キンセンカの涙 | ナノ


59:虫がいた

黄瀬涼太はまるで尻尾をぶんぶんと振っているかのようにこちらに向かってくる。

いやいや、こっちくんな!


「あんたと一緒にやりたくて入ったんスからね バスケ部!青峰っち!」

「…っち!?」


自分を指差しながら黄瀬君と、なぜか私と黒子を交互に見る青峰。こっちを見ないでお願いだから。
いいから早く挨拶しろ、とジェスチャーで青峰に伝える。

黒子の後ろに隠れている謎の私の行動に、少し首を傾げながら青峰は口を開いた。


「…まあ、よろしくな黄瀬クン。っと、こいつらにも挨拶しとけよ」


そう言いながら私達を指差す青峰。


私が1軍マネージャーである以上、接触は確かに避けられないけれど…


青峰マジでやめろ!!!!


「今日からお前の教育係と…その後ろに隠れてんのがマネージャー」

「へ…?」


黒子の存在感の薄さのせいか、その後ろにいる私にも気付いていないようだ。


「お前の横」


黄色い目が、此方を覗き込む。思わず生唾をごくりと飲んでしまった。
しかし黒子は、私の様子を不思議に思う事無く言葉を発した。


「初めまして、黒子テツヤです」

「…うわあああ!!!!あ、アンタいつからいたの!?」


お決まりのリアクションが返ってくる。じっとしておこうと思ったのに、耐えず吹き出してしまった。


「…笑わないでくださいよみょうじさん」

「ごめん」


軽く背中をさすった。黒子は少しだけ溜息をついて、再び黄瀬君の方へ視線を向ける。


「少し前からちゃんといましたよ。よろしくお願いします」


そんな黒子の言葉を聞いても、黄瀬君は目をずっと丸めたままで。気持ちは分かるけれど。


「え…いや、それで…誰が教育係って?」

「僕です」


一拍の、沈黙。黄瀬君本人は口をパクパクさせて、自分でも何を言いたいのか分からなくなっているようだ。

そして今度はちらりと私の方を覗き込む。思わず顔を軽く伏せてしまった。
嫌な汗がだらだらと、全身から流れているのが分かる。


「…えっと、そっちはマネージャーさんっスかね」

「はい、1軍マネージャーのみょうじです。特技とか特にない普通のマネージャーです。よろしくお願いします。それじゃこれから準備がありますんで失礼しますね」


いそいそと、自分らしくもなく早口でその場を去った。
青峰と黒子、黄瀬君はぽかんと口を開けながらこちらを見ていたが、直ぐに3人で会話を始めたようだ。


…心臓に悪い。

これから毎日、彼と顔を合わせてしまうと思うと本当に溜息しか出てこない。


けれど、先程目が少しだけ合ったけれど気付いた様子はないみたいだし、あまり会話しなければ大丈夫かもしれない。


…大丈夫だ、うん。大丈夫。


そう自分に言い聞かせながら、部活の準備を始めた。




「どっかで見た顔なんスよねー」

嘘だろ、という言葉が頭の中で木霊する。


練習が終了し、洗濯物を担いで男子更衣室へと向かってる途中、扉を開ける前に聞こえてきた黄瀬君の声。

思わず扉を開けようとした手が止まってしまった。


「うーん…誰だっけ…」

「何が?」

「あのマネージャっスよ」

「桃井さんですか?」

「あ、いや…えっと、みょうじ?さんっス」


しまった、さっさとノックをして入れば良かった。完全に出にくい場面だ。


「みょうじがどうしたんだよ」


着替える音が、がさごそと聞こえてきて。会話などしないでさっさと着替えて出てきて欲しい。
しかし私の望みとは逆に黄瀬君は女子の会話の如く、話を続けようとする。


「どーっかで見た顔なんスよねー。…どこだっけ」

「ナンパでもしたんじゃねーの」

「いやいや、俺ナンパとかした事ないっスから!」


止めてくださいよ青峰っちー!なんて弾けた声が聞こえてきて、なんかもうイライラして思わず洗濯物をぎゅっと握りしめてしまう。


「黄瀬君のファンの1人ではないんですか?みょうじさん結構芸能人とか好きみたいですし。あ、ちょっと紫原くん痛いです」

「そーかぁ?俺は全然あいつからそんな話聞かねーけど」

「いや、僕は結構芸能人の話を聞かされますね。黄瀬君が来てみょうじさんも内心喜んでる
んじゃないんですか?あ、紫原くん痛いですってば」

「へー、意外だな」


黒子やめろ、やめてくれ。くっそぼこぼこに殴ってやりたいあいつ。
こんな事になるなら黒子にテレビの話とかするんじゃなかった。


ドアノブを握る手が、ついたり離れたり。どうしよう、どのタイミングで入れば良いんだろう。

傍から見れば完全に不審者だろうと容易に想像できる。


「…あー、思い出した!あの時の子か!」


えっ、と思わず口に出してしまう。が、中にいる彼らには聞こえなかったようだ。


「凄い勢いでサイン強請られたんスよ。それが印象に結構残ってたんス」


笑いを含ませるような声のトーンに、まさか悪口が始まるんじゃないんだろうな、と思わず身構えてしまう。
しかし、さすがに1軍初日に悪口を言い始めるような事はしなくて。むしろ青峰の方が黄瀬君に問いかけてきた。


