状況に頭はついていかない。早まる鼓動は決して、期待や高揚によるものではなかった。
「…な…に…?」
問いかけに火神は答えない。凍りついたように体は動かない。
組み敷かれたまま呆然と火神を見上げていた黄瀬は、服の裾から素肌をなぞられてビクリと跳ねた。
「や…っ」
咄嗟に口をついたのは拒否の言葉だった。触られれば直ぐに熱を上げるはずの体は、凍えるみたいに固く、強張る。
「っや、だ…!」
突っ張ねた腕は細かく震える。
怖い。自分は、優しい火神しか知らない。こんな彼は、知らない。
脇腹を撫でていた手が下り、スラックスにかかる。服が乱され下半身が外気に晒されると、火神は何の反応も示していないそこではなく、最奥に手を伸ばした。
「や…火神っ!」
さすがに本気の抵抗を無視することはできず、火神を舌打つと黄瀬の体をうつ伏せに返した。
「っ…!」
衝撃で黄瀬が動けずにいる間に、火神は中途半端に引っ掛かっていたスラックスを膝まで下げ、腰を持ち上げた。
「ひ、あぁっ!」
指が捩じ込まれ、黄瀬が痛みに泣く。それでも、先刻まで別の男のものを受け入れていたそこは、唾液の滑りだけで異物を飲み込む。慣れきった体を責めるように直ぐに指が増やされる。二本ばらばらの動きで中を掻き回され、ぼろぼろと涙が溢れた。
辛い。苦しい。心も体も無理だと訴える。火神にそれが分からないはずがないのに、責め苦は終わることがなかった。
「いっ、あ、あぁ!」
三本に増えた指が散々に内壁を擦り、引き抜かれる。息を継ぐ間もなく熱が宛がわれた。
「や、だ……やっ、嫌…あぁっ!」
悲痛な声すら黙殺され、一気に奥まで貫かれる。馴染むのを待つことすらせず、火神は欲望のままに黄瀬の体を揺さぶった。
「ん、ぅあ、っあ…ぁ!」
そこに思い遣りは欠片もなく、まるで道具のように扱われる。
悲しい。手酷いセックスなんていくらでも経験してきたのに、悲しくて涙が止まらなかった。
止まない泣き声をどう捉えたのか、火神が蔑みの混じった息を吐いた。
「気持ち良いんだろ?お前は突っ込んでくれんなら誰でも良いんだよな」
「ち、が…あっ、ぁ、や!」
弁解は喘ぎに飲み込まれる。きっとちゃんと話せたとしても、否定することは出来なかった。
自分が一晩限りの恋人を求め漁っていたことは真実でしかなかった。だって、それしか知らなかった。体を繋げることが愛されることだと、信じていた。
抱かれるのではなく、抱き締められる心地好さを教えてくれたのは火神だった。それなのに。
自分は唯一の例外すら、その他大勢に埋もれさせてしまった。
はたはたとフローリングに涙が落ちる。無意識に強張る指が、何度も床を引っ掻く。
欲しかったのはこんな冷たさじゃ、ない。


2013/6/4

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