授業が終了して昼休み時間に入るのと同時に隣の席の子に話しかけられた。さっきの授業でちょっとわからないところがあったんだけどヨハン教えて〜?だってさ。断る理由なんかなかったから、俺はいいぜって言ってその子の机に自分の机をくっつけた。それで、さっきの授業…数学だな…で新しくやった部分を見直しながら練習問題を解いてもらったんだ。簡単な解説さえあれば誰でもすぐに出来るようになるような軽いやつな。案の定その子はすぐに問題を解くことが出来るようになった。きゃーきゃー黄色い声をあげて、私でも解けたよありがとヨハァン!って抱きついてきたから、俺もよかったなって言いながらその子を抱きしめ返して頭を撫でてやったんだ。そうしたらその子、なんか急に顔を真っ赤にしてもじもじし始めちゃったんだけどなんでかな?まあいいや。そうやって数学を教えてあげてたら、他の友人たちも俺たちの周りに集まってきた。どうやら、みんなさっきの時間にやった問題がわからなかったらしい。簡単なやつなんだけどなー、まあ担当の先生の教え方にちょっと癖があるから分かり辛い部分もあるのかも知れないな。前の席の子の机を180度回転させて俺たちの机にくっつけたりして、勉強会が始まったってわけだ。みんな素直で明るい子たちばっかりだから、俺がちょっと解説をしてあげたらすぐに出来るようになったよ。うん、もともと実力はあるんだよな。だけどなんかみんな過剰なくらいに俺に感謝してきて、なんか、崇拝されでもしているかのようにうっとりと見詰められると複雑な気分になった。抱きついてくる子たちみんなによしよしってしてあげると、それだけでへろへろになって恍惚とした表情を見せてくるんだぜ?どうしてなんだろうな。可愛いからいいけど。
 何時の間にか俺たちの周囲にはクラス中の女子たちが集まってきていた。あ、クラス中の女子、っていうか、うちのクラス女子しかいないから、殆どのクラスメイト、って言った方がいいのかな?机を寄せ合って、円を作りながらの大勉強会だ。なんでこういう規模になってしまったのかは俺にはわからなかったけど、みんな楽しそうだからいいよな。本当にこのクラスは仲がいい。団結力があるっていうか、お互いのことを大事にしあっているのがよく伝わってくる友人関係を築き合っているように思える。だけど、その中で唯一爪弾きにされてしまっている子がいる。俺はこっそりと後ろを振り返った。窓際の列の、一番後ろの席にぽつんとひとりだけ取り残されているその子は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。雲ひとつない真っ青な空をぼうっと見詰めて、不意に溜息を吐く。はあ、と音にされて吐かれた溜息は、まるで色がつけられてでもいるかのように教室内の空気を一部だけ紫色に染める。彼女の吐く溜息はすごく艶めかしい。溜息だけではない、憂いを帯びた瞳とか、すべてを拒絶しているような態度とか、ぶっちゃけ頬杖をついている姿だけでももう艶めかしいと思う。同い年なのにどうしてこうも纏う雰囲気が違うんだろう。彼女はクラスの中で誰よりも大人で、孤高で、うつくしかった。そしてそれ故に、あまりクラスに馴染めてもいないのだ。
「ヨハン、余所見しないで!」
「また遊城のこと気にかけてやってるの〜?あんな根暗ほっときなって。ヨハンが構うことないない!」
「え?あ、ああ…」
 腕を引かれて正面に向き直ると、拗ねたように頬をぷくっと膨らませていた友人の数名と目が合った。友人たちはあんなにも魅力的な彼女の素晴らしさ気付けていないらしく、俺が彼女のことを見ていたり話しかけたりしようとするとすぐに制止してくる。たぶん、あの大人な雰囲気に物怖じしてるだけだと思うんだけど、でもそんなに邪険にすることないのになあと思う。俺は苦笑して誤魔化しながら、早く俺たちに馴染んでもっと一緒にお喋りが出来るようになれば素敵なのになあ、と考えていた。そのためにはやっぱり俺が彼女の警戒心を解いてやらないと。彼女が口を開いてくれるのは、心を許してくれてるのは、今のところ俺だけなんだから!
