「絶対しねぇ」 黄瀬の「しないの?」に対する答えは、そんな頑ななものだった。 「お前が今までどんだけ爛れた恋愛をしてきたかは知らねーが、そいつらと一緒にされんのは御免だ」 ただくっついて眠った翌日。黄瀬は火神が淹れてくれたコーヒーを片手に、宵越しの疑問をぶつけた。 「なにがそんなに嫌なんスか?…ああ火神、童貞?」 「どっ…!」 口をぱくぱくさせた火神は、顔の赤みごと吹き飛ばす勢いで応酬した。 「関係ねーだろ!…かわいそうな目で見んな!」 黄瀬はコーヒーを混ぜながら、クスクスと笑いを溢す。 「確かに初めてが男ってのはかわいそうかもしれないっスね。でも男も女もそんなに変わんないっスよ。どっちも慣らして突っ込むだけ。まぁ勝手に濡れない分、男の方がめんどいかもしれな…」 「黙れ」 言うなり頬を手のひらで押される。ぐきっと、首が鳴った。 「いったー。…もー、暴力反対っス」 「お前の言葉の方が暴力だ」 呆れようが、苛つこうが、火神は決して黄瀬を見捨てたりはしない。これが、惚れた弱みというやつなのだろうか。 「火神」 呼べば、ちゃんと振り返ってくれる。 不機嫌丸出しの顔に、黄瀬はにっこりと笑いかけた。 「嫌がられると、燃える」 「うるせー!」 そういえば、こんなにも誰かと会話をするのは久しぶりだと気付く。 明るいところでちゃんと相手の目を見て話すのも悪くない。そう思うようになってから、火神と共に過ごすことが増えた。結果、必然と他の誰かと過ごす時間は少なくなる。 毎日のように誰かと共にしていた夜は、3日に1回となり、1週間に1回となり、いつしかぱったりと途絶えた。誰かと連絡を取るよりも先に、火神の顔が思い浮かぶようになった。 約束も無しに突撃したって、いつでも火神は受け入れてくれる。 温かい食事に気楽な会話。優しいだけの、キス。火神がくれるものはそんな生ぬるいものばかりだ。けれど、甘やかされることを心地好いと、思ってしまった。 火神の腕の中で、子供騙しのようなおやすみのキスを貰う。目を閉じて、彼の体温と鼓動だけを感じる。 心はきっと満たされている。でも、もっと確かな熱を求めて疼く体は止められない。 黄瀬はまるで怯えるかのように、火神の体にしがみついた。 2013/4/22 戻る |