ついでに買い物をして帰った火神は、冷蔵庫に食材を詰めながらリビングに声を投げた。
「なぁ、なに食いたい?」
返答は無い。首を捻りながらキッチンを出た火神は、リビングの窓から外を眺めている黄瀬を見つけた。
「…黄瀬?」
至近距離から呼べば顔だけがこちらを向く。なにをしているのか尋ねるより先に、黄瀬は答えを教えた。
「ここに来るの、久しぶりだと思って」
学校に部活にモデルの仕事。多忙な黄瀬を最後に自宅に招いたのはいつかなんて、覚えてすらいない。それどころか二人きりで会うことすら、おそらく1ヶ月ぶりくらいだった。
久方ぶりの逢瀬のきっかけが緊急連絡というのは不本意だが、会えた喜びに変わりはない。
「あんま無理すんなよ」
引き寄せれば黄瀬は逆らわずに肩に額を預ける。ふわりと柔らかな薫りがして、たまらなくなる。
火神は黄瀬の頬に手を添えて上向かせると、被さるように口付けた。開かれたままの隙間から舌を差し入れて中まで貪る。久しぶりの接触に、ブレーキなんて使い物にはならなかった。
「っん…」
強引なキスでも、黄瀬は抗う気配すら見せなかった。
たおやかな腕は背に回り、首を傾けて求められるのに応える。火神の衝動が収まるまで、長い長いキスを交わす。
やっと離した唇から熱い息を漏らして、黄瀬は潤んだ瞳のままで微笑んだ。
「…大我」
二人きりの時だけに使われる特別な呼び名は、殊更甘く火神の心を震わせる。
もう一度触れるだけのキスをして、黄瀬は火神の首に抱きついた。
「…エッチしよ?」
首筋を掠める声は、ただただ、甘い。


「ん、ぁ…っは…」
弾けそうなくらい膨らんだものをなんとか受け入れて、黄瀬は息を吐く。
「大丈夫か?」
「…ん…」
火神の上に跨がる黄瀬は俯いて呼吸だけに集中している。その辛そうな様に火神は手を伸ばすと、濡れた髪に触れた。
「…たい…が…ぁ」
薄く目を開けた黄瀬が途切れ途切れに火神を呼ぶ。頬の滴を拭ってやって、火神は問うた。
「代わるか?」
動けないままでは互いに辛いと思ったのだが、黄瀬はしばしの間の後、ゆるく首を振った。
意識して息を整えて、火神の腹の上に手をつく。ゆっくりと腰を上げて、また落とした。
「っあ、…ん、ぅあ…」
出し入れを繰り返す毎に、徐々にぎこちなさがとれていく。
声に艶が混じるようになった頃、火神は解かれたシャツの袷から肌へと手を滑らせた。
「や…っ、あ、あ…!」
ゆるく撫でるだけで体を震わせる黄瀬は可愛くて、愛しい。荒ぶる衝動に身を任せて、滅茶苦茶にしてやりたくなる。
自ら快楽を追う姿は火神の目を楽しませてこの上なく昂らせたけれども、だからこそ与えられる刺激の少なさには焦らされている思いだった。
「なぁ、黄瀬…」
ごくりと唾液を飲み下し、自身の上で息を乱している黄瀬に声をかける。
足りない刺激にもどかしい思いをしているのは火神だけではなかったようで、すぐに意図を解した黄瀬は、小さく頷いた。
「…ん、…動いて…」
許可が出るなり火神は黄瀬の腰を抱いて、体勢を逆転させる。ベッドに押し倒す動作はやや乱暴になってしまったが仕方ない。余裕なんて、はじめから無い。
それでも黄瀬がシーツを握って目を閉じるのを見届けてから、火神は一気に自身を突き立てた。
「っああ!…ん、あ…あっ!」
大きな動きにスプリングが軋む。容赦なく突き上げれば黄瀬は背を反らして声をあげる。
思うままに揺さぶってもまだ足りなくて、火神は腰を押し付けたままで唇を塞いだ。
「んっ、ふ…ん…、ぅ」
荒い互いの呼吸まで絡め合う。
苦し気な声を漏らしながらも、黄瀬は舌を伸ばしてキスに応えた。シーツを握り締めていた手は解かれ、火神の首に回る。
「…た…が、たい…が、ぁ…っ」
舌っ足らずに繰り返し、力の入りきらない腕できゅうきゅうと抱きつく。
黄瀬は、可愛い。下半身に直結する可愛さは、色々な事情をまずくさせた。
「っおい、離せって…」
言っても黄瀬は腕を弛めない。収めたものが限界を訴えてビクリと震え、火神は眉を寄せた。
「も、出るから…黄瀬…!」
強く呼べば、黄瀬は蕩けた目を向ける。
「……して…」
浅い息の合間に、濡れた唇は意思を紡いだ。
「このまま、出して…」
「っ馬鹿…!」
どれだけ煽れば気が済むのか。
火神は無理矢理腕を引き剥がすとシーツに縫い留めた。
止めていた律動を再開すれば、黄瀬は喘いで首を振る。けれどもう、止まる気はなかった。
「あ、あっ…たいが、も…だめ…ぇ…っ!」
一足先に黄瀬が限界を迎える。掴んでいた手首を解いて指を絡めれば、黄瀬は強く手を握り締めて、達した。
収縮する内壁に導かれるまま、火神もまた黄瀬の中に思いの丈を放った。


