まるで人形を抱いているかのようだ。緑間は組み敷いた体を乱暴に突き、揺さぶった。
初めて青峰の病室で抱いたあの日から、緑間は時間も場所も選ばずに黄瀬を呼び出しては、暴力のような行為に耽った。それは勤務時間中に空き部屋でだったり、今のように緑間の自室でだったりした。どんな呼び出しにも、黄瀬は逆らうことなく従った。けれど決して、感情を見せることはなかった。
「…黄瀬、目を開けろ」
言い付けには、従う。震える睫毛の下から宝石のような瞳が覗く。綺麗なだけの石は、人形に嵌め込まれたそれとなんら変わりなかった。
「…っあ…」
背中に手を差し入れて体勢を入れ換える。緑間の上に乗る形になり、深くなった結合に黄瀬が微かな声をあげた。
「自分で動け」
主導権を押し付ければ、黄瀬は緑間の腹に手を置いて、腰を上げた。あがる息と寄せられた眉に人間らしさを見て、緑間は口端を上げた。
どれだけ優しく触れようが、どれだけ乱暴に抱こうが、黄瀬は涙を見せるどころかろくに声すら聞かせなかった。唯一の例外が、青峰の病室だった。
青峰の前でだけ、黄瀬は感情を晒す。泣いて、恋人の名前を呼ぶ。緑間のものになったのは空っぽな脱け殻だけで、黄瀬の心は今も、眠る青峰の隣に寄り添ったままでいる。
腹の底が焼けるように熱くなった。苛立ちのままに緑間は細腰を掴み、黄瀬の中をぐちゃぐちゃに突き上げた。
「ん…、ぁ…!」
耐えられないとばかりに反らされた首に噛み付く。びくりと跳ねた手は、無意識に緑間の肩に回った。
錯覚だなんてことは十分承知している。それでもまるで、愛しいと抱き合っているかのような、幸せな気持ちになる。
「っく…」
強く両腕で抱き締めたまま、緑間は決してなにも生むことのない行為の果てを、黄瀬の中に注ぎ込んだ。


上着を羽織り、眼鏡をかける。クリアになった視界に黄瀬を映す。
ベッドの上の彼は己の体を抱き、身を丸めている。寝ているのか、泣いているのか。背を向けられたままでは何も分かりはしなかった。
緑間はベッドの端に腰掛け、金糸を指で掬った。
「…どうすればお前は俺を見るんだ」
独白は小さく弱く、迷い子のように途方に暮れた。
「青峰が、いなくなれば良いのか」
見えなくなれば、触れなくなれば、黄瀬の心から青峰の存在が消えないだろうか。この恋のためならば、躊躇わずに手を血で染めてみせるというのに。
「…青峰っちが死んだら俺も死ぬ」
指の間から、さらりと髪が滑り落ちる。黄瀬の声に、悲壮感はなかった。
「青峰っちがいないなら、生きていたって仕方ない…」
緑間への牽制ですらなく、それはただの事実だった。
心も体も、その髪一筋だって青峰のものでないものはないのだ。緑間はなにも掴めない手をきつく握り締めた。
何をしても無駄なのだと、何度だって思い知らされる。黄瀬は緑間に背を向けたまま、決してこちらを見ることはない。
―――青峰がいる限り。
ぞわりと、快楽にも似た悪寒がする。緑間は握っていた手をほどいた。
「俺なら青峰を目覚めさせることができる」
ぴくりと黄瀬が震える。やっとこちらを見た黄金色は、ちらつく希望に色めいた。
―――消えてしまえ。
唇に笑みをはきながら、呪う。
邪魔なものは彼の前から、彼の中から、ぜんぶ消えてしまえば良い。
「青峰を助けたいか?」
囁きは問いの形をしていたけれど、答えは一つしかないということは、もう知っていた。


2014/4/18

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