キンセンカの涙 | ナノ


53:特別ってなんだ

卒業式が行われた。3年生の先輩にあまり知り合いはいなかったが、よっこマネージャーにはお世話になったので直にお礼の言葉を言った。

彼女も、部活での怖い仮面を外し、笑顔で対応してくれた。

私と山田さんと桃井さん。三人で花束を渡せば、彼女は驚いた事に私達それぞれに手紙を渡した。



「みょうじさん、頑張ってね」


ぎゅっと、手を握られながら手紙を確かに受け取った。
他の先輩方にも挨拶をして、華やかな卒業式は予定時間よりも遅めに終了した。


自宅に帰って手紙を開けてみれば、思いの他長めの文章が目に入る。



『-みょうじなまえさん-

とりあえず1年間お疲れさまでした。今年の1年生は皆さん優秀でしたが、みょうじさんももちろん、例外ではありませんでした。

あなたが帝光中バスケ部に入部した際、あまり良い顔をしていませんでしたね。何かの手違いであの場にやって来たのでしょう。

だから、きっとあなたは最初の審査で落ちるだろうと…少なくともその時点では選考外と私の中で定まっていました。

けれどもあなたは、決して仕事に手を抜かずに選手達のサポートをしていましたね。徐々にあなたの心情に変化が現れたのは、私の目から見てもハッキリとしていました。

桃井さんの様に特技があるわけでも無いのに、あなたは誰よりも選手達を見てくれていました。

だから選手達も、あなたを頼り切っています。こう言っては少し複雑に思われるかもしれませんが、まるで母親のような存在でした。

私も先輩という立場にも関わらず、あなたに意見を求める事がありましたね。

あまりにも子供らしさからかけ離れたあなたに対し、一体何者なのだろうと考え込む事も何度かありました。

卒業して、今の部活に不安が残る事も多々ありますが、あなたがいるならば…と思うと安心出来ます。

あと2年…いえ、引退を考えると1年半ですね。それでも、あなたが皆さんのサポートとしてこれからも奮闘してくれる事を願います。


吉岡ふみ』



中学生とは思えない、最後まで固い文章になんとなく笑みを浮かべてしまう。

母親なんて…それはどっちだよと心の中で突っ込んでしまう。

二枚に纏められた文章を、再び封筒に入れようとした時、最後のほうに小さく文字が書かれていた事が目に入った。


『―――P.S

選手は思春期という難しい時期を過ごします。

そして皆、良い意味で大人らしいあなたに頼ったり、答えを求めたり、当たってしまう事があるかもしれません。

それはもしかしたら、あなたにとって辛い経験かもしれない。

けれども、決して、逃げないで。

一緒に答えを、探してあげてくださいね』



中学生の春休みは短い。

夏休みや冬休みと変わりなく、ほぼ毎日部活があるスケジュールを見て少し溜め息をついてしまった。
やはり、まとまった大きな休みは欲しいと願ってしまうもので。


いつも通りに練習が行われ、黒子達と居残り練習をして、マジバで間食をする。


今日はいつも私と黒子の隣に居る青峰がいない。久しぶりに2人だけで放課後帰ることになった。


「…ていうか」


同じ歩幅で帰り道を辿る際、ふと疑問に思った事を口にする。


「いいのかな」

「何がですか、主語をつけてくれないと僕でもさすがに分からないです」

「こうやって、2人で帰るの。黒子、彼女がいるのに」


そう言えば、黒子はバニラシェイクを啜る音を止めた。本人も多少なりとも気にしていたようだ。


「…さあ、別に良いと思いますけど」

「良いのかなぁ…」


なんとなく、歯切れの悪い返答に、もしかして何かあったのだろうかと勘繰ってしまう。
確か、付き合い始めて3ヶ月が過ぎようとしている。山場だ。

喧嘩でもしたのかなと、黒子の出方を伺っていると、私の視線に気付いた彼は渋々口を開いた。


「…みょうじさんは、誰かとお付き合いした事がありますか?」

「え、私?」


予想外の言葉に目を丸くする。けれども、黒子は真剣な様子だった。ふざけているつもりは無いらしい。

前世では、一応恋人がいた期間もあった。決して長くは続かなかったけど。
それを考えると、黒子への返答は「うん、そうだよ」となるけれど…詳しく聞かれたらボロが出そうだ。


