学校に行かないと時間を持て余す。ベッドに寝転がった黄瀬は、何の気なしに手を伸ばした。
すらりと伸びた腕。指は細いけれど、華奢というわけではない。違和感がない、という違和感がある。
「…っ!」
黄瀬はがばっと体を起こした。叩くように、体を確かめる。胸は、無い。
ベッドを降りて鏡を見る。そこにいるのは、見慣れた男の自分だった。
思わずへたりこみそうになった体を立て直し、部屋を出て、家を出る。
学校へと向かう途中で、黄瀬は探していた青色を見つけた。
「青峰…っ」
呼び掛けは、途中で消える。振り返った青峰の隣には、女の子がいた。桃井ではない。華奢な体に大きな胸の、可愛い可愛い女の子。
「なん…で…」
バクバクと心臓が不穏な音をたてる。勘違いだと笑い飛ばして欲しい黄瀬の願いに反して、青峰は女の子の腰に手を回して、笑った。
「悪いな、黄瀬。やっぱ女の方が良いわ」


「っやだ…ぁ!」
自分があげた短い悲鳴で目が覚める。冷たい汗が背中を伝う。
おそるおそる触れた体は柔らかな女の子のままで。黄瀬は安堵し、すぐにそんな自分を嫌悪した。
男同士で付き合うことの不自然も苦労も、全部をひっくるめて青峰を好きになった。自分が女だったらなんて、願ったことはなかった。
けれど青峰は。もし選べるのだとしたら、きっと女の自分を取るのだろう。
それは仕方ない。それでも良い。青峰の目が、自分に向いてさえいるのなら。
黄瀬は己の体を抱いた。
怖かった。男の体に戻ったとき、青峰はまだ好きだと言ってくれるだろうか。女の体を知って尚、男の自分を選んでくれる自信なんて無い。だから抱かれたくなかった、のに。
沈む気持ちのままに黄瀬が膝に顔を埋めたとき、ドアを叩く音がした。
在宅を問うものではない。中から引きずり出さんばかりの勢いに、身がすくむ。
「黄瀬!いんだろ!?」
けれど、ドアの向こうから聞こえた声は、良く見知った人のものだった。
「…青峰っち…?」
黄瀬はのろのろと起き上がり、躊躇いながら鍵を開けた。間髪入れずにドアが開き、息を切らした青峰が中に入る。
ドアが閉まり、二人で向き合えば、気まずさが辺りを占めた。別れると言ったばかりだ。青峰の意図が分からない。
まさか謝りにきた訳ではないだろう。その予想は、外れた。
「…ごめん」
黄瀬は己の耳を疑った。青峰が、あの青峰が、謝った。
「…それは、なにに対しての『ごめん』?」
「なにが悪かったのか分からないことに対して」
やっぱり青峰は青峰だ。
黄瀬は笑いと共に息を吐くと、青峰の胸に額を預けた。
「青峰っちは…男の俺と今の俺、どっちを取る?」
「は?」
「今この場で男に戻っても、まだ好きだと言ってくれる?」
「なんだそれ」
青峰の両腕が背に回る。
「当然だろ」
言葉と共に、強く抱き締められる。
「男とか女とか関係ねぇだろ。女ならセックスのとき楽で、男なら一緒にバスケができる。そんくらいの差だろ」
さも当たり前のように、青峰は両方を選んだ。確かに、欲張りな青峰がどちらか一方で満足するはずがなかった。
男とか女とかじゃなくて、青峰は黄瀬を選んでくれる。
「…大好き」
「おー、俺もだ」
抱き締める力が緩む。意図を悟った黄瀬は、顔を上げる。
抱き合いながら口付ければ、つかの間の『お別れ』は、もう過去のものだった。


「仲直り出来たんですか。良かったですね」
「うん」
後日。黄瀬の家に招待された黒子は、仲睦まじく寄り添う黄瀬と青峰を見せつけられていた。さりげなく青峰の腕が黄瀬の腰に回っていて、的確に神経を逆撫でする。
感情のままに、黒子は反撃に出た。
「これもミニスカ効果ですね」
「っ馬鹿…!」
「ミニスカ…?」
慌てて青峰が止めにかかるがもう遅い。
「なんスか?ミニスカ効果って」
「黄瀬くんに謝りに行けずにうだうだしている青峰くんに言ったんですよ」
褐色の肌の上をだらだらと汗が流れる。正直、いい気味だ。
「『黄瀬くんは今、ミニスカですよ』と」
ぱちぱちと瞬いた黄瀬は、恐ろしいほどゆっくりと青峰の方へと振り返った。
「…あんなに急いで会いにきてくれたのは、謝るためじゃなくてミニスカのため、だったんスね…?」
「違…っ!待て待て落ち着け!」
助けを求める声を無視して、黒子は退出のために立ち上がった。
部屋を出て、青峰の悲鳴を封じるように後ろ手にドアを閉める。小さなため息を吐いた口は、弧を描いた。
いつも巻き込まれてやっているのだ。これくらいは、許されるだろう。


fin 2013/9/30

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