青峰は疲れていた。
青峰っち青峰っちと見えない尻尾を千切れんばかりに振って、馬鹿犬は青峰にまとわりつく。
「1on1して」
「やだ」
「じゃあ結婚して」
「なんでだよ!」
惜しみなく全力で振り撒かれる愛情に対して湧くのは喜びでも愛しさでもなく、疲労だった。
ボールを持った黄瀬にずるずると引きずられながら、青峰は溜め息を吐いた。


1on1でこてんぱんに叩きのめして、ようやく馬鹿犬は静かになる。
大の字で寝転びながら荒い息を整える黄瀬を横目で見て、青峰は素朴な疑問を口にした。
「お前、俺の何がそんなに良いわけ?」
黄瀬は丸くした目を瞬いて、ふわりと微笑んだ。
「…バスケが、好き」
想定内だ。
黄瀬が自分のバスケに強い憧れを抱いていることは、重々承知している。
「顔も好き。大きな手が好き。声が好き。なんだかんだで優しいところが好き」
想定外だ。
放っておいたら延々と挙げ続けるのではないかというくらい、黄瀬はすらすらと好きを垂れ流す。
「青峰っちの全部が、好き」
とどめの一撃をくれて、黄瀬は僅かに笑顔を曇らせた。
「…だから、ちょっとだけで良いから、俺のこと好きになって」
先ほどまでが嘘のように、黄瀬はたどたどしく願いを吐く。
「…なんか、勘違いしてねぇ?」
青峰は、黄瀬の横に腰を下ろした。
「今まで俺が、お前を嫌いだと言ったことがあったかよ?」
ぽかんと口を開いた間抜け顔を、むっすりと見返す。
「嫌いな奴と1on1するほど、物好きでもお人好しでもねーよ」
黄瀬は口を閉ざして、しばし考え込んだ。
「俺、馬鹿だから長々と語られても分かんない」
「……そうかよ」
だから、と黄瀬は続けた。
「青峰っちは俺のことをどう思ってるか、今の気持ちを二文字でまとめて」
どれだけ言葉を端折らせるつもりなのか。呆れつつもなんだかんだで優しい青峰は、お望み通り気持ちを二文字に集約してやった。
「………『好き』」
「俺も好き!」
途端にオフェンスチャージングの勢いで飛び付いてきた黄瀬に押し倒される。
ぶつけた背中が痛い。ぎゅうぎゅうされた首が苦しい。けれどどうしたって、嫌だとは思えなかった。


今日も今日とて黄瀬は元気に青峰にまとわりつく。
「1on1して」
「やだ」
「じゃあ結婚して」
「無理」
「そうっスよね。18になるまで待たないとね」
「そーですね」
かわしても突き放しても、何がそんなに楽しいのか黄瀬は青峰の隣で笑う。
「くだらねーこと言ってねぇで、1on1行くぞ」
「うん!」
誘えばすぐに、ボールを持って駆け寄ってくる。
黄瀬は面倒くさい。疲れる。けれど、青峰はそんな黄瀬と今日もボールを奪い合う。
だった二文字を、馬鹿犬に伝えるために。


fin 2013/5/7

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