常にヨハンは唐突だ。翡翠色の瞳を爛々と輝かせながら、唐突にあらゆる行動をし始める。たとえばデュエルを始めるのも唐突だし、俺を殴るのも唐突だし、唐突に笑い出し唐突に怒り出す。俺にとっては些か度し難い奇妙さだと思うのだが、それを言うとヨハンはさも心外だとばかりに瞬きをして「俺は十代の方がよほど唐突だと思うよ」小首を傾げながら俺の頭を殴った(要するに俺に「変人」と言われたのが気に食わなかったらしい)。だがどんなに本人が否定しようとも、やはり俺はヨハンは唐突だと思う。そして理解が出来ない。一切思考が読めないもので、時折恐怖をいだくことさえある。まあ、恐怖にも勝る不快感が俺がヨハンの傍に繋ぎとめているのだが。基本的に俺はやられたらやり返さないと気が済まない質なのだ。デュエルも、喧嘩も、セックスも。
 そして今も。俺が便所に行こうとするのに気味悪くもついてきたヨハンが、唐突に俺を個室の方にまで追いやったかと思えば一緒に個室の中に入り込んできて鍵を閉め、俺のことを後ろから抱き締める形でホールドしている。俺はただ単に小便がしたかっただけなのに、どうしてこんな狭い個室で男2人がくっついていなければならない状況になるものかとほとほと呆れ果ててしまったものだが、力強く俺を拘束している腕が俺の下腹部にまで伸ばされ開け放たれていたズボンのジッパーの間から下着の中にまで忍び込まされた時、その真意を察して思わず溜息を吐いてしまった。げんなりとして後ろを振り向こうとすれば、やけに上機嫌なヨハンが緩慢な仕草で舌なめずりするところが見えた。ぺろり、乾いた唇を湿らせ、猟奇的な笑みを浮かべる。その瞳はこのような行為をしているとは思えないほど、純然と、澄み渡っている。
「なあ、ヤろうぜ」
 疑問形でも了承をとるためのものでもない単なる宣言、その言葉。俺は思った。ヨハンは常に唐突だが、時々ものすごく悪趣味だ。どうしてトイレなんて場所で事を為そうという気になったのか、本当に、まったく、一片も、理解できない。ちょっと頭おかしいんじゃないか、と疑ってしまうがそれを口に出したらばヨハンはきっと一気に不機嫌になって俺に乱暴をするに違いなかったので黙っておく(断じて、暴力をふるわれることが嫌なわけではなくて、そうなるともう、なんというか、面倒くさいのだ)。俺がどう答えるかなど関係ないのだろう、既にヨハンの掌の中には俺のムスコが握られてしまっており、やわやわと側面を刺激されるだけで下腹部がひきつれるような嫌な緊張感が走る。まさに相手の手中にされている感覚。なんだか俺の主導権を完璧にヨハンに掌握されてしまっているようで正直死ぬほど腹立たしいのだが、逆ギレ野郎を無駄に刺激する必要もないので大人な俺は素直に流されてやることにする。ああ、なんと健気な俺!俺はナルシストではないが少なくとも平和主義者だ。
 俺は2度目の溜息を重くつくと、ゆっくり両腕をあげた。それを、俺の肩に顎を乗せているヨハンの首に回す。万歳をするような形で後方に腕を伸ばすのはなかなかしんどいのだが、俺の導きのまま頬に頬を摺り寄せてきたヨハンの首をしっかりと捉えて、俺は自身の顔の向きを僅かに変える。先ほどの傍若無人な宣言への返答の代わりに、蒼い鮮やかな色の横髪の間から覗いている雪のような白い肌に可愛らしくくちづけてやる。ふっくらとした頬と唇の端、2度くちづけてからにこりと笑うと、きょとんとして瞳をぱちぱちさせていたヨハンが苦そうに笑い返してきた。眉間に皺をよせて唇を尖らせる様は、ちょっぴり幼い。
「おまえほんっと変態だな十代。普通こんなところでヤるって言ったら断るだろー?」
「けしかけてきたのはおまえだろどっちが変態だ」
「折角嫌がるだろうと思ったのに…ちぇっ」
 嫌がらせが通用しなかった程度でぶすっとする。どうせなら最初から最後まで暴君ぶってくれればいいのになあと少しだけ思う。とりあえず俺は、つんと尖っている唇を一舐めしておいた。それから自分自身から腰をヨハンの股間に押し付けて数度こすってやれば、ヨハンはやけくそのように俺のムスコを扱き始めた。そういえば俺は用を足すために便所に入ったのだが、今扱かれたらいったいどちらが出てくるものなのだろうか。浮かんだ疑問の解答はきっとこれから見る羽目になるのだろう。俺は巧みなヨハンの指使いに熱い吐息を漏らした。口を開いて小さく声を漏らしかけたところで、今度はヨハンが俺の唇に噛みついてきた。片方の腕で顎をつかまれ、無茶な体制で咥内の粘膜を擦り合わされる。俺はこれに弱い。すぐに目の前がぐるぐるしてきて、他のことなどどうでもよくなってきてしまう。ヨハンの首に回した手の力を強めるとヨハンは鼻で笑った。
「いーんらん」
「ほ、っとけ、…あふっんんん」
 何度か扱かれ先端を刺激されるうちそのまま達してしまった俺の精液を手で受け止めたヨハンは、それを俺の口の前に突き出してきながら厭らしく笑った。俺はわざと、ヨハンの手についた自分のものをゆっくり舌先だけで挑発するように舐めとってやってから、同様の笑みを浮かべた。素早く身体を反転させ、正面からヨハンの首に腕をまわしつつ、吐息だけで囁く。どうやらスイッチが入ってしまったのはヨハンだけではなかったらしい。
「1回だけだぜ?」
「ノリノリのくせに何言ってるんだか…阿婆擦れ」
「うっせ」

 トイレから出た俺とヨハンを見て、ひどく気まずそうな表情をした翔が「公共の場は大切にしてほしいっす…」と蚊が飛ぶような小さな声でぽしょぽしょ呟いたのを聞いて、俺もヨハンも思わず大爆笑してしまった。それから2週間ほど、そのトイレは俺たちの遊び場となった。
 ヨハンが唐突ならば、どうやら俺は、酔狂なんだろうなあ。 



2008.6…くらいのものかと



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