「なあ、そこの奴さ、俺とイイことしねぇ?」
 唐突に声を掛けられ、振り向くよりも前に腕に白い影が絡み付いてきた。ぐい、と強い力で引っ張られる。瞬間、何が起こったのかはわからなかったが、目を白黒させている間に遊星はずるずるとそこへと引きずりこまれてしまっていた。ハッとして慌てて影を振り払おうとしたが、むにゅり、と柔らかい感触を押し付けられるのと同時に「ま、拒否権はねーけど」ずずいと下方から顔を覗き込まれた。視界に飛び込んできたのは、チョコレートのように甘い鳶色をした瞳だった。決して他者が抗うことを許さない、といったような、強い光を宿したそれを直視してしまい息を呑んだ間に更に奥へ奥へと引っ張り込まれていく。そうして辿り着いた先の狭い空間で、徐に突き飛ばされ、壁に手をついた。かちゃり、と軽い音が狭い空間に響く。ゆっくりと身体を反転させた遊星の目の前には、力強い光を宿した瞳を爛々と輝かせながら、肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべるひとりの女子生徒の姿があった。目が合うと、にこりとされる。その微笑に、背筋が粟立つ感覚を覚えた。反射的に後退をしようとして、しかし背後の壁に阻まれる。喘ぐように口を開き、細く息を吐き出す。口腔内が乾き始めていた。噂で耳にしたことはあった。両手を後手で組んで、可愛らしく小首を傾げるその人が、見た目の華奢さとは裏腹の凶悪な本性を隠し持つ、悪魔のような女であるということ。その真偽は兎も角、彼女がその独特の存在感から誰しもに一目を置かれ、やっかまれ、恐れられている、ひとつ上の学年の中でもカリスマ的存在の双璧を為すひとりだということを知らぬ者はこの学校内には存在しないだろう。かくいう遊星も、遠巻きながら彼女のことを視認したことはあったし、近寄り難い雰囲気を持つ人物だと思った記憶はある。だが、決して品行方正とは言うことが出来ない彼女と、どちらかといえば真面目の代表格である遊星が関わり合いになることはないと思い込んでいた。だというのに。
「おまえ、一年の不動遊星だろ。滅茶苦茶堅物で、自分の興味のあること以外には割りと淡白な男だって聞いてたけど、ふ〜ん…?」
 何故この人は自分のことを知っているのだろうか。値踏みをするように爪先の先から頭のてっぺんまで眺められ、居心地の悪い気分になりながらそのようなことを考える。やがて彼女は、ふふっと肩を竦めて笑い、「噂どおりのイケメンだな。気に入った」なにやら恐ろしいことを口にしたのだ。かと思えば、一歩距離を詰められ、首の後ろへとその白魚のような腕を回された。彼女の、遊星よりもひとつ年上の遊城十代という女性の、柔らかい肉体がしなだれかかってくる。今まで嗅いだこともないような、不思議なかおりが鼻腔を満たす。くらりとした。彼女は遊星の首筋に頬を寄せ、顎の輪郭をぺろりとひと舐めした。そして、艶かしい上目遣いで遊星を見上げながら、そうっと囁いた。
「セックスしよ、ゆーせー」
