帝光中の体育館には、今日も怒号が響き渡る。 「リョータ!!」 吠えられた黄瀬は肩を竦めて、それでも臆することなく立ち向かった。 「何なんスか!ショーゴくん、うっさい!」 「お前の方がうるせぇよ!あとここで練習すんな!目障りなんだよ!」 「俺がどこで練習しようが勝手じゃないスか!」 ギャーギャー喚き合う二人を止めようとする者はいない。こんな光景も、すっかり日常に馴染んでしまった。 (これってアレだよな) (アレですね) 部内一目と目で通じ会える青峰と黒子は、無言でこくりと頷き合った。 ―――いわゆるこれは、好きな子ほどいじめたいというアレだ。 灰崎はずっとむしゃくしゃしていた。 原因は分かっている。最近一軍入りしてきたあいつのせいだ。 「黒子っち、パスパスー!」 明るく笑いながら、黄瀬が片手を上げる。黒子のパスは、寸分違わずに黄瀬の手元へと届く。 黄瀬はゴール下の三年をかわすと、ふわりと跳んだ。その指からボールが離れ、ネットを揺らす。 ダン、ダン。落下したボールが床を打つ音で、灰崎は我に返った。 黄瀬の一挙一動を食い入るように見つめていた自分に気付いて、また胸にもやもやした何かが溜まる。 怒鳴る以外にこのもやもやを晴らす手段など分からなくて、灰崎は口を開いた。 「リョ…」 「黄瀬くん」 呼び掛けは横から掻っさらわれて、黄瀬は黒子の方を向く。 「今のシュートは良かったです。褒めてあげます」 「わーい!」 よしよしと黒子が頭を撫でれば、黄瀬は見えない尻尾をちぎれんばかりに振りまくる。 灰崎の中のもやもやは、むかむかへと形を変えた。 「リョ…!」 「黄瀬」 またしても黄瀬の意識は他者に奪われる。 ボールを片手に立つ青峰は、クイッと顎をしゃくって黄瀬を呼び寄せた。 「1on1しようぜ」 「するするー!」 飛び付く勢いで、黄瀬は青峰の元へと駆けていく。すぐさま白熱したボールの奪い合いが始まってしまえば、そこに灰崎が入り込む隙など無かった。 10分後。青峰にボロクソに負けた黄瀬が、それでもどこか清々しい顔で戻って来る。 今度こそ、と灰崎は黄瀬を捕まえようとしたのだけれど。 「リョ…」 「黄瀬!」 三度の邪魔が入る。 クマの刺繍が入ったやたらファンシーなタオルを手にした緑間は、黄瀬を引き寄せると垂れ流しになっていた汗を拭った。 「そのままにしておいたら風邪をひくのだよ」 「あはは、緑間っちオカンー」 そんな過保護も、黄瀬はくすぐったく笑って受け入れる。 灰崎の鬱憤は、爆発寸前だった。 「おい、リョ…!」 「黄瀬ちーん」 苛立ちを増長させる間延びした声が間に入る。紫原は黄瀬に近付くと、小さな箱を差し出した。 「新作お菓子、食べるー?」 「食べる!」 キャイキャイとお菓子をシェアする姿は微笑ましいものだったけれど、もちろん今の灰崎には微笑むゆとりなんて無かった。 「リョー…!」 「涼太」 分かっていた。どうせ邪魔が入るんだろうと知っていた。 こめかみに浮かぶ血管をひくつかせる灰崎を逆撫でするかのように、赤司はきょとん顔の黄瀬ににっこりと笑いかけて、言った。 「呼んだだけだ」 ―――なんじゃそりゃああぁ! ぶちり、と自分の中の何かが切れた音がする。 どいつもこいつも邪魔ばっかしやがって。黄瀬も黄瀬だ。「呼んだだけ」なんてふざけた理由に怒りもせずに、「そっかー」なんて笑ってんじゃねぇよ。 「リョータ!」 そのくせ、やっとこっちを向いた黄瀬はあからさまに嫌そうな顔をするのだから、本当に――― 「ムカつく」 「はあ?」 眉間に皺を寄せた黄瀬は別人のような形相で、敵意を剥き出しにしてくる。 「さっきからなんなんスか。いつもイライラしていて見苦しいんスけど」 「うるせぇよ!全部お前が悪いんだ」 こんなのはただの八つ当たりだと、自分でも分かっていた。でも止められない。 こっちを向いて欲しい。笑いかけて欲しい。そう願ってしまうのは――― 「なんで俺のせい…ああ」 不意に黄瀬が納得した顔をするから、ドキッと鼓動が跳ねる。 「…もしかしてショーゴくん、俺がいつも皆とばっか話しているから嫉妬してるんスか?」 ―――バレた! 心臓は加速していく。汗が伝い落ちる。 気付いて欲しくないようで気付いて欲しかった秘めたる想いは、今陽の下へと晒された。 ならもう、覚悟を決めるしかないだろう。 「リョータ、俺は…」 「うん、分かってる」 黄瀬はどこまでも澄んだ宝石みたいな瞳で見つめてくる。 分かっている、ということはオッケーか。灰崎が歓喜に包まれようとした半瞬前。 「つまり、ショーゴくんももっと皆に構って欲しいんスよね」 「…は?」 あまりにも斜めなことを言うから、思わず変な声が出た。 呆ける灰崎の気持ちなんか想像もしないで、黄瀬は真面目な顔して言うのだ。 「ならショーゴくんは、もっと素直にならなきゃ駄目っスよ」 何かが切れた、どころではない。どっかーんと、頭のてっぺんから何かが噴き出した気がした。 「ちっげーよ!つかテメーらも笑ってんじゃねえぇー!」 的外れなアドバイスをしてくる黄瀬に、腹を抱えて爆笑するお邪魔虫ども。 そして灰崎の怒号は、今日も体育館に響き渡るのだった。 fin 2015/5/5 戻る |