緑間家の愛猫と黄瀬は、ものすごく仲が悪い。
近付けば殴り合い(?)の喧嘩は免れず、お互いに適度な距離を保って接していた。
今もまた、椅子に座った緑間の膝の上にいる猫に対し、黄瀬はベッドの上でうつぶせに寝転がっている。どちらが猫だか分からない。
「黄瀬」
呼べば黄瀬は視線だけを寄越す。返事の代わりに宙に浮いた足が、尻尾のようにぱたりとベッドに落ちた。
「言いたいことがあるなら言え」
ちらちらとこちらを窺う様には気が付いていた。それなのに黄瀬は結んだ口を開かない。ついにはころりと寝返りを打ち、壁側を向いてしまった。
緑間は深く息を吐く。耳に当たる風を嫌がって、猫が小さく体を震わせる。詫びのように撫でてやれば、また猫は上機嫌に喉を鳴らした。
「緑間っちの手に触られるのは気持ち良い」
急に言葉を発したのは、もちろん膝の上の猫ではない。ベッドの上の猫の方だ。
「そいつばっか、ずるい」
壁を向いたままで、黄瀬は不満を投げつける。
「猫に嫉妬しているのか?」
「………」
問いに答えはない。けれどその背は何よりも確かに、不機嫌だと告げていた。
緑間は再度ため息を落とし、立ち上がる。身軽に降り立った猫が、不満気に一声鳴いた。
「だからお前は駄目なのだよ」
ベッドに移動した緑間は、掴んだ腕をシーツに縫い止めた。仰向けに体を返した黄瀬は、黙ったまま緑間を見上げる。
そういえば今日は一度も黄瀬の笑顔を見ていない。
緑間は左手で、黄瀬の頬に触れた。
「この手はバスケと、お前のためにある」
琥珀色の目は丸くなり、頬はみるみるうちに赤くなる。
「っどんな口説き文句っスか…!」
いまだ捕らわれたままの腕に顔を伏せようとする黄瀬を許すことなく、上を向かせて口付ける。
「ゃ…、ん…」
やわく何度か重ね直せば、もがいていた腕が静かになる。
舌を絡めるキスを交わしながら、先ほどまで猫にしていたように指先で喉をくすぐる。重ね合った口の隙間から、黄瀬が笑い声を漏らした。
緑間の指は首筋を撫で、鎖骨を辿り、更に下へとおりていく。
「…もっと…」
機嫌の良い猫のように、黄瀬は緑間にすり寄る。
「もっと、触って…」
しかし猫と呼ぶにはあまりにも艶やかに、彼は鳴くのだ。


緑間家の愛猫と黄瀬は、ものすごく仲が良い。
「ヒゲがくすぐったいっス」
笑い声をあげた黄瀬が身をよじっても、猫は追撃を止めない。
二匹がじゃれあう姿なんて、この間までは想像すら出来なかった。
「いつの間に和解したんだ?」
緑間が問えば、黄瀬は猫を抱いたままで答えた。
「緑間っちの手が気持ち良いということで共感し合ったんスよ。今では緑間っち大好き同盟の同志っス」
ねー、と黄瀬が語りかければ、応えるように猫が鳴く。顔をすり寄らせる様は微笑ましい、けれど。
腕を伸ばした緑間は剥ぎ取るように猫を奪うと部屋の隅に追いやった。
「あー、なにするんスか!」
猫と黄瀬、両方からくる不満の声を両方とも無視して、緑間は横抱くように黄瀬を引き寄せた。
「案外、猫相手にも嫉妬するものだな」
頭上に落ちた本音に黄瀬が上を向く。いたずら好きの猫のように、その口角が上がった。
「だから緑間っちは駄目なんスよ」
笑いながら伸び上がった黄瀬は、恋人に小さなキスを贈った。


fin 2013/9/14

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