なにがどうしてこうなってしまったのだろう。黄瀬は見飽きた壁に背を向けて、寝返りを打った。 最近、酷く寝付きが悪い。それは夜が来るのを億劫に思うほどに。 今まではこんなことなかった。夜は大切な時間で、全身で青峰を感じながら眠りに就くことは、なによりも幸福なことだった。それなのに今、黄瀬は独りだった。 気まぐれに青峰を拒んだあの夜から、青峰がそういう意図でもって黄瀬に触れることはなくなった。毎晩寄り添って目を閉じるのに、黄瀬に見えるのは暗闇ばかりだ。夢の訪れはまだまだ、遠い。取り残されてしまった黄瀬は、確かに独りだった。 ―――寂しい。 触って欲しい。今までのように青峰でいっぱいにして眠りに就きたい。けれど、一度引っ込めた手をもう一度伸ばすのにはどうすれば良いのか、分からなくなってしまった。 「んー…」 悶々としている黄瀬の横で、青峰が寝言と共にごろんと寝返りを打つ。こちらを向く形になった青峰の寝顔は無防備そのもので、今の黄瀬にはその薄く開いた唇しか目に入らなかった。 キスくらい、許されるだろうか。 初めてそうしたときのような緊張感でもって、黄瀬は青峰に唇を寄せる。あと少し、触れ合うその寸前で、黄瀬の顔は青峰の胸に埋もれた。 「んむ…!」 青峰に抱き締められている。背中に置かれた手は、緩慢な動作でそこを撫でた。 「眠れねーの?」 未だ睡魔に支配された声が問う。答えることは、出来なかった。 久しぶりに感じる青峰の温もりで、頭がいっぱいになる。嬉しくて幸せで、溢れだしそうな感情はじんわりと目元を濡らした。 「なんで…」 ぎゅっと青峰の服を握りしめる。 「なんで、急に触らなくなったんスか…!」 掠れる訴えに、背を撫でる手が止まった。 「…お前が嫌がったんだろ」 「そうだけど、でも…!」 こんなつもりではなかった。軽い気持ちから生まれた距離は、青峰の気持ちを分からなくさせる。 青峰は、本当は抱き合うことなど望んではいなかったのではないか。拒まれたらすぐに引き下がれる程度の関心しかなかったのか。湧くのは悪い考えばかりで、本格的に声が泣き声に変わりかけたとき、急に青峰が体を起こした。 「…!」 ベッドに縫い付けられた左手首が熱い。押し倒されているかのような体勢に、びっくりして涙は引っ込んでしまった。 「…俺も、思うとこがあったんだよ」 吐息混じりの声で言って、青峰は黄瀬の胸元に顔を伏せる。 「毎晩やりたいことやって、お前への負担とか考えてなかった。…でも仕方ねぇだろ。毎日お前が傍にいるとか考えたら、止まんねぇよ」 ドキリと鼓動が跳ねる。そのまま速度を増した心臓は、体中の熱を上げた。 「けど、それでお前が不安になったり辛い思いをするくらいなら、俺からは触らねぇと決めた。そんくらいは大切に思ってる…なんて」 顔を上げた青峰は、小さな照れ笑いと共に黄瀬の頬に触れた。 「…言わせんな、馬鹿」 きゅっと胸が詰まる。叫びたいくらい青峰が好きで、好き過ぎて、こんな触れ合いでは熱を下げることなんて出来なかった。 「…キス、して」 ねだれば直ぐに唇が重なる。久しぶりのキスに、それだけで体は蕩けそうになる。 夢中で自ら唇を開く。頬に添えられた手に自分のそれを重ねて、動作で「もっと」を示した。 「…ぅん…、は…」 濡れた唇を深く合わせて、息継ぎも忘れるくらいに舌を絡め合う。 「ん…!」 するりと胸を撫でられて、黄瀬は身を竦ませる。すると青峰は、体を起こして口に手の甲を当てた。 「…ワリ」 横顔からは自分と同じくらいに強い欲情の色が見える。それなのに。 「我慢できなくなりそうだ」 彼はまだ、耐えるというのだ。大切にしたいのだという言葉の通りに。 黄瀬は上体を起こすと青峰に口付けた。 「…っおい…!」 押し返そうとする青峰の手を取って自分の胸元へと導く。 「…俺が、我慢できない」 耐え難い欲求に視界が潤う。息が乱れる。もう、青峰にしか満たせない。 触って。 言うのと同時に乱暴な所為で押し倒される。強引なキスにも逆らうことなく、黄瀬は逞しい背中に手を伸ばした。 2014/2/17 戻る |