 かり、と耳朶を食まれた瞬間、全身にびりりと電流のようなものが走った。壁にぴったりと背中をつけて瞠目した遊星の後頭部をぐしゃりと掌で掻き撫ぜながら、彼女は自らの首をことりと傾けた。ぐん、と彼女のにおいが強くなる。まずい、と直感的な危機感を覚えたのと、唇に柔らかい感触が触れたのはほぼ同時のことだった。触れ合った場所から熱が伝わってくる。思わず息を詰めた遊星の唇の隙間に、ぬるりと、ざらついたものが滑り込まされる。それが彼女の舌だと気付くのにそう時間はかからなかった。ん…、と鼻に抜ける甘ったるい吐息を無防備に漏らしながらも、彼女は見る見る間に遊星の中へと侵食を果たしていく。最初は圧倒されてしまっていた遊星も、流石にこの状況には激しい違和感を覚えて、なんとか彼女を引き剥がそうとその細い両肩に手をかけた。しかし、力づくで突き放すよりも先に後頭部の髪を思い切り引っ張られてしまい、両手から力が抜けてしまった。抗うことは許さないということなのだろうか、彼女の舌が、淫猥に咥内で蠢いている。歯列をゆるりとなぞられ、挑発するように唇を吸われると、それだけで遊星の中の何かがどくりと熱く脈打つようだった。しかしそのような未知な感覚が何処から湧いてくるものなのかがわからなかった。彼女の掌が、宥めるように遊星の頬を撫でる。ぐるぐると頬骨の下を人差し指でなぞられ、目の下を親指で柔らかくなぞられる。初めて交わしたキスは、穏やかなものでも情熱的なものでもなく、只管に遊星を翻弄するものとなってしまった。遊星の舌先を絡めとり、唾液を引き出し、それを彼女がこくこくと喉を鳴らして飲み下す。自らの体内から分泌されたものが、相手の舌先で掬われ、吸われるということに、内心で動揺していた。肩を抱く指先が戦慄く。そうして暫くしてから唇を離した瞬間、彼女の唇までもが艶かしく濡れてしまっているのを目にしてしまい、遊星は酷くうろたえた。表情を硬化させ視線を外した遊星を見て、彼女がけたけたと笑う。ちゅ、と顎先に口づけてから、再び耳朶を甘く食んだ。
「もしかして、童貞?」
「っ、やめて、くださ、…!」
「あはは、童貞かぁ!それはそれは、可哀相にな」
 何が、可哀相に、なのか。遊城十代というその人は、ただくすくすと微笑み続けていた。微笑みながら、片方の掌を、遊星の下腹部へと滑らせる。僅かに反応を示し始めていたそこを、スラックス越しにぐりぐりと抉る。うう、と呻いた遊星の耳元で、悪魔の囁きは続く。
「おまえに拒否権は無いからさ。逃げようなんて思わないほうが、いいぜ?」
「どうして、こんな、っく…ぅあ…!」
「どうして?どうしてって、おまえがイケメンだからだよ。俺はイケメンが好きなんだ」
 猫のように首筋をぺろぺろと舐めながら、えげつない指先で容赦なく遊星を攻め立てる。耐え切れなくなり、無理矢理にでも彼女を引き剥がしてここから出ようと考えたが、それを見越したように「無駄だよ。おまえ、ここを何処だと思ってるんだ。女子トイレだぜ?女子トイレに、こうやって俺とおまえが一緒に入ってて、俺が悲鳴を上げたら、どうなると思う?少なくともおまえの信用は、地に落ちるだろうな」嘲るように吐き捨てられた。確かに、彼女の言うことは尤もだ。遊星が現在彼女とこうしてふたりきりにさせられている場所は、何の変哲も無い、女性用のトイレの一室だ。幸か不幸か、彼女が遊星をここに引きずり込んだ時には誰も目撃者がいなかった。しかし、出る時も同様とは思い難い。もしも遊星が彼女を振り切ってこの個室を出た際に、何も事情を知らない一般の女子生徒と遭遇してしまったらば、確実に、おかしな勘違いをされてしまうだろう。しかも、彼女が、少しでも嫌がっていたような素振りを見せてしまったら。それがたとえ嘘であったとしても、嘘も真も、実証出来る人物はいない。つまりは、状況を見た人間の先入観と思い込みによって仮想の現実が成立してしまうのだ。遊星にとって異性であり、彼女に同性である他の女子が、制服を乱された彼女と慌てたような表情で出て行く遊星を目にして、どちらの味方につくかなどは目に見えていた。