「凄い勢いって、どんな風に」

「えーっと…『サインちょうだいーーー!お願いだから頂戴!お願いだから!ねっ、ねっ!?』みたいな」


そこまで言ってないし。


「…おいテツ。想像できるか?」

「いえ、さすがにそこまでは言いそうにないです」

「えー!?嘘は言ってないっスよ」


やばい、胸糞悪い。
ポン太を通して、黄瀬君の事は決して嫌いではないし、むしろ好きな人間だけどそれでも。


「まあ別に良いんスけどね、程々にしてくれたら。でもいつかまた強請られるかもと思うとマジで止めてほしいっス」


唇をぎゅっと噛んで眉を思わず潜めてしまう。

まさに気分は、友人に悪口を言われた中学生の気分だ。久しぶりの感覚に、どうやってこの気分を治めるんだっけと頭をひねる。


「みょうじさんって、結構静かな子っぽいっスけど。あーゆー子ほど結構ストーカー気質とかあって怖かったりするんスよね」


なんちゃってー!なんていう声が直ぐ後に聞こえてきた。



さすがに気分悪いので出直そうとしたところ、すぐに「いてっ!」という小さな叫びが更衣室から響く。


「な、何で叩くんスか!紫原っち!!」


思わず、目が見開く。


「虫がいたー」


その後に、赤司君の軽い笑い声が聞こえてきて、なんだか容易に中の様子が想像できる。


紫原敦が、もしかして…


ふと、自分が思わず笑みを浮かべている事に気付いた。なんだか、素直に嬉しいと感じているみたいだ。


「じゃあもう少し優しく叩いて欲しかったっスー」


少し声のトーンを落としながら、黄瀬君がこちらに向かってくる様子がドア越しで分かる。
あ、やばい。なんて思っている暇にドアがガチャリと開いてしまい。


「あ…」


目がばっちりと、合ってしまった。どうしよう、と分かりやすく彼は表情に出してくる。
とりあえず聞かなかった事にしておこうと、冷静になって口を開いた。


「今、更衣室入っても大丈夫?今これ持って来たんだけど」


若干震えてしまったが、笑顔でごまかしておく。


「あ…いや、青峰っちがまだ微妙かも…」

「そっか、ありがとう」


そう言って、正面に視線を向ける。話は終わった。話は終わったからこっちを見るな。
ちらり、ちらりと此方を見ながら…おそらくトイレか何かに向かう黄瀬君。

やっと見えなくなったと確認できれば、今日一番の大きな溜息が出てきてしまった。


…彼は敵が多そうだな。


このたった短い時間の間で、ポン太としての思い出が随分古びてしまったように感じた。




後日、とあるHRの時間。
この日は3週間後に行われる体育祭について、種目が選ばれる時間だった。

ああ、もうそんな時期か…なんて少しだけ感傷に浸ってしまう。去年は借り物競争で紫原敦と一緒に走ったっけ。懐かしい。


体育祭では1人最低3種目個人競技に出場しなければならない。
それ以外にも綱引きとか玉入れとか、最後のフォークダンスなど。1年生と比べればぐっと出番は増えてくる。

最初に自分の希望する個人競技を決める。800m走などは毎回不人気だ。私は100m走と障害物リレー、そしてなぜか今年も借り物競争の3種目となった。


障害物リレーってどんな物なのだろうと想像していると、隣の席のお母さんに声を掛けられた。


「赤ずきん、めっちゃ良い種目ばっかりじゃん」

「そっちは?」

「対抗騎馬戦と400m走と棒倒し」


なんとも大変そうな種目ばかりだ。思わず同情の目を向けてしまう。変わってあげないけど。
愚痴を軽く呟くお母さんに、先程の疑問を少し訪ねてみる。


「ね、障害物リレーって何するか知ってる?」

「えーと、確か全クラスから男女2人出るやつで、2年は二人三脚で100m走るやつだった」

「よく知ってるね」

「俺、体育委員だし」


そっかそっかと相槌を打ちながら、それじゃあ私ともう1人出るのは誰なのかなと、黒板の方を良く見てみると…


どうやら埋まっていない枠から希望順に黒板に書かれていて。
今現在、副委員長が黒板にもう1人の名前を書いていた。



『赤司征十郎』



まじでか。


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