キンセンカの涙 | ナノ


25:好きじゃない

「「…あ」」


アツアツのマジバ特製チョコスナックを2つ購入して二階へと移動した時、思わぬ人物達と遭遇した。

「あー、峰ちんとさっちんだー」


紫原敦のせいで、私も悪目立ちする。すぐに2人はこちらを向いた。


「なまえちゃんとムッ君!本当に仲が良いんだー!」

ニコニコと笑みを浮かべながら、桃井さんは席を空けた。
ここに座っても良い感じなのだろうか。

「やっほー、桃井さん。紫原敦とは別に仲良くないからね」


私は桃井さんの隣に座り、紫原敦は青峰の隣に座った。2人はポテトを食べていたようだ。


「やっぱお前ら付き合ってんじゃねえの」

「それを言うなら青峰と桃井さんも付き合ってるんじゃないの?てか付き合ってるでしょ照れんなよ」


私の言葉に2人は嫌そうな顔をする。特に青峰は顕著だ。


「さつきは只の幼なじみだっての」

「私も青峰君みたいなガサツな人じゃなくて、もっと紳士的な人がいいな」


2人は慣れたようにそう言い放った。否定すればするほど疑われる私と違って、この2人は本当にそう感じる。

恋愛以上に、家族って感じなのかな。

そういえば、桃井さんは青峰の事を『大ちゃん』から『青峰君』と呼ぶようになっていた。

たぶん色々あるんだな、とは想像できるけれど。もうこの話題は止めておいた方が良いかもしれない。


「つーかお前ら、何買ってんだよ」


青峰が私達のトレイを見ながら言う。チョコスナック2つ。はやくアツアツの内に食べなければ。


「そうだった。ほら、紫原敦!早く片方の食べるよ!!」

「絶対冷ましてからの方が美味しいのにー」


付属のホワイトシロップをかけて、口に運び込む。

外はサクサクしており、中からジュワッと少しビターなチョコが流れ込んできた。甘い外層と上手い具合いにマッチして大変美味しい。

紫原敦は無口でボリボリ食べていた。


「2人も食べていいよ」

「ほんと?ありがとうなまえちゃん」


桃井さんは笑顔でチョコスナックを手に持つ。青峰も一つだけ口に運んだ。


「お、上手い」

「でしょ。あまり甘過ぎなくてさ、そこがまた美味しいんだよねー」


意外にも青峰から同意の声が聞こえたので、思わず笑顔になってしまう。桃井さんもとても美味しそうだ。


「ほらー、やっぱり熱い方が美味しい」

「まだ俺の方食べて無いじゃん」


紫原敦はもう片方のチョコスナックを手で仰ぎながらそう言い放つ。
ていうかお前ら何してんの?、と青峰から聞かれたため、事の経緯を話した。


「…やっぱお前ら仲良いだろ」



もう否定するのも面倒なので、鼻で笑っておいた。
桃井さんは先程の可愛らしい笑顔から何かを見透かすような笑顔になっていた。


「つーかさ、何でお前って紫原の事をフルネームで呼んでんだよ」

「確かに。む、ら、さ、き、ば、ら、あ、つ、し。9文字だよ!」


数を数えながら可愛らしく言う桃井さん。この子なにしても可愛い。


「さあ…成り行きで」


チラリと紫原敦を見ると、特に気にも留めずにチョコスナックを仰いでいた。

私は余っていた熱いチョコスナックを再び口に含める。



「お前も呼ばれにくくねえの?」



青峰が隣の紫原敦に問いかける。彼は表情を変えずに「どうでもいいー」と言い放った。

「こいつに何言っても無駄だよ青峰。たぶん私の名前も覚えてないだろうし」

「それは流石にないだろ」

「うん、覚えてないし」

「まじかよ」

「…いや、意地を張ってるだけなんじゃ…」


隣でぼそっと桃井さんの呟きが聞こえたけれど、聞かなかったフリをした。


冷えたチョコスナックも完成し、4人で食べ合った。桃井さんはこちらの方が好きだったようだ。反対に青峰は熱い方が好きだという。
ちょうど2対2で別れたため、更にハンバーガーを賭けてジャンケンで勝負。残念ながら私が負けてしまった。