 そう思ってもう一度俺が振り返ったのと、彼女が席を立ったのはほぼ同時のことだった。彼女は片手に弁当箱を抱えて、足早に教室の後ろを通り過ぎていく。俺たちのことをちらりとも見ないし、俺以外のクラスメイトたちも彼女に目を向けたりしない。お互いにお互いのことを空気のように思っているようだった。だけど俺は気付いた。普段は完全な仏頂面をしているはずの彼女が、ほんの少しだけそわそわしているような、纏う雰囲気に喜色を滲ませている。弁当箱を抱えているのと逆の手にはしっかりと携帯電話が握りしめられていた。ここで俺はピンときた。何か、彼女に嬉しいことがあったのだ。何なんだろう、何が彼女を喜ばせているんだろう。なんだかむずむずしていた。椅子の上でもじもじとおしりを動かしていると、隣にいた子が顔を覗き込んできた。どうしたの?と訊ねられたので、俺は笑顔で何でもないと返しつつ、勢いよく席を立った。
「俺、トイレ行ってくるな!」
 そう宣言するとそれぞれ雑談をしたり勉強を終えて弁当を食べ始めていた子たちが一斉にこちらを見て、いってらっしゃい、と手を振ってくれた。みんなに手を振り返してから俺はばたばたと教室を出る。すると、右手側に続いている廊下の先の方を彼女が歩いているのを見つけた。恐らく、彼女がいつもひとりで昼食を摂っている屋上へと続く階段の踊り場に向かっているのだろう。俺はすれ違う友人たちと挨拶を交わしながら彼女の後を追いかけた。足が長い彼女は歩くのが早い。俺が階段の前に来た時には、既に彼女の姿は上階へと消えていた。極力足音を立てないように細心の注意を払いながら一歩ずつ階段を上がっていく。3階から4階へと上がり、更に屋上へと続く階段に足をかける。その時だ。俺の耳に、微かにだが彼女の声が届いてきた。
「……は、おまえ、……夜…」
 誰かと彼女が喋っている。俺は息を呑んだ。そんな。何時の間に彼女は、俺以外の子とお喋りをするようになったのだろう。彼女はクラスだけではなく、校内では友人と呼べるような友人はいなかったはずなのに。俺が知らない間に。不条理だとは思うが、怒りにも似た感情が胸の中で膨れ上がっていく。俺はむすっとしながら階段を上がる。わざわざこんなところまで来て別の子とお喋りをするくらいなら、俺としてくれればいいのにな。俺も知らない彼女のことを俺以外の誰かが知っていると考えると更に気分が悪くなった。
 だが俺の予想は外れたようだった。こっそりと覗き見た階段前の踊り場には、彼女ひとりしかいなかったのだ。あれっ、と思った俺の目に飛び込んできたのは、こちらに背を向けて、楽しそうに肩を揺らして笑っている彼女の姿だった。その右手には携帯電話が持たれており、耳元に宛がったそれに向かって何事かを喋りかけている。誰かと通話をしている。俺はこっそりと自分の携帯電話を取り出した。ぱちりと画面を開き、アドレス帳を確認する。そういえば、今までどうして思い至らなかったのか、何故気付かなかったのかと今更ながらに愕然としたのだが、俺は彼女の携帯の番号やメールアドレスといったものを一切知らなかった。だからもし彼女が急に転校などをしてしまった場合には連絡が取れなくなってしまうし、万が一学校からのちょっとした伝達事項がクラス委員である俺に回ってきた時にも彼女にだけ伝えることも出来ないではないか。不覚だなと思った。だけどそれよりも何よりも今重要なのは、俺が知らない彼女の携帯番号を誰かが知っていて、彼女が好んでそいつと連絡を取り合っていて、そいつと通話をしている時の彼女はきちんと顔面に感情を出して生き生きとお喋りをしているということだ。
 なんで俺にはそういう顔を見せてくれないんだよ十代。あまりにもつれなくないか?俺は君の、親友になりたいっていうのに、もどかしいじゃないか!