ぐっと息を呑む。遊星が抵抗する意志を捨てたのを確認してから、彼女はするりと、その細い指先を腰元のベルトへと絡ませた。しゅるしゅると、見慣れたベルトが外されていく。無造作に投げ捨てられたそれが、様々な汚れによってまだらなシミを残すタイルに打ち付けられて、かぁんと甲高い音を打ち鳴らした。奥歯を噛み締め僅かに顔を背けた遊星を見て、明らかに彼女は楽しんでいた。にやにやと笑いながら、スラックスの前側を寛げる。そうして下着の合間から巧みに露出させた遊星のモノを両手で握りこみ、意地悪く口端を吊り上げさせた。
「声、抑えなくていいぜ?」
 徐にタイルに膝をつきしゃがみこんだ彼女が、ぷっくりとした唇を、半勃ち状態のそれにぴとりとくっつけた。遊星が制止の声を上げるよりも前に、大きく口を開き、ねっとりとした赤が誘うその中へと遊星のモノを咥え込んでしまった。途端、押し寄せてきた圧倒的な官能の波が遊星の感覚を揺るがす。男としての最も敏感な部位を、仮にも全校レベルで有名な美人である彼女が口にしているという現実。袋小路に追い込まれ、追い詰められているのは自分だというのに、彼女が跪いてそれをするせいであたかも自分が彼女を支配しているかのような感覚すら覚えてしまう。は、と震える吐息を漏らし、壁に沿えた両拳を硬く握った。彼女の真っ赤な舌が、遊星のモノの裏筋から亀頭の部分までをべろりと舐め上げる。かと思えば、かぽりと大きな一口で全体を咥え込み、頬の肉に先端を擦りつけさせた状態で上目遣いに見上げてきた。絶妙な力強さで歯を立てられる。カリ首のあたりを丁寧に舌でなぞられ、ちゅうぅ、と音を立てて先端を吸われる。彼女の唇は見る見る間に、遊星のモノより漏れ出た先走りの汁で更に濡れていった。そうしてその濡れた唇で、先ほどよりもひと回りほど大きくなった遊星自身にキスをするのだ。
「ん…くちゅ、む、にゅ…」
「ふ、…ん、んんっんんんっ…!」
「はぁ、じゅぅ……っゆーせ、声抑えなくていいって言ってんだろ。気持ちいいなら喘いじまえよ。大声で、…な?」
「そんな、こと、でき、ふぅ…ああっ!」
 ぎゅう、と根元を握りこまれてしまい、堪えきれず悲鳴を上げた。彼女が、肉食獣の瞳を眇めさせて遊星を嗤う。襞を伸ばすように遊星のモノの付け根を両手で扱き、それに合わせて喉奥まで迎え入れた先端部分を卑猥な唇の合間から出入りさせる。徐々に加速していくそれらの動きに促されるがままに、遊星は甲高い声を上げて一回目の精を放った。びゅくびゅくと、断続的にどろりとした白い液体が先端から漏れ溢れていく。彼女は、口で受け止めたそれを掌の上に吐き出し、遊星に見せ付けるかのように指先で弄んだ。肩で荒い息を繰り返していた遊星が、耳まで真っ赤にしてきゅっと唇を噛み締めた。
「ははっいっぱい出たなぁ!しかも濃いぜ。自分で抜いたりとかしてないのか?」
「くっ…!」
 彼女が、きゃらきゃらと笑いながら遊星のモノを舐め取り始める。爪の脇や指の付け根の合間に入り込んだものまでしっかりと吸い取り、口にしていく様を見て、非常に居た堪れないような気分になった。脱力をしかけて壁に背中を預けるような体勢になっていた遊星は、やけに楽しげな彼女に腕を引かれ、今度は便座の上へと座らせられた。両脚を大きく開かされ、便座の奥側にまで追いやられる。そうして完全に逃げ場所を失った遊星の膝の上に、彼女が乗り上げてきた。遊星の首に腕を回し、彼女もまた大きく両脚を開いた状態で、下半身同士を触れ合わせる。その時、とあることに気付き、慌てて彼女の顔を見上げた。彼女は遊星の動揺した様子に気付き、にやりと笑い舌なめずりをした。密着させられた下半身を緩く揺さぶられる。その度に、濡れた部位同士が、粘着質な摩擦音を奏でた。限界まで両脚を開いた彼女の下腹部は、スカートによって覆い隠されており、窺うことは出来ない。だが、視認をせずとも、わかる。彼女は、なんと、下着を身につけていなかったのだ。