今日のマジバは全部私負担だ。とても悔しい。


ちなみに、青峰と桃井さんは途中で帰ってしまった。どうやら青峰の両親が遅いため、桃井さんの家で晩ご飯を食べるらしい。


「あの2人ほんと仲良いね」

「んー」


ジュースを飲みながら適当な返事をする紫原敦。

そういえば、教室以外でこうやって向かい合って話した事がないため、柄にも無く緊張してしまう。


「1軍の練習ってどんな感じなの?きつい?」

「あー、死にそうになる程度にはきついかもー」


そりゃあ大変そうだ。
お気に入りのチーズバーガーを食べながら次の言葉を探す。


「全国トップレベルならそうなんだろうね、バスケが本当好きじゃない限りついていけないだろうね」


私の何気ない言葉に、彼は表情を変える事なく言い放った。


「別に、バスケ好きじゃないしー」

「…は?」


あまりにも驚いて、チーズの部分が抜け落ちてしまった。慌ててパンに挟み直す。

「好きじゃない…って」


彼も中1なのだから、『何かに熱中するとかダセー!俺はクールに決めるぜ!』とかそんな事かと思っていたれど、どうやらその様には感じられない。

本気で言っているのか。


「好きじゃないなら、なんでバスケやってんの」

「たぶん俺、才能あるしー。勝つのは嫌いじゃないから」


才能あるとか、自分で言うのか普通。


「好きでもないのに、あの鬼畜練習に耐えるとか。どんだけドMなんだよ」


言った後、『しまった』と思った。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。


「才能ない奴とかさー、努力で頑張るーとかそーいうの見てて腹立つんだよね」


たとえば三軍のやつらとか、と彼は付け足す。

こいつは、私が三軍マネージャーである事を知っててこういう事を言っているのだろうか。

これ以上口答えすれば、彼は怒りだすだろうと予想できる。
相手は中1の少年だ。こちらはその倍近く生きてきている。
そんな相手にムキになるなんて、馬鹿らしい。

馬鹿らしいのに、このまま押し黙るような大人の対応がどうしても出来なかった。


「才能も大事だけどさ、バスケを好きな気持ちが無いなら才能も何もないでしょ」


そう言うと、紫原敦は上からこちらを睨んでくる。


「なにセンセーみたいな事言ってんの。ウザいんだけど」


ウザくて結構。私は間違った事を言っているつもりはない。


「あんたの試合見てたけど、本当はバスケ好きなんでしょ?なに意地張ってんの」


私も人の事を言えない。負けたくなくて大人げない事を言っている。こいつがこういう性格だって分かっているのに。


「張ってねーし」


紫原敦はお菓子を食べる手を止めた。これはやばい空気だ。


「張ってるって」

「張ってないって言ってんじゃん。何なのお前」


バスケできねーくせに。紫原敦がそう言う。確かに、あなた達みたいに人間離れしたバスケは出来ませんけれど。


「私はバスケが好きだし、紫原敦よりはマシだよ」


言ってしまった。頭では止めておけとあれだけ警告が出ていたのに。

自然と、口元を押さえてしまった。


ちらりと上を見ると、彼の表情は読み取れなかった。ただじっと、こちらを見ている。



「そーいうやつ、一番ウザい」



彼は興が冷めたかのように、バックを肩にからって席を立った。

…逃げやがった。



1人になったテーブルで、目頭を押さえる。

何をやっているんだろう、私は。中1相手にムキになって、馬鹿みたいだ。


相手は子供、相手は子供
そう心の中で繰り返しているのに、

こんなに悲しい気持ちになる理由が解らなかった。

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