なにを言われたのか、分からなかった。
走れない?誰が?どうして?
問いは一つも言葉にならない。
聞いてしまったら、それは現実の重みを持ってしまう。こんなこと、受け入れられない。
「…黙っててごめんね」
繋いだ手に力がこもる。
黒子は黄瀬の膝に顔を伏せた。
こんなのはおかしい。
彼はバスケが好きだった。そしてバスケにも愛されていた、はずだったのに。
「なん…で…」
絞り出した声は痛みに掠れた。
「…走れなくなったのは全中が終わってからだけど、その前から予兆はあったんだ」
バスケを始めたのは中2から。
急速に力をつけて、奇跡と呼べる力まで手に入れて。
体への負担は、他のメンバーの比ではなかった。
「家からここまではぎりぎり歩けるけど、長時間立っていることはできない。だから、モデルも辞めた」
耳を塞ぎたくなるほどに残酷な現実を、黄瀬は淡々と語る。聞いている黒子の方が気が狂いそうだった。
「…でもね、全部覚悟の上だった」
黄瀬は優しく黒子の髪を撫でる。
「あの時俺は、どうしても勝ちたかった。勝てば、黒子っちの傍にいられると思ってた」
弾かれたように黒子が顔を上げる。
至近距離で視線が絡んだ。
「…黒子っちが傍にいてくれたのなら、後悔なんて…しなかったんだよ…?」
揺らいだ黒子の瞳から、涙が線になって落ちた。
「どうして消えちゃったの?」
一番いて欲しい時に、彼はそこにいなかった。
「どうして傍にいてくれなかったの?」
飛びたいと願った。
そのためなら二度と歩けなくても良かった。
だけどそれは、こんな結末のためじゃない。
「ねぇ、黒子っち」


翼などいらない。
あなたと一緒に歩きたかった。


fin 2012/12/09

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