「ん、はぁ…わかるか、ゆうせぇ…ここに、おまえのを、挿れるんだぜぇっ?」
「やめ、やめてくだ、さ…っだめ、です…!」
「ダメじゃない。全然ダメじゃないぜ。安心しろって、俺が、おまえも気持ちよくなれるように、最後までエスコートしてやるから、さ!」
「待ってください、まだ、ゴムも何もしてな…、」
「童貞が生意気なこと言ってんじゃねーよ。ほら、集中しろよ…それとも、初めて女の中に挿れる瞬間、見たいか?」
 じゃあ見せてやるよ!、そう言い、彼女は自らのスカートの裾を捲り上げた。そして顕になる。彼女の、真っ白く平らな腹部と、しっとりと濡れそぼったこげ茶色の陰毛。その間から顔を覗かせる、真っ赤になった己の分身が触れ合う様。捲ったスカートの先を口に咥えながら、彼女は片手を遊星の太腿につき、もう片方の手で遊星のモノを支えた。僅かに腰を浮かせ、再び先走りを漏らし始めた先端を、薄い陰毛の合間から覗いた割れ目へと宛がわせる。ぬちゅ、と湿った音が鳴った。温もりが、温もりと触れ合う。と思った瞬間、彼女は一気に体勢を変え、一息のうちに遊星の硬くなったものをその胎内へと招き入れてしまった。ずるり、と肉同士が擦れ合い、凄まじい刺激を生み出す。
「んはああぁぁ…っ!!」
「くぅうっ…う、あ…!」
 眼前で、彼女の細い喉が反り返る。口端からスカートが舞い落ち、同時に零れ落ちたのは感じ入った彼女の嬌声だった。遊星自身も堪えきれずに呻きながら、全身を駆け巡った得体の知れない衝動をやり過ごす。下半身に血が集まっていく様を感じる。彼女の震える両手が再び遊星の首に回され、顔を上げた遊星の唇には欲情しきった彼女のくちづけが落とされた。はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、彼女は今まで一番女性らしい蠱惑的な笑みを浮かべた。薄っすらと頬が上気している。性の香りしかしない笑みでもあった。遊星は内心で舌打ちをして、初めて自分から彼女にキスを送った。
「ゆう、せぇ…っ」
「遊城先、輩…」
「ちがう、それじゃだめだ、ちゃぁんと名前で呼んでくれなきゃ、やだぜ…?」
「っ…十代、さん…!」
「は、ぁッ!」
 遊星が彼女の名前を口にした瞬間、遊星のモノを包み込んでいる柔らかな媚肉が、嬉しそうにきゅぅっと収縮した。不意打ちで締めつけられ、不覚にも達しそうになってしまった自身を精神力だけで必死に抑え込んでから、遊星は長細く息を吐いた。すごい、としか形容のし様が無かった。今までに味わったことが無いような心地好さと一体感を味わっている。気を抜けばすぐにでも理性を持っていかれてしまいそうだった。これが、女性と男性が繋がる、ということの意味なのだろうか。彼女の膣を今自分の男根が穿っているのだと考えるだけで、どうにかなってしまいそうだった。改めて恍惚とした吐息を吐き出した遊星の耳元で、「ゆせの、おっきぃ…!」彼女が妖艶に囁く。どくん、と下半身が脈打った。
「あ、は…!またおっきくな、あぁぅ!」
「はっ、…お喋りが、過ぎ、ますよ…っ!」