「ああ、わかってるよ。行けばいいんだろ…?ったく、がっつきやがって」
 俺はつかつかと彼女の背後に歩み寄った。珍しく、他人が近づいてくる気配にまったく気付いていない様子の彼女(普段だったら半径2メートル以内に入った時点で、キッと睨みつけられて威嚇される。そんな彼女もとてもかわいいと思うんだけど、だからこそ、警戒心の強い彼女にここまで気を緩めさせている電話の相手に対するやきもちで俺の心はいっぱいだった)に後ろから両手を伸ばす。穏やかな笑みを佩いている口元をじっと見詰めつつ、細い背中に覆い被さるようにして、俺はそっと彼女を抱きよせた。
「はは、まあ俺だって気持ちいいのは、…ッッ!?」
「なあ、誰と話してるんだよじゅーだい」
「や、なにっ、ぁ、あっ、やめろっあっああぁっ!」
 ワイシャツの上からふたつの豊かな胸を滅茶苦茶に揉みしだくと彼女はびくんと肩を跳ね上げさせ、驚いたように俺の方を見遣ってきた。目が合う。にっこりと微笑んでやりつつも決して手の動きを止めてやることはしてやらない。彼女は苦虫を噛み潰したような表情になり必死に身を捩っていた。たぶん彼女的には、振り解こうとして上半身を前傾させて肩を揺すっているんだろうけど、彼女が身体を揺らす度に俺のお腹のあたりに柔らかいおしりが擦り付けられるからどうにも俺には喜んでいるようにしか見えないんだよなあ。彼女の背中にぺったりとくっついて一緒に上半身を前傾させつつ、下から掬い上げるようにして柔らかい胸を揉んだ。序でに首筋にちゅってキスして、顔を埋める。彼女のにおいを鼻腔いっぱいに吸い込む。いつこうしても、彼女の項はとても魅惑的なにおいを放っている。だけどひとつだけ普段と違っていることがあった。ひとつに結い上げられている彼女の後ろ髪の合間、襟足のあたりには、何時の間にか虫刺されのような赤い鬱血痕があったんだ。俺はそれを見て、心の奥底が冷めていくのを他人事のように感じていた。
 不意に左手にぴりっとした痛みが走る。なんだろうと思って彼女の項から顔を上げて見遣ると、彼女の左手が、俺の左手の甲に爪を立てていた。ぎり、と力を籠められるのと皮膚がぷつんと切れるのはほぼ同時だった。まったく、こんなにあんあん言って悦んでいる癖に、無駄な照れ隠しは必要ないのにな。そんなとこもかわいいんだけど。俺は素直じゃない彼女にくすりと微笑みかけてから、彼女の胸を揉んでいた左手を少しだけずらして、ワイシャツの釦を外しにかかった。「やっ…!」女子校だからかな、結構こうやった悪戯は女の子同士でもよくやるんだよな。だから片手で釦を外すなんて朝飯前のことで、彼女がどんなに恥らっても俺には抵抗なんてまるで無駄で、素早くブラジャーの間に手を滑り込ませ生のまま柔らかいものをぎゅむぎゅむ握りこんでやると彼女はあいらしく頭を横に振ってきゃんきゃん鳴いた。んーかわいい。キスしたいな。でも今の体勢じゃ出来ないから、仕方なく彼女の耳を甘噛みするだけに留めておく。これだけでも敏感な彼女はびくびく腹筋を震わせてよがるんだから、本当にかわいい。
『おい、どうした』
 俺が悦に入りかけていた時だ。不意に耳に届いた低い声に我に返った。そうだ、忘れるところだった。俺は自分のすべきことを思い出して、彼女の右手に握られたままになっていたワインレッドの携帯電話を取り上げた。彼女がハッとしたように俺を見るのがわかる。だけどちょっと待っててくれよな、今はこの電話先の相手に用があるんだよ。
「もしもし?」
『……誰だおまえ』
「それは俺の台詞だっての。あんた誰だ?十代の何なの?」
 スピーカーから聞こえてきたのは、不機嫌そうな男の声だった。男。誰だ?兄弟か?それとも…。
『………おまえこそ、あいつの、何?』
「俺は十代の親友。いいから答えろよ。何なんだよおまえ」
『親友、ねぇ……ククッ。そうか、おまえが、あいつが言ってた女か…』
「はあ?なにそれ…誤魔化す気かよ!」
 獰猛な肉食動物のような低い唸り声が鼓膜を震わせる度に、俺の二の腕には鳥肌が立っていった。何こいつ。人を嘗め腐ったような物言いをして。十代のことを、あいつ、だなんて馴れ馴れしく呼んで。こんな男が十代の大切な相手なわけがない。許せない。酷い。汚い。そう思って、もうこれ以上十代に近付くなと怒鳴り声を上げようとした時だった。
「アンデルセン!」
