殺しても死ないとはよく言ったものだ。
青峰は、危なげもない足取りで地面に降り立った。
「大輝!」
すぐに声をかけたのは赤司で、彼は真っ赤に染まった左肩を右手で押さえていた。
「良かった。無事だったか」
「…ああ」
改めて周りを見渡した青峰は、事故の悲惨さを思い知った。
誰も彼もが血に汚れ、呻き声をあげている。自分たちが乗っていたバスは大破し、特に後部座席の方は原形を留めていないほど滅茶苦茶になっていた。あの辺りに座っていたのは確か―――。
青峰は振り返って赤司を見た。
「さつきと黄瀬は?」
「まだ姿を見ていないが…」
返答に舌を打つなり、青峰は真っ直ぐにバスへと向かう。
「待て、大輝!」
赤司は青峰の腕を取り、歩みを阻んだ。
「んだよ」
「バスには近付くな。いつ横転するか分からない」
「だからって…!」
あそこに桃井と黄瀬がいるのだ。危険だというのなら、尚更助け出さなくてはいけない。
青峰が赤司の手を振り切ったとき、ガラリとバスの破片が地面に落ちた。
「…!」
次いでかつて窓だった部分から人の手が覗く。男子の制服、血に汚れても尚鮮やかな金の髪。
「黄瀬…!」
今度は止めるものも無い。ずるりと窓から落ちた体は、駆け寄った青峰の腕の中に収まった。
「…黄瀬!しっかりしろ!」
「……みね…、ち…」
荒い呼吸の合間に黄瀬は青峰の名を呼ぶ。安堵の息を吐いた青峰は、ようやく黄瀬が誰かを抱きかかえていることに気が付いた。
全身で守るかのごとく、大事に大事に包まれているのは、ずっと自分の傍にあった桃色だった。
「さつき…!」
黄瀬が腕の力を緩める。意識がないらしい桃井は、人形のように力なく首を反らした。
仰向けになったその体を見て、青峰は息を飲む。白のセーターも、薄青のシャツも、べったりと血に濡れていた。反対に肌はいつも以上に白い気がして、ドキリとする。これでは、まるで―――。
「生きてる…スよ」
確認を躊躇う青峰に、黄瀬が答えをくれた。未だに整わない呼吸。苦し気に眉を寄せながらも、黄瀬は必死に桃井を差し出す。
「…早く…!」
震える腕から半ばひったくるようにして、青峰は桃井を抱き上げた。腕の中の温もりと柔らかさに、抜けかけた力を入れ直す。まだ、安心するには早い。
「赤司!手当てはどこに行けば受けられる?」
「…動ける者はこの先の洞窟に避難している。そこに行けば真太郎が看てくれるはずだ」
青峰は言われた洞窟へと急ぐが、数歩で足を止めた。首だけで振り返れば、膝を着いて黄瀬に話しかける赤司が見える。
「…ん…」
不意に腕の中の桃井が身動ぎして、我に返る。青峰は桃井を抱き直すと今度こそ駆け出した。
もう振り返ることは、なかった。


自分のものじゃないみたいに体が重い。安堵は疲労に変わり、張り詰めていた意識は今にもぷつりと切れそうだ。
それでも黄瀬は顔を上げていた。遠ざかり見えなくなるまでずっと、青峰の背中を見つめていた。
「涼太…涼太!」
間近で強く呼ばれてやっと視線を移動させる。赤司の眉間に皺が寄った。
「大丈夫か?お前もどこか怪我しているんじゃないか?」
息をするだけで脇腹はひきつるように痛む。けれど嘘つきな唇は、苦しいを飲み込んで笑みを形作った。
「平気…スよ」
蚊の鳴くような声でも返答があったことに安堵したのか、赤司は僅かに表情を弛めると空を仰いだ。
「雨が降りそうだ。洞窟まで連れていきたいが、この肩ではお前を支えられそうにない」
平静を装ってはいるが、赤司の傷もまた、浅いものではないのだろう。彼の左腕は力なく垂れ下がったままだ。
「大輝に迎えに来させる。歩けないのなら無理はするな」
こくり。小さな首肯を返す。そのまま立ち去ると思われた赤司は、予想に反して黄瀬に手を伸ばした。
「涼太」
優しく髪を撫でられて、もう一度顔を上げる。
「さつきを助けてくれて、ありがとう」
細まったオッドアイに見つめられ、今度は嘘じゃない笑みが浮かんだ。
「…うん」
赤司の手は離れ、やがて体も離れて見えなくなる。なにも阻むものがなくなってようやく、黄瀬は倒れるのに身を任せた。
どくどくとペットボトルをひっくり返したかのように、傷口から血が流れ出ていく。それでも心は、満たされていた。
最後に青峰に会うことができた。言葉まで交わせた。桃井を預けることができた。あの子には、命をかけるだけの価値がある。
徐々に視界がぼやける。残された時間は少ない。なら、残りは全部青峰を想うのに費やした。
大好き。
本当に、大好きだった。
だからどうか、幸せになって。
祈るように、黄瀬は瞼を下ろした。目尻から落ちた雫が、音もなく白い頬を伝った。

2014/1/25

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