飛びたい。飛びたい。
翼が欲しい。
あなたの傍にいたい。


一番近くから無言の祈り


「黄瀬くん…」
常より低い声に、黄瀬はびくりと肩を震わせた。
恐る恐る振り返れば、氷のような瞳をした教育係と目が合う。
「…部活の準備、まだ終わっていませんよね?」
あくまでも静かな口調が逆に怖い。
でもそこにボールとゴールがあったら、ちょっとシュートとか撃ってみたくなっちゃうのがバスケ選手の性で…とか、言い訳しようものなら言葉のナイフで滅多刺しにされるのは分かりきっていた。
黄瀬は最短ルートでの解決を選択した。
「…ゴメンナサイ」
謝ると黒子はため息を吐きながら、ボールを渡すよう指示する。
「一回だけ…駄目?」
どうしても諦めきれずに控え目にねだると、黒子は再度ため息を吐いた。苦笑が大半を占めているため息は、許可の印だった。
黄瀬は喜色の笑みでボールを渡す。
「黒子っち、パス!」
黒子が投げたボールは、綺麗な放物線を描いた。


入部したては教育係として。レギュラー入りしてからはチームメイトとして。
黒子はずっと、黄瀬の近くにいた。だから黄瀬は、黒子の喜びも悲しみも、一番近くで見てきた。
青峰を筆頭に一人、また一人と才能が開花していく。
置いていかれる感覚。声が届かない苦しみ。黄瀬は黒子の隣で一緒に絶望の数を数えてきた。
暗い感情に震えながら黒子の目は問う。
―――君も、置いていくんでしょう?
だから何度だって否定する。
自分は、自分だけは絶対に変わらない。
ずっと黒子の傍で、黒子と一緒にバスケをするのだと。
「黒子っち!」
声をかければ間髪入れずにボールが手元に届く。
一人、二人抜いて、黒子からもらったボールをリングに叩き込む。どんな歓声よりも、欲しい声は一つだけだった。
「ナイスパス、黒子っち」
「黄瀬くんもナイスシュートです。…と言いたいところですが」
ぺし、と腰の辺りを軽く叩かれる。
「飛ばしすぎです。ペースを落としてください」
大きく上下する肩を深い呼吸で抑えて、黄瀬は笑った。
「ハイ」
見ていてくれるのが嬉しい。たしなめてくれる手が嬉しい。
誰もがあなたを否定しても、自分だけはあなたの存在意義を守ってみせる。


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