 横から飛んできた掌が俺の右手を掠めた。そして携帯電話を奪い取ると、身体ごと俺を突き飛ばした。思い切り後方へと押されてふらついたが、俺は2歩後ずさるだけでなんとか持ち堪える。顔を上げるとそこには、大事そうに携帯を握り締めながら俺を睨みつけてきていた彼女の姿があった。肩で息をして、親の敵でも見るような目で、眉間に皺を寄せて。折角の可愛い顔がそれじゃあ台無しなのに、何故か彼女は俺の前ではいつもそういう素直じゃない態度を取るんだ。あまりかわいくないごつい黒縁眼鏡が顔からずり落ちかけていて、俺はついいつものようにそいつを直してやろうとして指先を伸ばしたんだけど、すぐに彼女の左手に叩き落とされてしまった。あれ、困ったなあ。今の彼女はワイシャツが肩からずり落ちかけていて、片方の胸なんかはブラジャーから飛び出してしまっているようなとても危うい状態だっていうのに。そんな状態で睨みつけられても、なんか、小動物がすごく頑張って威嚇してるみたいでかわいいとしか思えないんだけどなあ。
「おまえってやつは…なんてことを…!」
「なあ十代さっきの男誰?十代の何?」
「関係ないだろ!俺たちのことは放っておいてくれよ!」
「…関係、ないだって…?」
 素気ない態度はいつものことだけど、今回ばかりは俺もちょっとかちんと来たかな。後退しようとする彼女にずずいと歩み寄って、右手の手首を掴んで壁に押し付けた。その拍子に携帯が彼女の手の中から滑り落ちて床に落ちたけど、構うもんか。必死にもがいて俺の傍から逃げ出そうとする彼女の姿にも今は苛々するばかりだ。もう片方の手を彼女の頭のすぐ横に突いて、顔を近づける。彼女の毅然とした態度もいつもなら好ましく思うところなんだけど、今ばかりはやっぱりじれったい。
「あ、アンデルセ、…?」
「なんでそういうこと言うんだよ十代。俺たち親友だろ?なのに、なんで?関係無いってなに?」
「っいつから俺がおまえと親友になんか…!」
「ひどいぜ十代。俺はこんなにもおまえのこと大事に思ってるのに…!」
 目の奥が熱い。どうしてわかってくれないんだろう。俺はただ、十代と仲良くなりたいだけなのに。なのに俺よりも、あんな、傲慢な男を取るのだろうか。俺には何も話してくれないのに、あの男には笑っていろいろなことを喋るのだろうか。そんなのってない。ずるい。
 俺は考えた。どうしたらわかってもらえるんだろう。何が足りないんだろう。考えて考えて、ひとつの結論に辿り着く。それはとても簡単な答えだった。
「そうだよな…まだ、俺のことをわかってもらえてないから、駄目なんだよな。わかったよ十代。じゃあもっとさ、絡んで、仲良くなろう?もっと話そう?な?」
 彼女が目を見開く。俺は思い切り彼女を抱きしめて、彼女の柔らかい唇にキスをした。そうだ。他の女の子たちみたいに、もっと絡んで、もっと彼女が俺のことを好きになってくれれば、もっと仲良くなれるに違いない。そうしたらあんな男なんてどうでもよくなるくらい、俺に心を開いてくれるよな?そうだよな、十代?
 そのためには、やっぱり、スキンシップも、必要だよな?
「!!、あ、やめ、いい加減にっ…アンデルセンッッ!」
「ヨハン」
「あっだめっ、そんな、とこ…あ、いや、だあぁ!」
「ヨハンって呼んでよ十代」
「あぁ、あああぁ…、だめだあぁっふぅっ!」
「ん、じゅうだいもしかしておっぱい大きくなった?やーらかい…かわいい…」
 くたりと肩口に頭を凭せ掛けてきた彼女の後頭部にキスをしてから、俺は彼女のスカートの中に忍ばせていた手を動かす。柔らかくてしっとりと湿ったパンツをゆっくりと引き摺り下ろす。恥じらう彼女はとてもかわいい。いやいやと頭を振るけれど、手はしっかりと俺の背中に回されている。彼女はすごく敏感だから、こうやって少し気持ちいいことをするとすぐへなへなしちゃうんだ。それがかわいい。俺たちはお互いに身体を絡ませ合いながらゆっくりと床にしゃがみ込む。ひんやりと冷たいタイルに直接おしりが触れちゃったのか、彼女が甲高い声で鳴いた。俺は安心させるように微笑みかけてやりながら、もう一度彼女の胸元に唇を寄せた。
 校内のどこかから予鈴が聞こえてきたような気もするけれど、まあいいよな。だってこれは、俺と十代が仲良くなるために必要なことなんだから!
 


2009.5.XX
(ヨシイヤンマ様へ差し上げたものになります。ありがとうございました!)


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