願いします!」


とりあえず挨拶は程ほどにしておき、自分の準備も始める。すぐに選手たちは集まりだし、山田さんも1軍体育館にやってきた。
嬉しくて軽く抱きついてしまった。それを見た桃井さんも遠慮なく抱きついてきた。

コーチが体育館に訪ねたのと同時に、赤司くんの掛け声を合図に皆が選手の下へと集合した。
もうすぐ全中予選が始まる事と数点の連絡事項、そして今日からマネージャー2人が加わることを軽く伝えた後、すぐに練習が始まった。

2軍、3軍とは練習量が大きく異なる事に2人は少し驚いていたようだったが、すぐに対応して仕事をこなしていた。


少し観察していたが、やはり川田さんは1年生とは思えない程しっかりした人間だった。
周りの事を良く見ているし、こちらが指示を出す前に動いてくれる。凄いなあの子。

またしても、キャラの濃い人物が増えたというのに、少し嬉しくなった。



インターバルを挟み、小休憩に入った頃。スポドリの準備をしようとした頃に青峰の一言が嫌に耳に入った。


「おいテツ、大丈夫か」


何時もより、少しトーンが違う。
気になって声の元に視線を追うと、黒子が体育館の隅で屈んでいた。すぐ横に青峰で青峰が声をかけている。

正直、珍しい光景でもないのだが、何となく黒子の様子が気になり駆け足で向かう。


「どうかしたの」

「いやなんか、調子悪いみてーだわ」

「黒子、大丈夫?」

「…大丈夫です」


気持ち悪そうなので、肩は必要以上揺らさず、軽く背中をさする。
私たちの様子を目にして、虹村先輩が少しため息を付きながら声をかけてきた。


「黒子、出すなら外で出せ」

「…はい」


身体をふらつかせながら、黒子は外に出て行った。そんな様子に青峰と顔を見合わせる。
黒子を追いかけようとした青峰を軽く制した。お前はちゃんと休憩してろ。黒子だけでなく、青峰もなんだか今日は疲れた顔をしている。

今日はー…というわけではなく、青峰はこの頃覇気が無いような気もしているのだが。

とりあえず、私が、様子を、見に行ってみる。
そうジェスチャーをしたら伝わったようで、青峰は小さく頷いた。


もし嘔吐しそうになっていたら、こっそり退いておこうと決め、急いで黒子の後を追いかけた。

黒子は脇に屈んだまま、ずっとその場で動かないままだった。なんだか無機物さを感じさせるような物腰だ。


「…黒子」


呟く様に声を掛けてみる。黒子はゆっくりと此方に顔を傾けた。
やはり、今日は何時も以上に顔色が悪い。この前は体調を崩していたし、夏バテも重なっているのではないのだろうか。

とにかく基本的に黒子は体力が無いのだから、あの練習量に追いついているだけでも驚愕すべき事のなのだ。


「すみません、…大丈夫です」

「いや、今日は流石に大丈夫って顔してないよ」


傍によって背中をさする。暑苦しくなったら申し訳ないので、身体は必要以上にくっつけはしなかった。

休憩時間が終わるまで、傍にいようかどうか迷っていると、体育館からまた誰かが此方に顔を覗かせていた。

青峰かな、と思いながら視線を向けて、表情筋がピシリと固まる。


「…」

「…黒子っち、大丈夫っスか」 


黄瀬君だ。何故来たんだ。
…いや、黒子を心配してるんだから私がこんな事を考える方がおかしい。

最初は戸惑い気味だったが、黄瀬君は長い足を運ばせて此方までやってきた。


「黄瀬君…どうかしましたか」

「いや、何かいつも以上に辛そうだったから」


私にも軽く目を配った後、屈んだ黒子の目線に合わせようとして膝を付く。
そして事前に持ってきていたのか、恐らく未使用っぽいタオルを使って扇いでいた。

風を受け止めて、黒子の汗もゆっくり流される。少しだけ表情が穏やかになった。


「ありがとうございます」

「黒子っちの為なら、このくらい大した事ないっスよ」


二ヶ月前まで、黒子に対してそっけない態度だったのに、この変わり様は何度見ても笑いそうになる。
どうせなら、私への態度もちょっとは柔らかくして欲しい。


「でも黄瀬君…ちゃんと休憩してください。みょうじさんも仕事してください」


厳しめの口調で、黒子は私と黄瀬君を体育館へ押し戻そうとする。
そんな力も弱弱しいのだけれど。やはり、バテている姿をあまり見せたくないのかなと思い、渋る黄瀬君に声を掛けてその場を離れる。

あまり無理しないでね、と念押しを済ませて体育館へと戻る。


するとちょうど、川田さんが紫原敦へスポドリを配っている場面に遭遇した。


「紫原先輩、どうぞ」

「あー、俺いらなーい」

「…?でもさっきの休憩でも飲んでませんでしたよね。脱水症状になりますよ」

「そんな簡単にならないし」

「いやいや、油断してたら本当やばいですよ。私何度も経験しましたもん」

「…あんたとは身体の造りが違うからー」

「確かに先輩ほど身長ないですけど。その分水が必要っぽいですけど」

「…」

「ここで先輩が飲まなくて倒れちゃったら、私が怒られます」

「勝手に怒られればー?」

「そんな無茶な」


…めずらしく、紫原敦が女子と会話を続けている。本当に珍しい。

正直、私と桃井さん以外で彼が女子と会話を続ける場面を見たことが無かった。


なんやかんやで、紫原敦は川田さんからスポドリを受け取る。
それに対して、彼女は満足そうに人の良い笑みで渡していた。

…いやはや、川田さんって本当に凄い人なのかもしれない。
感心しながらその場を見ていると、やっと黒子の元から離れた黄瀬君が此方にやってきた。


私がまじまじと2人を見ていたので、ちょっと見比べる動作を見せる。
…変な想像をしているんじゃないだろうな。

ちょっと眉を顰めていると、バッチリと黄瀬君と目が合った。
そのまま何も言わないのは変なので、とりあえず今考えていたことを素直に告白する。


「紫原敦が女子と喋ってるのが珍しくって」


どんな表情をすれば良いのかも分からないので、とりあえず真顔でそう口にする。
すると彼は、特に興味なさそうに何か返答することも無く。青峰の元へと向かっていった。


少しは反応しろよ。あくまでこの邪険な態度を続けるつもりなのか。
…気まづくなったきっかけを作ったのは私だろうが、根本的な原因は彼の方にあると思うのだが。思いっきり私の悪口を更衣室で言っていたし。


…いや、中学生相手に何マジになっているんだと頭を軽く振り、桃井さんと山田さんの下へと戻った。



紫原敦と川田さんは、まだ会話を続けているようだった。



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