枕元に転がる2つの空箱を手に、黄瀬は一人首を傾げた。
青峰と暮らすようになってもうすぐ1カ月。大好きな人と一緒にいられるということに、自分は少し、いやかなり浮かれていたのかもしれない。
我に返って指折り数えてみる。スキンの減りが異常に早いような気はしていた。けれど、まさか。
―――引っ越しの日から毎晩、青峰とコトに及んでいる。
衝撃的すぎる事実に、黄瀬はばたりとベッドに倒れた。


大好きを数えて眠る


恋人同士なのだから、悪いこととは思ってない。不満もない。青峰の愛情を試すなんて気も、更々ない。
だからこれは、ただの好奇心だった。毎日毎晩、もはや当たり前になりつつある行為を拒んだら一体どうなるのか。青峰の反応が見たかった。
もちろん本気で嫌な訳がないから、それでも青峰が腕を伸ばすなら素直に受け入れようと思っていた。きっとそうなるのだろうと予想していた。
けれど現実は、違った。
黄瀬は傍らで寝息をたてる青峰を横目で見た。理由を聞くことすらなく、青峰はあっさり身を引いた。欠片ほどの不満も見せることなく、黄瀬の額に優しいだけのキスをして、青峰は目を閉じたのだ。
こんな反応は想像もしていなかった。どこかで別人にすり替わったとしか思えない。けれど、穴が開くほどに見つめてみても、起こさない程度に触れてみても、そこにいるのは紛れもない自分の恋人で。
黄瀬にはわけが分からなかった。


翌朝。黄瀬が目覚めたとき、青峰は隣にいなかった。やっぱり機嫌を損ねてどこかへ行ってしまったのか。その予想は、リビングから聞こえてきた物音が打ち消した。
黄瀬はほっと安堵の息を吐く。青峰はまだここにいてくれる。でも、自分はどんな態度をとれば良いのだろうか。
ベッドの上で悶々としていると、何の脈絡もなくドアが開いた。
「っ!」
「ああ、起きてたか」
腕捲りをした青峰が、ドアから半身を覗かせる。
「飯、食うだろ?」
ぱちぱちと目を瞬かせる黄瀬に、青峰は「ん?」と返事を促す。
「…あ……た、食べる…!」
「おー、じゃあさっさとこっち来い」
言って、青峰はリビングに戻る。黄瀬はぼんやりと、中途半端に開けられたままのドアを見た。
怒ってはいないらしい。青峰は恐ろしいくらいにいつも通りだ。
体を起こした黄瀬は、青峰の後を追ってリビングへと出た。
「はよ」
二人分の皿を持った青峰が、改めて挨拶を口にする。
「…はよっス」
今朝のメニューはトーストとベーコンエッグらしい。カリカリになるまで焼かれたベーコンが空腹中枢を刺激する。
黄瀬が椅子に座ろうとしたとき、コンロにかかったヤカンがけたたましく鳴った。
「コーヒー…」
「あ、俺がやるっスよ」
二人の家だというのに、何もかも青峰にやらせるのは忍びない。
「いいって。座ってろよ」
「ううん。大丈……」
コンロに向かったのは二人同時で、同じタイミングで伸ばされた手は、ヤカンの上で重なった。
「っ―――熱っ!」
「馬鹿!」
思わずビクリと跳ねた黄瀬の手は、ヤカンの蓋を引っ掛けた。熱された金属が指先に小さな火傷を作る。
「なにやってんだお前…」
「…ごめん…」
大したことはなさそうだが一応冷やした方が良いだろうか。蛇口へと向けようとした手は、青峰によって捕らえられた。
「青み……」
ぱくりと指先を含まれる。傷口を生温かな咥内が包み込む。火傷以上の熱が、じわりじわりと末端から全身を侵食した。
「〜〜〜っ!!」
茹でタコになった黄瀬は耐えきれず手を奪取する。過剰な反応に青峰は不思議そうに目を瞬くが、黄瀬の頭に手を乗せるに留めた。
「気を付けろ」
忠告を残して青峰はヤカンを持って去っていく。
青峰が触れたところが熱い。心臓がうるさい。
昇った熱は、なかなか下がってはくれなかった。


2014/2/4

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