2:ちょっと待って
新品の制服を数年ぶりに身にまとい、もう一度、これから入学する学校の校舎を見上げる。
周りには沢山の新入生と保護者の方々。今日はとある中学校の入学式だ。
きっと私は、何とも言えない表情をしているだろう。
さて、あなたは異世界トリップというものをご存知だろうか。
目が覚めたら異世界だったとか、トンネルの向こうは不思議な世界でしたなどといった科学的には説明出来ないあれである。
…どうやら私は異世界にやって来たようだった。
高菜ラーメンの蓋を開けたとたん、気を失った私は、目が覚めると知らない路地にいた。
それだけであったのなら、なんとも不思議な体験をしたなで終わる話だけれど
そうもいかなくて。
明らかにいつもと視点が違い、手が小さいし、肌がみずみずしい。
近くにあった窓ガラスで自分を見ると、そう、まるで5歳時のような自分がー…
まるでというより、どう見ても5歳児でした。
何故か私は体が縮んでしまっていた。
どこのバーローだ。
しかもその辺りは自分の知らない土地であり、見慣れない建物が並んでいた。
自分の住んでいた町に戻ろうと人に聞いても、誰もが首をかしげるばかり。
そんな幼い姿の私が町中をうろうろしているのを見て、「迷子かい?」なんていういらない心配をされ保護された。
お巡りさんに住所を言っても、「うーん、お父さんかお母さんの名前はわかるかい?」と問われて。
ちょっと駄目元で両親の名前を言ってみたが、「調べてもそんな人はいないんだ、もしかして間違って覚えているのかな?」という言葉が返ってくる。
もちろん、生まれて干支が二周り直前の私が両親の名前を間違って覚えているなんて、そんな馬鹿な話はない。
私は施設に保護される事になった。
どうなっているんだ、ここはどこだ、夢にしてはあまりにもリアル過ぎるぞ。
という思考を何度も巡らせて数百回。
両親がいつまでたっても現れず、見つからない私は、
子供に恵まれない夫婦の元へ預けられる事になった。
私の性格は、まあ、世間一般的に普通なのだろうけど、それはあくまでも二十歳前後の話であって。
五歳児にしては、それはもう、大変、可愛くない性格だった。
子供らしく振る舞えばいいものの、当時はまだ現実を受け入れる事が出来ずにいた私は戸惑いを隠せなかった。
最初こそは私を本当の娘のように扱ってくれたが、徐々に会話する機会も減り、
義母がめでたく懐妊した頃は、私と義両親の間にどうしようもない大きな壁があった。
小学校に入学し、低学年次は周りとのあまりのギャップに馴染めなく。
けれど、壮大な予習をやってきた私にとって、掛け算割り算お手の物!のクラスで頼られる存在になった。
高学年の頃にようやく現実を受け入れ始めた私は、やるからには楽しんでやろうと思い、テストで100点連発、クラス委員長を勤め、先生から大変たよりにされるようになる(精神的に私の方が先生より年上のケースもよくあった)。
とは言っても、家族とは冷たい関係が続く。原因は私で、冷たい態度をとってしまったのも私だけれど。
あまりにも息苦しいこの空間に耐えきれなかったのか、義両親は私に一人暮らしを提案してきた。
当然、驚いた。
もうすぐ小学校卒業。中学生入学する子供を一人暮らしさせるなんて、普通はあり得ないけれど、家事全般は1人でやってこれた私なら恐らく問題ない。
汚い話だけど、義両親は資産家でお金に不自由していないのは十分にわかっていた。
部屋一つ借りるくらい、難しい話ではないのだろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と、義母は呪文を唱えるように呟いていた。
そんな彼女を、私は直に見る事が出来ず…
「こちらこそ…私でごめんなさい」
そして私は一人暮らしを決意した。
っていう、しんみりとなっちゃう話だったけれど
これが、私が高菜ラーメンの蓋を開けて今まで経験してきた話である。
まずは新しい環境に慣れるべき!心機一転!!
と決意して入学式に臨んだ―…のだけれど。
【帝光中学校】
何故だろう。凄く見覚えがある。
最近知ったという話ではなくて、ずっと昔から知っていたような…
今日は義父が一応来てくれるみたいだけど、見当たらない。
先に体育館に行ってもいいのかしらと、足は既に体育館に向かっていた。
帝光中は、近年本当に少子化が進んでいるのかと疑いたくなるくらいのマンモス校だった。
巨大な体育館に綺麗に整列した生徒に紛れて、ほんの少し、ごくりと生唾を飲む。
精神年齢××歳と言えども、新しい学校に入学するという大イベントに胸が踊る。
いままで6年間、周りは「う○こ」という言葉で喜ぶような子供達ばかりだったので、私も少しだけ心が若くなったのかも。
校長先生の長い話が始まる。早速うとうとしている生徒が数名いた。
だいたい、先生の話なんて中身のない(失礼ながら)ものが多いけれど、この人の話はちょっと面白いな…
二度目の中学校生活。
何をしようかな。さすがにテストで100点連続は無理かな。先生方と友達になれるかな。部活は小学校からやってたバスケ部にしようかな…なんて、これからの事に期待する。
『続きまして、新入生代表挨拶』
周りがざわっと騒ぐ。
何事かと視線を上げれば、
そこには、驚くほどの真っ赤な髪。
『新入生代表、赤司征十郎』
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