※フリリク作品


鏡に映った自分を否定するかのように、ロッカーを閉じる。
大丈夫…ではないかもしれないけれど、きっとなんとかなる。笠松先輩は、きっと分かってくれる。
黄瀬が無理やり決意を固めたとき、部室のドアが開いた。
「おう、早いな。黄…瀬……?」
呼び掛けは語尾が上がった疑問形になる。そんな反応は予想していた。けれど、思い切り後ずさってドアにぶつかるなんて過剰な反応には、正直傷付いた。
それは、黄瀬がミミズを見つけたときの反応と、同じだった。


盲目で恋


「先輩酷いっス!ハクジョー者っス!ちょっと俺が女の子になったくらいでー!」
「ちょっとじゃねぇよ!一大事だろうが!」
ときどき女の体になることがあるんスよー。なんて言われた時はどんなファンタジーだと笑い飛ばしたものだが、いざ目にしてみれば、笑い事なんかではなかった。
ちらつくのは華奢な腕に足。二回りは小さくなっているだろう、というのはあくまでも感覚での感想だ。
笠松は、黄瀬を直視することが出来なかった。
「…先輩」
じっと注がれる視線を感じて、嫌な汗が伝い落ちる。
「こっち、見てよ」
可愛いおねだりにも、笠松の体は動かなかった。見られるはずが、なかった。
「…もういい」
ぽつりと落ちた呟きは力無くて、つきりと胸が痛む。泣かせてしまうのか。という予想は、盛大に裏切られた。
「もう、森山先輩と浮気してやるっスー!」
「リアルな人選してんじゃねぇよ!」
思わず笠松はそちらを見てしまうが、その時にはもうすでに黄瀬は鮮やかなスタートダッシュを決めて、走り去った後だった。
遠目に、練習中の森山に飛び付く黄瀬が見える。しきりにこちらを指差しているあいつが言っているであろう文句は、聞こえないけれどなんとなく分かる。
あらかた鬱憤を吐き出したらしい黄瀬は、森山の腰に抱きつく。そんな黄瀬の頭を撫でる森山が浮かべるのは、苦笑と呼ぶにはあまりにもデレデレしたものだった。
当然だ。あの黄瀬が女になったのなら、今まで森山が勝利を捧げてきたどの少女よりも可愛いに決まっている。(というのも感覚での感想だ。)
笠松は二人を追うのをやめて、体育館のゴールを見遣った。
腹の中はムカムカする。けれど仕方ない。見られないものは、見られない。
笠松はどうしようもなく、『女の子』が苦手だった。


部室の鍵を返却して校舎の外に出る。夜に片足を踏み込んだ外は、もう薄暗かった。
「先輩」
呼ばれて笠松は、足を止める。
「一緒に帰って良いっスか?」
その口調と目の前の女子の制服が結び付くのには、しばしの時間を要した。
「おまっ…なんで、その制服…!」
「まぁちょっと、ツテで」
どんなツテだよ、なんて聞くのも馬鹿らしい。笠松は無言で歩き出した。すぐに軽やかな足音が近付いてきて、ぴたりと横につく。
「聞いて、先輩。森山先輩がね―――」
黄瀬はいつもより高い声で、いつも通りに今日あった出来事を話す。
森山が、早川が。今日は笠松の傍にいなかった黄瀬の口から出るのは、他の男の名前ばかりになる。必然だとは分かっていても、消化出来ない気持ちはどろどろと笠松の中に沈殿していった。
「…先輩」
途切れなく話していた黄瀬の声のトーンが変わる。と同時に、遅れることなくついてきていた歩調が、乱れた。
「俺が傍にいるのは、嫌ですか?」
ほぼ同時に、二人の足が止まる。
「先輩が女の子苦手なのは、知ってます」
斜め後ろを向いた笠松が見たのは、すらりと細い足だった。視線を上げていけば、スカートの上で握られた手が見える。
「だから、本当は嫌だけど、先輩がどうしても無理なら、俺…」
更に視線を上げれば声と共に震える唇が見えて、笠松は小さな背中を抱き寄せた。
「…先輩?」
押し付けた胸からくぐもった声がする。指を通した髪の感触は、昨日までと何ら変わりはしなかった。
「余計なことを考えてねぇで、お前は俺の隣にいれば良いんだよ」
言ってから、茹だるように全身が熱くなる。でも、別に良い。どうせ黄瀬からも、こちらは見えないのだ。
「…はいっス」
黄瀬の腕が背に回る。喜びが滲んだ声を聞きながら、笠松はいつか苦手を克服することを、誓った。
笑ったこいつを真正面から見られないのは、やっぱりもったいないと思うので。


fin 2014/7/12

フリリク、『笠松×黄瀬』でした。
フリリクでも頂かない限り、私が笠黄を書くことはなかったです。
新境地をありがとうございました!

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