ぽつりぽつりと降り始めた雨が大地を黒く染める。
空気は重く、空は暗い。きっと直に本降りに変わるのだろう。
「君は無傷ですか。さすがにしぶといですね」
「うるせーよ、テ…ツ……」
大きく開かれた洞窟の入り口から外を眺めていた青峰は、背後からの声に振り返り、固まった。
黒子の顔半分は、真っ赤に染まっていた。出血部であろう左側頭部に当てられているタオルは重そうなくらいびっしょりと濡れている。
「おま…大丈夫なのかよ?」
「頭だから派手に出血していますけど、見た目ほど大したことないですよ」
場の薄暗さと相まって恐怖映画さながらの姿をしながら、黒子はいつも通りの平坦さで青峰の隣に座った。
「外が気になりますか?」
「…助けは来ないのかと思ってよ」
「僕らが合宿所に着かなければやがて捜索は行われるでしょうが、それは雨がやんでからになると思います」
雨は勢いを増すばかりだ。土砂崩れの危険がある山に入れはしないだろう。
「桃井さんなら大丈夫ですよ」
また外へと視線を向けた青峰の横顔を見ながら、黒子は語りかける。
「強い人ですから。ちゃんと目を覚まします」
「…ああ」
青峰の目は、降り注ぐ雨を映している。けれど、気持ちはもっと別のところを向いているように見えた。
「黄瀬くんが助けてくれたらしいですね」
ほんの僅か、青峰の瞳が揺らぐ。それは瞬き一つで消えてしまったけれど、黒子の鋭敏な観察眼は、確かな変化を捉えた。
「行かなくていいんですか?」
青峰に遅れてここにやってきた赤司いわく、黄瀬も怪我を負っていたらしい。迎えに行くようにという赤司の指示を無視して、青峰はまだここにいる。
「いいんだよ」
言い切る青峰の声は強い。
「バスの中からさつきを助けられるくらいなんだから、平気に決まってんだろ」
強すぎて、まるで突き放しているかのようだ。
前から聞こうと思っていたんですが、と前置きして、黒子は頑なな横顔に尋ねた。
「黄瀬くんとなにがあったんですか?」
なにか、ではなくなにが、と口にする。なにかあったのは間違いないのだ。自分は仲睦まじい頃の二人を知っている。
「なんもねぇよ」
けれど青峰は否定する。
「はじめから、なんもなかったんだよ」
付け足された、独白のようなそれに黒子は首を傾げる。
どういうことか問いただそうとしたとき、洞窟の奥から声がした。
「青峰」
弾かれたように青峰が後ろを向く。ひび割れた眼鏡を押し上げる緑間は、怪我人の救護を担当していた。
「さつきは…!?」
「…軽い脳震盪だ。じきに目を覚ますだろう」
大きく息を吐いた青峰は、立ち上がると緑間が現れた方向へと消える。その後ろ姿を見送る緑間の表情は、冴えなかった。そして黒子もまた、拭えぬ違和感に眉をひそめた。
「…桃井さんに外傷はないんですか?」
「ああ。かすり傷程度しか見当たらなかった」
黒子は桃井がここに運び込まれたときの姿を見ている。異常な量の血にまみれた姿を、この目で見ている。
「じゃあ、あれは…」
誰の血だったのか、なんて。
恐ろしくて口にすることすらできなかった。


2014/3/8

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