回診の途中、廊下に出た緑間は鮮やかな色の塊を発見した。黄瀬だ。
花束を抱えた彼は、それだけで一枚の絵のように美しかった。花に顔を寄せて微笑む様に、緑間の頬も緩みかける。だが、笑顔は完成する前に消え失せた。
その花は誰に贈られるのか。その笑みは、誰に向けられるのか。分からないはずがなかった。
だからもう、限界だと思った。


月の明るい夜だった。人工の光に頼らずとも、来訪者の姿ははっきり見て取ることができた。
「…こんな時間に、なんスか?」
面会時間などとうに終わっている。黄瀬は訝しげに緑間を見てから青峰に目を遣った。
「青峰っちになにか…!?」
夜分に青峰の病室に呼び出したのだ。それは当然の疑問だろう。
しかし緑間は答えを提示することなく、手を伸ばした。
「来い」
黄瀬は二人を見比べて迷う。けれど本当は、彼に選択肢などない。
黄瀬は迷いを残しながらも緑間に寄る。緑間は笑みと共に黄瀬を抱き寄せ、口付けた。
「ん…っ」
いつまでも緑間に慣れようとしない黄瀬は、キスの度に体を強張らせる。それでも歯列をなぞれば、反射のように合わせを解いた。
キスは何度もした。口淫もさせたし、黄瀬の体は余すこと無く触れた。それでも最後の一線を越えることはなかったのは、まだ迷いがあったからだ。
体だけが欲しいわけではない。彼を抱くときは丸ごと全部手に入れた時だと、そんな生温い幻想を描いていた。
けれど、もう良い。
黄瀬がいつまでも青峰ばかりを追うのなら、得られるものは体だけでも、もう良かった。
「脱げ」
緑間の命令に、黄瀬は酷く戸惑った。
「…ここ、で…?」
何も分かっていない黄瀬に無言の是を返す。ここだから、意味があるのだ。
意を決したように黄瀬が自らのボタンを解く。月明かりの下、晒される黄瀬の肌は淡く光るように美しい。
柔らかな首に舌を這わせ、噛むように所有の痕を刻みつけた。
「…ん…ぁ…」
快楽に弱い体は例えそれが意中の相手でなくとも、ささやかな反応を示す。漏れる声など、誘惑以外の何でもない。
「下も脱いでベッドに手をつけ」
迷いはしない。それしか手に入らないなら、体は全て、己のものとする。
言い付けに従いながら、黄瀬はベッドを見て痛ましく顔を歪める。それでも震える両手は、シーツの隅に収まった。
緑間が背中を押せば黄瀬は上体を倒し、自然と腰を突き出す体勢になる。まっさらな双丘を撫でて、緑間はその間に指を滑らせた。
「ぅ、ん…」
黄瀬の体は恐怖と羞恥に震える。緑間は手に潤滑剤を垂らし、もう一度奥を探った。
「ひゃ、あ…っ!」
つぷりと指先を潜らせれば、大きく身が跳ねる。しかし、思ったほどの抵抗はなかった。
指を回すように進めれば、容易に一本は中に収まる。内壁を擦るように動かすと、シーツに顔を伏せた黄瀬はくぐもった声を漏らした。
「ん…んっ…ぅ」
緑間が指を抜き差しするたびに、そこはぐちぐちと音を立てる。熱い体内で溶けたように、内腿を伝う液をすくい取って、緑間は2本の指を入れた。
「っやあ!」
背を反らして、黄瀬が声をあげる。けれどその音には確かに、苦痛以外のものが混じっていた。
奥まで指を伸ばして、触れたしこりを押し潰す。泣き声をあげてシーツに金糸を散らす黄瀬に、我慢は限界にきた。
指を引き抜き、先走りに濡れた怒張を宛がう。多少苦痛はあるだろうが、構ってなどいられなかった。
「あ、ああぁー!」
思い切り突き立てれば、黄瀬はビクビクと緑間を締め付けた。ぬるつく体内の熱さに、微かに残っていた理性など紙のように吹き飛ぶ。細腰を掴んで、夢中で欲望をぶつけた。
「やぁ、ん、あっ、あ…!」
戸惑いや抗いなど嘘のように、黄瀬は聞いたことがないほど甘やかな声でなく。脇腹を撫でるだけで、その体は悦びに震えた。
顔が見えないこの体勢が功を奏してか、黄瀬は容易く快楽に堕ちた。そろそろ頃合いだろう。
緑間は荒い息を繰り返す黄瀬の顎を持ち上げて、虚ろな瞳にベッドの上を見せた。耳に唇を寄せて、呪いの言葉を囁く。
「青峰の前で犯される気分はどうだ?」
ビクリと、哀れなほどに黄瀬は身を竦ませる。
「あ…」
溶けきっていた目が現実を映す。最愛の男の前で、別の男に抱かれる自分を。
「や…やだ…嫌、ぁ…!」
精神的な涙が幾筋も伝い落ちる。逃げようとする腕を取って、更に奥まで、穿った。
「や、ああぁっ!」
ぎりぎりまで高まっていた体は、与えられる刺激に歓喜する。反して、心は緑間を拒む。ぐちゃぐちゃに泣きじゃくる黄瀬は、同じ言葉を繰り返した。
「あ、…みね……あおみ…っちぃ…!」
眠り続ける恋人の名を、呼び続ける。それは助けを求めるように。あるいは、許しを乞うように。
「ああぁー!」
一度として、彼が緑間の名を紡ぐことは、なかった。


青白い足の間を白濁が伝う。床に打ち捨てられた黄瀬は、死んだかのように動かない。己の服を整えた緑間は、痛ましい様を覆い隠すようにその背に上着をかけた。
言い訳なんて、するつもりはなかった。他にかけられる言葉もあるわけがなく、緑間は無言のまま、ドアへと向かった。ノブに手をかけたまま、しばし迷って振り返る。黄瀬はちょうど、たどたどしく身を起こすところだった。
這い上がるようにベッドに上体を乗せて、汚れていない指先で、大事に大事に青峰の手に触れる。
音もなく涙は流れ続ける。それでも黄瀬は、微笑んだ。色をなくした唇が、青峰を呼ぶ。それから。
続く言葉を待たずに、緑間は部屋を出た。
聞きたくなかった。今は。今だけは。


2013/11/20

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