 揶揄するように笑う彼女の表情が、初めて歪んだ。その反応に、今度は遊星が笑みを浮かべる番だった。知識としては、勿論知っていたことだった。しかし、頭で考えるよりも早く、本能が身体を動かしていた。遊星は、今まで自身の身体の両脇でだらりと力なく放置しきっていた両手を、彼女の細腰へと回した。そうして、彼女の身体の位置を固定した上で、思い切り、下方から彼女を突き上げたのだ。彼女が髪を振り乱して身悶える。ぶるりと、豊満な乳房が、大きく震えた。遊星はそれを見詰めながら、何度も何度も、今までの鬱憤を晴らすかのように、彼女の雌の最奥に男根を叩きつけた。肉質な感覚が、敏感な部分から伝わってくる、この異常な快感に圧倒されてしまっていた。普段の冷静さはすっかり形を潜め、瞳に凶悪な欲望を宿した遊星は、我を忘れて目前の女を犯し始めたのだった。
「やあぁ、そんなぁっ、い、いきなり、こんなっ激しいいいぃあっあっアッ、アアぁッッ!!」
「ふ、…あなたが、悪い、んです、自業自得…です、よ…ッ」
「ゆせ、ゆうせ、あっ、ゆ、ゆぅせええぇ、あああぁん!」
 遊星が雄としての一面を見せた途端、彼女は男に身体を貪られるだけの憐れな雌と化してしまったようだった。ますます頭の奥を真っ赤に燃え滾らせ、夢中になって彼女に喰らいつく。一時律動を止めた遊星は、彼女のワイシャツに手をかけた。器用なことにも片手で次々とボタンを外していきながら、素早くもう片方の手でブラジャーのホックまでもを外した。そうして緩んだブラジャーを歯でずり下げると、眼下に現れた桃色の突起に、迷うことなく噛みついた。彼女が悲鳴を上げる。同時に腰の動きを再開させてやれば、悲鳴はすぐさますすり泣くような喘ぎ声へと転じた。突起の付け根を前歯で噛み、先端を思い切り吸い上げる。反射的にか逃げ出しそうになる彼女の腰を捕まえ、今度はその両太腿にまで掌を滑らせて、更に股関節を大きく割り開かせてやった。安定感を求めて、彼女が力強く遊星に抱きついてくる。僅かに体勢を変え、完全に両腕だけで彼女の身体を持ち上げてから、好き勝手に揺さぶり始める。子宮口まで一気に貫かれて辛かったのか、彼女は喉を引きつらせて、とろとろと口端から快感の証拠を溢れさせた。女の嬌声が耳に心地好い。たまらなくなり、遊星は、思い切り彼女の乳房に噛み付いた。
「ひゃうぅ!!あん、あっああぁだめ、きもちい、きもちいいよぉゆうせぇっああぁぁぁーー!!」
「…っん、堪え性のない、どうしようもない、方だ、っ…!」
「んああぁんうぅ、は、ああぁ、も、だめ、だめえぇ、いっちゃう、いっちゃうよおおぉ、あああぁあああ!!」
 悲鳴のような甲高い声を上げて、彼女がびくんびくんと下腹部を痙攣させた。同時に蠕動するように膣が収縮したため、恐らく彼女は絶頂を迎えたのだろう。震える吐息が桃色に色づいている。遊星は、その際の締め付けに抗うことが出来ずに、いけないと思いながらも彼女の中へと精を吐き出した。もしかすると孕ませてしまうかも知れない、という倫理的な罪悪感と、それに背反するように芽生える、うつくしい女性の中に最後の一滴まで余すことなく自分の精を注ぎ込みたい、という雄としての支配欲がぶつかり合い、胸中に甘美な余韻を残していく。一気に脱力した彼女を両腕で抱きとめ、もう一度キスをした。自らの意志で彼女の唾液を吸い、柔らかな唇を味わう。そうしていると、本来ならばここで彼女の身体を引き離し、行為を中止させた上で関わり合いを断つべきであるというのに、更にもっと奥深くまで交じり合いたいという欲求の方が勝ってきてしまうのが不思議だった。無理矢理ことに及ばれたことに憤怒して、彼女を拒絶して然るべきであるはずなのだが、何故なのだろうか、逆に遊星は彼女に惹かれていってしまっている自身を自覚していた。動揺する。唇同士が離れる。快楽に酔わされとろんとした瞳が、遊星の姿を捉えるとやんわり細められる。気持ちよさそうにふにゃりと微笑んだ、その幼い笑顔に、胸が高鳴った。
