※モブ視点多め


あの子のことが頭から離れない。
人形のように緻密に計算された美しさの中に、人形なんかではあり得ない強さを宿した彼女は、自分のプライドをズタズタに引き裂き、ついでに心までを射抜いていった。
これは、恋なんて甘美で生ぬるいものではなかった。身を焦がすあまりに焼ききれてしまいそうなこれは、きっと崇拝に近い。
手に入れたいだなんて、大それたことは考えない。ただ、その姿を見られるだけで良い。彼女が放つ輝きの欠片をこの身に受けれれば、それだけで生きていける気がする。
あの子は、自分の天使だった。
「…お前の気持ちは良く分かった」
鷹揚に頷く3年生の後ろには、学年も部活もバラバラの男たちがいる。きっとこんなことがなければ自分も、バスケ部でない先輩たちと知り合うことなどなかっただろう。それほどに、天使の影響力は絶大だった。
「彼女を想う気持ちがあるのなら、お前は俺たちの同士だ」
「先輩…!」
天使の親衛隊があると知ったときは嬉しかった。自分の様に彼女に身を焦がしている人間は、一人や二人ではなかった。苦しみも喜びも共に分かち合える仲間がいることは、幸せだった。
「ありがとうございま…す…?」
心からのお礼は、間抜けな疑問形になってしまった。先輩の様子が、あまりにもおかしかったためだ。
目を見開いて顔色を悪くする、彼の視線は自分の背後にあった。
「っ!」
振り返って息を飲む。そこには。
―――にっこりと笑う、悪魔がいた。


黄瀬は時計を見て、泣きたくなった。
高尾との待ち合わせ時間から、もう30分以上が経過している。電車が遅れたと連絡したとき、彼は気にしなくて良いと言ってくれたけれど、黄瀬の気持ちとしてはそうもいかなかった。
学校が離れていて、お互いそれなりに忙しくて、ただでさえ会える時間は限られているのだ。これ以上1分1秒だって、無駄にはしたくなかった。
近道しよう。裏道に入った黄瀬は、数歩で己の判断を悔いることとなった。急がば回れ、なんて言った昔の人は偉い。自分には致命的に、学習能力が欠けていた。
「なにこの子、超可愛いー」
あっという間に柄の悪い男3人に囲まれて、黄瀬は自分自身を殴りたくなった。気を抜くとすぐに忘れてしまうが、自分は今、絡まれても一人で何とか出来る男ではないのだ。
「ちょっとどこか遊びに行こうよ」
不躾に腕を取られる。黄瀬が何か反応するよりも早く、割って入る声があった。
「汚い手で彼女に触るな」
声がした方を振り返った黄瀬は、見た。狭い道にひしめく屈強な男たちを。
「なっ…なんだお前らは!」
それはぜひ、自分も聞きたい。異常事態が逆に、黄瀬を冷静にさせていた。
謎の集団が身に纏っている学ランには見覚えがある。彼らは秀徳高校の生徒らしい。
「ひっ…!」
集団が一歩前に出る。その妙な迫力に気圧されたチンピラたちは、あれよあれよと逃げ出した。
なんだか良く分からないうちに助けられてしまった。とりあえずお礼を言おうと黄瀬が口を開けば、男たちは一斉に後ろを向いた。
「追い払いました、隊長!」
「はいはい、ご苦労さまー」
モーゼのごとく、集団を割って近づいてくるその人は。
「和くん…?」
「和くんではない。今は隊長と呼びなさい」
ますます意味が分からない。高尾は微笑むと、あっけに取られる黄瀬の手を取った。
「大丈夫?怪我はない?」
「…うん」
ぎゃっと握られて、小さく鼓動が跳ねる。と思ったらすぐに手は離れて、高尾は待機中の集団と向き合った。
「後は俺がついているから大丈夫。今日の働きを労って―――」
高尾は良い笑顔と共に、手を差し出した。
「俺と握手をしようか」
「はあ?」
思わず素に戻った男たちから、不満の声があがる。
「なんで高尾と握手しなきゃいけねぇんだよ」
「涼ちゃんとの間接握手」
「お願いします!」
お辞儀と共に手を差し出す動作は見事に揃っていて、美しいほどだった。けれどその報酬は、あまりにもあんまりではないだろうか。
「あの、握手ぐらい直接しても…」
「いいえ!」
黄瀬の提案は、力強く否定される。
「あなたには指一本触れないというのが、隊の鉄則ですので!」
「………」
黄瀬は、どこぞのアイドルばりに絶賛握手会中の高尾に近寄った。
「隊ってなに?」
「涼ちゃんの親衛隊。そんなんがうちの学校にあるっていうからさー」
高尾は満面の笑みで、黄瀬を見た。
「とりあえず隊長になってみた」
「ああ、うん。どちらかといえばその過程が知りたかったんスけど、まぁいいや」
一通り労いを終えた高尾は、手をはたいて号令を出す。
「じゃあ、解散」
「お疲れっした!」
高尾が従えている人々の中には明らかに上級生も混じっていたけれど、黄瀬はもう全ての問いを放棄した。
「行こ」
「うん」
高尾と連れ立って歩き出す、その前に。黄瀬はくるりと振り返ると、見送る男たちに笑いかけた。
「…ありがとう」
一瞬の間の後、辺りは混沌と化した。狂喜乱舞する人々を横目に見ながら、今度こそ高尾と歩き出す。
「…涼ちゃんって、意外と小悪魔だよね」
傍らで苦笑する高尾に、黄瀬は天使の笑みで応えた。


fin 2014/6/29

高尾救済用の番外編でした。
高尾は目立つから敵を作るけれど、その敵すらも丸めこんでしまえる子だと思っている。

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