いつの間にか眠ってしまっていたらしい。微かな話し声に、火神は重い瞼を上げた。
部屋は暗く、夜明けまではまだ遠い。闇を見つめてぼんやり瞬いていた火神の耳は、再度抑えた声を拾った。
「…だ、め…って…」
あれ、と思う。声は明らかに、女のそれだった。
この部屋には自分と青峰と黄瀬しかいないはず。異常事態が、火神を一気に覚醒させた。
「誰だ…!?」
部屋の明かりを点けて詰問する。光に慣れない目はまず、半ば上体を起こしている青峰を捉えて、それから青峰に組み伏せられている人物を捉えた。
黄瀬…ではない。良く似ているが違う。肩まではだけられた服の下には、柔らかな女の体が見えた。
「…火神っち…」
名も知らぬ誰かは、聞き慣れない声で聞き慣れた渾名を、呼んだ。


とにかく冷静に話し合うべきだ。火神はコーヒーを入れたマグカップを、ソファーに並んで座る青峰と謎の女に手渡した。
「…ありがと」
こちらを見上げる瞳は、とろけるような蜂蜜色だった。なぜだかサイズの合わないワイシャツ一枚の彼女は、太ももまでを晒して余った袖ごとカップを包み込んでいる。
こんな状況でなければどうにかしてやりたくなる。火神でもそう思うくらい、恐ろしく魅力的な美人だった。
「…なんなんだ、アンタ」
どこから湧いて出たのか。問えば、彼女は困った顔で答えた。
「…黄瀬っス」
「いやそれはねぇだろ」
確かにこの場から黄瀬が消えて、見知らぬ女が増えた。だからといって「黄瀬は実は女でした」なんて信じられる訳がない。昨日までの黄瀬は、間違いなく男だった。
「こういう体質なんだよ」
コーヒーを飲み終えた青峰は、カップをテーブルに置いてソファーに背を凭れた。
「薬だかなんだかの影響で、時々女の体になっちまうんだ」
青峰が何を言っているのか分からない、のは多分火神の理解力のせいではなかった。きっと相田や木吉のような誠凛が誇る頭脳派たちだって、今の事態を説明することなど出来はしまい。
「でも体が変わるの久しぶりだよな。中学以来か?」
青峰は自然に黄瀬の腰に手を回し、ちゅっと額に口付ける。
「っ青峰っち、危ない…」
手にしたままのコーヒーを気にする黄瀬からカップを奪ってテーブルへと移動させながら、青峰は抱き寄せた黄瀬と、唇を合わせた。
瞬間、火神の思考回路はショートした。
「な、な、なにして……」
だらだらと嫌な汗が流れる。顔を離した二人は、そんな火神をきょとんと見遣った。
「そういや、火神は知らねぇのか」
「俺たち、付き合ってるんスよ。中学の頃から」
ざくざく出てくる衝撃の事実に、また一つ火神の頭の中で小爆発が起こった。
でも思い返してみれば、黒子が黄瀬を誘うときに「余計なものがついてくる」と言っていた。黒子は、二人の関係を知っていたのだろう。
「や…青峰っち…」
火神がぐるぐる考えている間にも、カップルはじゃれるようなキスを繰り返す。
「やっぱ女の体は柔らけぇな。気持ちーわ」
腰を撫でていた手を上に這わして、赤く染まる耳にキスをして、青峰は黄瀬を押し倒した。
「なにしてんだ!」
さすがに黙って見てはいられず、火神の手刀が青峰の後頭部に飛ぶ。
「ってーな!まだなんもしてねーよ」
「なにする気なんだよ!」
「なにって…」
青峰は、まだソファーに倒れたままの黄瀬を見た。
「久しぶりに女になったこいつが隣にいんだぜ?とりあえずセックスするだろ」
「すんな!」
「…そうっスよ。さすがに火神っちの家では無いっス」
良かった。黄瀬は火神側らしい。あとは傍若無人な非常識人をなんとかすれば良い。
「ったく…仕方ねーな」
黄瀬の説得が効いたのか、青峰は身を引く…かのように見えた。
安堵しかけた火神に、青峰はとんでもない解決策を突きつけた。
「火神、お前も混ざれ」


2013/12/7

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