「やっぱお前、なんかおかしくね?」
使用済みの食器を受け取りながら、火神は腑に落ちない顔でベッドの上の黄瀬を見遣った。
シャツの前を留めた黄瀬は、先ほどまでの情事の名残を感じさせない、どこか幼い仕草で首を傾げた。
「なにが?」
「なにって…」
そう多くはないけれど、今までも黄瀬の方から手を伸ばしてきたことはある。でも火神の上に乗ろうとするなんて滅多にないし、中に欲しがるなんてことは初めてだった。
「大我?」
動く、荒れ一つない唇を見つめる。たいが。同じ動きで呼んでいた、行為中の黄瀬を思い出す。
火神は真っ赤に染まった顔を、ベッドに伏せた。
「ちょっ…大我!?」
顔を上げられないくらいには、後悔していた。
無心に欲しがる姿にあてられたとはいえ、自分はなんということをしたのか。
ただでさえ体を重ねる行為は黄瀬に負担がかかるというのに、普段しないようなことまでしてしまった。
黄瀬は今日、病院に運ばれたばかりだというのに。
「…悪い」
顔を見られないままで謝罪すれば、小さくベッドがたわんだ。
「謝らないで」
ふわりと優しく髪を撫でられる。
「俺が、大我に触りたかった、触って欲しかっただけだから」
穏やかな声に導かれ、恐る恐る顔を上げる。黄瀬は、見惚れるほど綺麗に微笑んだ。
「好きだよ、大我」
引き合うように口付ける。黄瀬は誘うみたいに火神の唇を舌でなぞるから、おさまったはずの衝動がまた再燃する。
ベッドに手をつき、黄瀬に体重をかける。そのままシーツに沈めてやろうとした火神の足は、床に置かれた食器を蹴った。
ガシャンという耳障りな音は、警告のようだった。火神は苦く笑うと、黄瀬から離れた。
「…とりあえず食器、かたしてくるわ」
「そうっスね」
黄瀬の笑い声に見送られながら、火神は寝室を後にした。


火神の背中が視界から消える。
一人になった黄瀬は笑いを引っ込めると、シーツに目を落とした。
ズキン。ずっと断続的に頭が痛む。気持ち悪い。自分の中から何かが溢れていってしまう気がする。
多分、悪いことが起こる。予感が、している。


2013/7/15

戻る