 このままもう一度、彼女と官能を共有したい。いよいよ本能が理性を完全に降して、雄としての性を剥き出しにして目前の女性を骨の髄までしゃぶりつくすべく動き始めた。彼女は、遊星がその気になったことを敏感に感じ取ってか、薄っすらと頬を染めた。決して彼女は嫌がってはいない。それならばいいのではないか。半ば強硬的な判断だったが、遊星ももう限界だった。場所など関係ない、いっそ果てまでも官能に浸りきってやろう。そう決意した、その時だった。
「だがお楽しみはそこまでだぜええぇーーー?おいたが過ぎたようだな、おら大人しく出て来いよ十代!」
「げっ」
 唐突に、耳に飛び込んできた、聞いたことのない男性の声に、思わず肩をびくつかせた。だが、驚いた遊星が反応するよりも早く、太腿の上に乗っていた彼女が小さくそう呟いた。改めて見遣れば、彼女は先ほどまでの女性的な表情を素早く引っ込め、明らかに「まずい」といったような顔になり扉の方を振り返った。わたわたと、この上なく慌てた様子で遊星の膝の上から降りると急いで扉の傍に身を寄せた。と、同時に、ガアァン!、と扉が激しく撓った。何か重たいものが叩きつけられたかのような炸裂音が空間を引き裂く。状況が読み込めないでいる遊星の耳に再度、「惚けようったって無駄だぜ。ここにいるのはわかってるんだ。おまえのやらしい声が、廊下まで響いてたからなァ?」只ならぬ感情が秘められているような声が届いた。彼女が、一瞬だけ泣きそうな顔になり、「や、やめろって!」扉の向こう側の男に対して叫んだ。
「出て行かないなんて言ってないだろ!ちょっと待てよ!」
「いいや、待たないね。中の状況なんて見えてんだ。今更何を躊躇する必要もないだろ?」
「おまえがよくても、こっちはよくねーんだっての!すぐ準備するから、」
「断る。すぐに開けないようなら、こんなちゃっちな扉、叩き壊してやる」
 男が、かなり乱暴なことを口にしている。いったい何様のつもりなのだろうかと思わず眉間に皺を寄せてしまったが、唇をきゅっと噛み締めた彼女は、「わ、わかった!わかったから!」可哀相なくらいに慌てて、震える指先を銀色の鍵の部分へと滑らせた。便座に座り込んだままだった遊星が立ち上がるのと、かちゃん、と軽い音が鳴り扉が開いたのはほぼ同時のことだった。内側に向かって扉が開くや否や、外から飛び出してきた腕が彼女の細腕を掴んだ。そうして遠慮もなしに捻りあげる。悲鳴を上げた彼女を扉の側面に押し付けながら、一歩内側へと踏み入ってきた男は、意外な男だった。
「いたたたた、痛い、痛いって!ヨハン!」
「黙れよ。ったく、懲りない奴だよな、なぁ十代?何度言ったらわかる?誰彼構わず誘いやがって、そんなに俺とのセックスは物足りないってのか?えぇ?」
「ふざけんな、おまえとので足りなかったら俺はどんだけ淫乱ってことになるんだよ!そうじゃなくて、俺は、色々な刺激が欲しくていたたたたたた」
「あぁ?既に淫乱だろ?ふざけてんのはどっちだ。本当に悪い子だな」
「ひっ」
「お仕置きだ」