「…ううん、そんな人いたことない」


嘘をついてしまうことに、ちょっとだけ罪悪感が心をくすぐる。


けれど、この年で恋人がいたことないというの方が普通な為に、黒子は変に思う事はなかったようだ。


「3ヶ月もすれば、変わると思ったんです」


私へと向けられていた視線を、彼は前方へと移す。横断歩道の前で立ち止まり、赤信号をずっと見つめていた。


「でも、何も変わりません。人間的にその人の事は嫌いではないんですが、何かが違うと思ってしまう」

「…黒子?」

「特別って、何なんでしょうね。もし誰かと付き合えば、それが分かるかもしれない…なんて思っていましたが、やっぱり分からないです」



長く自分の価値観を語りだす彼が、本当に黒子なのかと一瞬疑ってしまった。

赤信号が青へと変わり、黒子はすぐに足を進める。一瞬遅れた私は急いでそれに追いつこうとした。


…やっぱり、彼女と何かあったのだろう。

「喧嘩でもした?」

おそらく、本題だと思える事を聞いてみるが、黒子は難しい表情を浮かべたまま。

「喧嘩…とは少し違うかもしれませんけど…」


私をちらちらと伺う黒子だが、さすがに何が言いたいのか分からない。
けれども、無理に聞けば逆に言わなくなるだろうと思い、彼が切り出すのをじっと待った。


「…笑いませんか?」

「たぶん」


私の言葉に黒子は溜め息をして、ぽつりと呟いた。


「………キスされそうになりました」

「ぶはっ」


私の反応に、黒子は睨みつけてきた。

思わず、必死で弁明する。

「ち、違う違う。今のは笑ったんじゃなくて驚いたの!」


口元の緩みを隠しながらそう言えば、渋々黒子は納得して話を続ける。

良かった、笑ったのはバレなかったようだ。


あまりにも、予想外の言葉だった。そしてにやけてしまう。中学生ってやばい、可愛い。


「そ、それで…どうしたの?」


続きが気になる。他人の恋バナでここまでわくわくさせられるのも久しぶりだ。


「…できないと、拒否したら泣かれてしまいました」

「…あらら」


とりあえず、その女の子の気持ちが良くわかる。

きっと勇気を出したんだろう。けれども、拒否されて…ああ、なんだか可哀想になってきた。


でも、その彼女は黒子の気持ちを分かっていて、それでも交際したいと願ったのだから、正直どっちもどっちだ。


私の表情で考えている事が分かったのか、黒子はまた小さく溜め息を漏らした。


「ねえ、黒子」

「なんですか」

「どうして、付き合おうと思ったの」



12月の時と、同じ問い。あの時は普通に流してしまったけれど、よくよく考えればやはりおかしい。

黒子だって、普通の男の子だ。それでも、彼が好奇心で交際しようとは思えなかった。


「…ずっと、引っかかっている事があるんです」

いつもより弱々しく、不安が含まれている様な口調で言葉を繋ぐ。

「その理由は…今となっては、なんとなく分かるんですが。あの時はまだよく分からなくて」

引っかかってる事、なんだそれはと思ったが、なんとなく聞ける雰囲気ではない。

「このまま、ずるずると続けていいんでしょうか」

そう言って、やっと私の方を見る。答えを待っている様な沈黙に、しばらく考えてみた。



「黒子はね、難しく考えすぎなんだよ」


ずっと思っている事を口にする。

そもそも中学生で、特別は何だとか、引っかかっている事がどうのこうのとか、なんで重く受け止めようとするのだろう。


「黒子のしたい様にすれば良いよ。このまま続けたいなら続ければ良いし、悪いと思ったり辛いと思ったり、好きな人が出来たなら別れれば良いじゃないの」


自分で言ってて、なんだか投げやりな感じに聞こえるが、本当にそう思うのだから仕方ない。

現に、好きでもない人と付き合うなんて、黒子は良くても私は無理だ。
だから、何故彼がその彼女と付き合っているのか、私には理解出来ない。きっと黒子の欲しい答えなんて言えないだろう。


けれども思いの他、黒子は私の言葉で何かを考え込む様子を見せていた。



「…みょうじさんは本当に厄介ですよ」

「なんで」

「また僕の悩みが増えてしまいました」


そう苦笑を漏らす黒子だが、やはり意味が分からなくて。帰り道はずっと、もやもやとしたままだった。
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