指の先から滴が落ちる。
膝に乗せた腕に顔を伏せた青峰は、ただその単調な音だけを聞いていた。なにも考えたくはなかった。どんなに悔いても現実は変わらないのだから。
体中を伝う雨水が、また滴を形成する。しかし玉は地面に落ちることなく、頭上から降ってきたタオルに消された。
「風邪ひくぞ」
のろのろと顔を上げれば、隣に座る赤司がいた。
「全くの無傷なのはお前くらいなんだ。体調を崩されては困る」
エースなんだから体調管理はしっかりしろと小言を言う、常時と変わらぬ口調に、青峰は唇を噛んだ。
「…責めねぇのかよ」
自分の罪を突き付けられるのは怖いくせに、なかったことにされるのも耐えられない。自分は身勝手で、嫌になるくらい臆病な人間だった。
「お前のせいじゃないとは言わない」
望んだ断罪が、胸に突き刺さる。爪が食い込むほどに己の腕を握り俯く青峰に、赤司は「だが」と続けた。
「お前だけのせいじゃない」
青峰は顔を上げる。赤司は、真っ直ぐ前だけを見ていた。
「涼太が怪我をしていることには気付いていた。けれど救えなかった僕も、同罪だ」
赤司は視線と同じ方向に手を伸ばす。そこには青峰には直視することが出来ない、けれど離れることも出来ない現実が横たわっていた。
「あんな場所に一人で、寂しかっただろう。すまなかったね…涼太」
優しく語りかけながら、赤司は白い頬を撫でた。それでも固く目を閉ざした黄瀬は、僅かな反応すら見せてはくれなかった。
黄瀬は生きていると、緑間は言った。けれど青峰は、その言葉を確かめることが出来なかった。
無我夢中でこの場に連れてきてからは、触れることすら怖かった。きっとその頬は冷たいのだろうと、想像するだけで堪らなくなった。
「っ…」
人前で泣くなんてキャラじゃない。分かっているけれど、衰弱しきった心では、意地を張ることすら出来なかった。
俯いて声を殺す青峰に何も言うことなく、赤司は静かにその場を去った。こらえきれずに漏れた声が、二人きりになった洞窟内に空虚に響いた。
神など、いないのだと思った。
「なん、で…!」
黄瀬なのだろう。裁かれるべきは彼じゃない。代わりに自分なんかが無傷で生き残って、どうするというのだろう。
「…あ…」
行き着いた考えに、青峰は目を瞠った。
無傷で残った。だから、出来ることがある。
青峰は決意を握り締めて顔を上げた。首にかけたままだったタオルが、眠り続ける黄瀬の横に落ちた。
金の髪が仄かに濡れているのを見つけてそっと拭ってやる。されるがままの黄瀬は人形のようだった。
けれど、生きている。まだ、救える。
青峰は身を屈めた。触れた唇は思った通り、冷たかった。


洞窟の出入口へと向かう。途中の開けた場には、チームメイトたちの姿があった。
「大ちゃん…」
駆け寄った桃井は、震える手で青峰の腕を掴んだ。
「きーちゃん、は…?」
大きな目は、不安と涙で濡れている。
桃井には、黄瀬を会わせないようにしていた。自分を責めるだろうことは分かっていたからだ。
「さつき…」
青峰はできるだけ優しく、幼なじみの頭を撫でた。
「…ごめんな」
それだけで聡い彼女は気付いたのだろう。ハッと開かれた目から、ぽとりと涙が零れた。すがっていた手は離れ、桃井は胸を押さえて小さく泣き出す。
青峰は、誰もがどこかしらを負傷している仲間たちを見遣った。
「赤司、みんな…聞いてくれ」
苦楽を共にした友人。優しい幼なじみ。大切なものはたくさんあったけれど、全てを守れるだけの力はなかった。
ならば自分は、ただ一人を、守りたい。
「俺が助けを呼びに行く」


2014/5/9

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