35:最後まで言ってよ
「それじゃ、この中から一つ選んで挙手してしてください」
クラス委員が黒板を指差しながら、教室全体に言い渡す。
黒板に書かれている事は、今年の文化祭の出し物候補だ。
・喫茶店
・お化け屋敷
・焼きそば
・劇
・フリマ
・休憩所
・おかまバー
・カキ氷
・お笑い
随分と案が出たものだ。
とりあえず…
「最後三つおかしいだろ」
「みょうじさん、それは思っても言っちゃいけない事です」
私の呟きに、隣の黒子が冷静につっこんできた。
そんな事を言われても。
「お笑いはハード高すぎるし、カキ氷とか11月に売るべきじゃないし、おかまバーって。おかまバーって」
『バー』という単語だけでも駄目な気がするのに、おかまを付け加えてくるとは。中1男子に何をさせるつもりだ。
「まあ…最後三つは皆さんふざけ気味でしたけど」
黒子の言葉に、私達の前の席にいるクラスのお調子者の男子が笑いながらこちらを振り向く。
「えー!おかまバー面白そうじゃん!」
自分も女装しなければならない事を忘れているのだろうか。
確かに女子は「面白そうー」と和気藹々で話しているが、明らかに男子は引き気味だ。
まだ皆12、13だし、女の子に見えない事もないが、流石に可哀想に思えてくる。
なにより、紫原敦の女装なんて想像したくもない。
…黒子はきっと似合いそうだけど。
「休憩所とか、ただの手抜きじゃん」
「えー!楽そうだよ!」
「もっと思い出が残りそうな出し物しようよ」
「フリマも無難すぎるよね」
「絶対に売れないの持ってくる奴いるだろ」
「俺、漫画持ってくるわ」
「たぶんそれが一番売れそう」
「劇って何すんの?てか、今から間に合うの?」
「シンデレラとか」
「お笑い風シンデレラ」
「だから、なんでお前はお笑いに持ってくるんだよ」
「私、ジブリやりたい。ジブリ」
「難易度が一気に上がったな」
皆が口々に話し始める。委員長が軽くしかめっ面になり「はいはい静かにー!」と呼びかければ、なんとか話を止めた。
「それじゃ、喫茶店がいい人」
一つ一つ、候補の名前を出して人数を数えだす。黒子はお化け屋敷に手を上げていた。
「黒子はお化け屋敷か。意外だなー」
「脅かせる自信あるので」
確かに普段から皆を脅かせているし、彼の影の薄さを利用すれば凄い怖い演出も可能だろう。
ちなみに紫原敦は、今日も寝ていたままだった。
「じゃあ最後に、お笑いがいい人ー」
一人だけ手を上げる。先ほどの男子だ。
皆が笑いながら多数決が終了し、結果が出た。
「それじゃ、今年の1年2組の文化祭は『焼きそば』です」
「委員長!俺、焼きそば嫌い」
「じゃあ好きになってきてください。これでHRを終了します」
委員長が休み時間に入った事を合図し、皆がそれぞれに話し込む。
ちなみに私は焼きそばに手を上げたため、少しだけ嬉しさで頬が緩んだ。
「良かったですね。焼きそばに決まって」
黒子が真顔で言ってきた。ちょっとだけ面白くなさそうな顔だ。
「お化け屋敷も面白そうだったけどね」
「焼きそば好きなんですか?」
「うん」
「高菜ラーメンが好きだったんじゃないんですか」
「焼きそばはTOP10に入るくらい好き。高菜ラーメンが一番だけど」
「麺類ですね」
まあ確かに…と納得する。
不健康ですね、なんて黒子は言うが、バニラシェイクもあまり身体に良くないからお互い様だ。
なんとなく、話すことがなくなったので、話題は自然とバスケの方へと向かう。
「で、どうなの。自分のバスケは見つかった?」
本来ならば、急かすような事は聞かない方がいいが、そんな心配はしていない。
黒子は明らかに、部活での様子が変わっていった。
それはマネージャーの私だけでなく、選手の皆や3軍コーチも気付いている。
きっかけは、きっとあの本を手にした時だった。
なるほど、ああやって黒子は自分の才能を活かしたのか…と私は納得している。
きっと黒子自身も、手ごたえを感じているはずだ。
「そう…ですね。まだ荒削りですが大方は」
グッと、両手を握り締める黒子。
彼の目には、以前とはちがって何か先を見据えるような目をしていた。
「まだ赤司君には言ってない?」
「はい。もっとちゃんと、確実に自分のものにしてから…と決めているので」
でもそれは、きっと遠くない未来だ。
それが凄く楽しみで、再び頬を緩ませた。
いつの間にか、凄く黒子の事を気にかけてしまうようになった。
私に弟がいたら、こんな気持ちになれたのだろうか。
成長していく彼の姿を見るのは凄くワクワクする。
「うーん。楽しみだなぁ」
そう言って笑いかければ、黒子は真顔で「そうですか」と言うだけだった。
未だに感情が読み取れないが、悪い気はしていないだろうな、となんとなく分かる。
「ああ、そういえば」
「うん?」
「紫原君と。また売店に行くようになりましたね」
「まあね」
なかなか大変だったけど、と苦笑する。
黒子はちらりと、寝ている紫原敦を見た。
相変わらず、表情が読み取れない。
「みょうじさんと紫原君が寄り戻したと、皆さんが騒いでました」
「あちゃー」
「返しが雑になってきましたね」
「もう慣れたからなー」
勘違いさせている奴らは、そのままにしておくのが一番だ。今頃言っても遅いけれど。
すると黒子は再び真顔で、当たり前のように言ってきた。
「流石に、もうお付き合いしているんですよね」
「うん…ううん!?」
いきなり話が方向転換したため、一瞬ついていけなくなった。
付き合ってないと、あれほど言っているのに。まだ言い足りないのか。どうしてそんなに、くっつけようとするのか分からない。
「いや、だから。違うって言ってるでしょ。もう何十回言ったか分からないけど」
「でも、以前に増して…」
変なところで口を閉ざす黒子。
「…増して、何?」
「何と言いますか、雰囲気が…」
「…雰囲気が!何!?」
「…」
「ちょっとちょっと、最後まで言ってよ」
なんとも微妙なところで無口になってしまった黒子。なんなの、何でそんな気になるところで。
奥の方でいつぞやの集団がニヤニヤしながらこちらを見ているが、気にしない。それよりも目の前の黒子の方が気になる。
両肩をつかんでぐらぐらと揺らす。さっさと口を開いてほしい。
「…やっぱり、何でもないです」
「ええ!それ一番駄目でしょ!」
だめだ、完全に黒子が勘違いしている。
訂正したいけれど、「分かりました分かりました」と適当な返事をするだけだった。
なんでこうなるかな…なんて溜息をついて、何となく後ろを見てみると、
いつのまにか紫原敦はいなくなっていた。
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