 この男のことを知らない者は、恐らくこの学校内には存在しないだろう。文武両道とは彼のためにあると言っても過言ではない、絵に描いたような優等生であるが、その気さくな性格が彼の成績の優秀さに劣等感を抱かせることをさせない。教師から生徒まで、誰もに好かれている名物生徒会長。また、端正な容姿には惹かれる女子は多く、さながらアイドルのような扱いもされている。遊星のひとつ上の学年の、カリスマ的存在の双璧のもうひとりだ。ヨハン・アンデルセン。その彼が、いったいどうして、校内きっての問題児である彼女とこのようなことになっているのか。目を白黒させている遊星に気付いたのか、ヨハンはちらりと遊星を見遣ると、フッと微笑んだ。それは上級生としての、優しげな笑みだった。しかしその内には、まるで遊星のことなど眼中にないといったような、どこか他人を見下したような雰囲気も窺えた。なんとなく釈然としないようなものを覚えて、自ずと憮然としてしまう。しかし遊星のそのような様子には構うことなく、ヨハンはちょいちょいと遊星を呼び寄せた。彼女が、助けを求めるような視線を遊星に向けそうになったのをひと睨みすることで阻止し、「君は、不動遊星君、だよな?」にっこりとした。
「悪かったね、こいつの馬鹿な遊びに付き合わせてしまって。授業の本鈴が鳴った後だから、今なら廊下には誰もいない。心配しなくていいぜ。ここで起こったことは忘れてくれ。真面目な君を、授業に遅れさせてしまってすまない。後で先生には俺から伝えておくから、心配しないで教室に戻るといい」
「あの、あなたは、」
「俺は、今からこいつが二度とこういったことをしないように、みっちり教え込んでやらなきゃならないんだ。ようやっと現行犯で捕まえられたぜ。君が最後の被害者であることを、俺が約束する。だから安心して欲しい」
「いえ、そうではなくて、」
「俺がそうする理由があるんだよ。だってこいつは、これでも、俺の女だからな」
 自分の女の後始末は、彼氏である俺が取らないとな。そう言ったヨハンの言葉から伝わってきたのは、彼女に対する深い怒りと、すべてのものに対する嫉妬心だった。ぞくりとした。肉食獣を喰らうのは、爪を隠した鷹ではなかった。誰よりも強い力で相手を捻じ伏せる、更に大型の肉食獣だったのだ。一瞬にして、何を言う気も失せてしまった。遊星は、機械的に頷くと、素早く身支度を整え、逃げるようにその場を後にした。女性用のトイレから抜け出した途端、「ああぁ、よは、あっやあぁ、ゆるし、あっあっあっアアァァッ!!」後頭部を劈く彼女のあられもない声が鼓膜を突き刺したが、一切何も感じていないフリをして、一刻も早く彼らから遠ざかることを優先させた。
 恐らく、彼の言うように、すべてを忘れてしまった方がよかったのだろう。悪い夢でも見たと思ってしまった方が、余程救いがあったはずだった。しかし、どうしても、網膜に焼きついた光景が脳裏から離れなかった。遊星があの小さな個室を出る直前に、振り返ったときに、彼らが交わしていた、吐息を奪い合うような情熱的なキスが。無理矢理壁に押し付けられた彼女の泣き顔が。紳士な生徒会長の仮面をかなぐり捨てて、彼女の膣に強引な挿入を果たし、支配者の表情をして微笑んだ彼の狂気に満ちた眼差しが。考えるだけで頭がくらくらとした。片手を壁についた状態で、遊星はよろよろと進んだ。到底、授業には、戻れそうにはなかった。



2011.4.4


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -