「十代さんは本当に遊戯さんがお好きなんですね」
 それは何とはなしに呟いた言葉だった。他意はない。その言葉の意味のままのことを思考し、口にした。遊城十代という人は、心底武藤遊戯という人間を尊敬している。否、崇拝に近いかも知れない。まるで我が事のように武藤遊戯の武勇伝について語る。確かに、武藤遊戯は素晴らしい決闘者だ。それは、戦歴を聞くだけでもわかることだが、実際に同じフィールドに立ってみて身にしみて実感したことでもある。しかし武藤遊戯の実在した時代から遥か先の未来においては、過去の決闘王であるという歴史が残っていても具体的なあれこれについて一般人が触れる機会はあまりにも少ない。デュエルが日常の一部として盛り込まれてしまったがために、逆に、史実上では一大会の覇者でしかない彼のことを特別視しなければならない要素が無かったのだ(過去の時代にてデュエル世界大会が頻繁に行われていたわけではないと理解していても、未来の時代においては日常茶飯事のように行われている大会ひとつのみの戦歴を重視する者は少ないということだ。彼がどんなに偉大な決闘者であったのかは、歴史学者と、一部の決闘者しか知らない)。だからこそ、今回の事件を切欠として改めて史実上最強の決闘者と肩を並べることが出来たことを心の底から光栄に思っているが、遊星には遊城十代が武藤遊戯と共にデュエルが出来たことをここまで喜ぶ理由がわからなかった。どうやら遊城十代の時代ではまだ武藤遊戯は生きていたらしい。武藤遊戯が初代決闘王という称号を得たということがどんなに素晴らしいことか、オンタイムでその偉大さを実感していたからこそ、ここまでの武藤遊戯信者になったのだろうかと考えた。
 しかし十代はぴたりと動きを止めると、先ほどまで興奮しきった様子で武藤遊戯について語っていた口を閉ざし、じいとこちらを見つめてきた。表情豊かな彼らしからぬ無表情に違和感を覚える。内心を窺ってでもいるかのように覗き込まれ居心地の悪さを覚え始めた頃、彼はフッと口端を持ち上げてこう言った。

「遊戯さんは、俺の恩人と言っても過言じゃないような人だからな」





 時代を飛び越えてこうして十代と度々会うようになり、幾らか経った頃。遊星は十代に対して「あなたはいったい何をされている方なんですか?」と尋ねたことがある。というのも、出会ってからこちら、いつ如何なるとき時間を飛び越えて彼の元へ行ったとしても、彼が真面目に働いている姿を見たことが無かったからだ。十代は遊星の意を決した質問に対して小首をかしげて「旅?」と答えた。まったく見当違いの回答に僅かに目を見開き、少し言葉が足りなかったかと思い言い直す。
「何のお仕事を、という意味です」
 仕事、と口にしながら、不意に幼馴染の青年のことを思い出した。傲慢で短気ではあるが、性根は熱くて優しい男のことだ。あの男は仕事をしていなかった。元キングのプライドが、彼に一般階級と共に働くことを許させないのだろうか。それとも、ただ単に、不器用であるだけなのか。詳しいことは遊星よりも友人の女性の方が知っているだろう。ともかく。十代はようやく質問の意図を解したのか、ああ〜!と声をあげてひとつふたつ頷いた。
「仕事、仕事ね!俺は、そうだなぁ〜…人間と精霊を助けるヒーロー…が、職業、かなっ?」
 そして突飛なことを言う。ヒーロー、とは。仲間の少年が好んで見そうなアニメや漫画の中に登場する正義の味方、とやらだろうか。ウィンクにガッツポーズまでして答えた十代を相手に、なんと相槌を打っていいのかわからず視線を泳がせていると、彼は振り上げた腕を下ろしからからと笑った。彼の明るい笑い声には影もなければ未来に対する不安など一切合財含まされていない。
「まあ信じられないよなあ。でもこれでもさ、実は何度か世界を助けたりしてるんだぜ?」
 三幻魔を操った影丸のじいちゃんを止めたり、破滅の光を滅ぼしたり、ダークネスを倒したりな。まったく現実味の無い単語がぽんぽんと彼の口から飛び出す。が、ふと、自分たちもつい最近までダークシグナーと呼ばれる相手と、世界と生死を賭けた決闘を繰り返していたことを思い出した。その、さんげんま、というのが地縛神のようなもので、影丸のじいちゃん、というのがルドガーのようなものなら、成程確かにそれらを食い止めることが世界を助けることに繋がるのかも知れない。あくまでも仮定の話で、正直あまり信じられたものではないのだが、短いの付き合いの中で彼が決して嘘を言えるタイプではないことは理解していたからこそどう受け止めるべきか迷ってしまった。
 遊星が自分の発言に対し言葉を返せないでいることに気付くと、十代は穏やかな顔で「信じろとは言わないさ。確かに存在した地球の一大事でも、それらは全部、事件にすらなっていない」と言った。
「事件になっていない?」
「そ。だって非現実的だ。おまえたちの時代ではどうだかわからないけど、この時代ではまだデュエルモンスターズの精霊すら認められてないからな」
「…俺たちの時代でも、精霊の話は、その…あまり、聞きません」
「無理しなくていいぜ。そっか、認められないままか…まあその方が、ありがたいのかも知れない」
 肩を竦めてこう言う。お蔭様で俺は歴史から存在を抹消されたまま自分の仕事を続けることが出来るぜ。目を瞠った遊星に背を向けて歩き出した彼はお気楽な様子で鼻歌など歌っていたが、やはり、少しも嘘を吐いているようには見えなかった。
 彼が言った言葉の意味はこの後知ることになる。確かに十代は世界を守る「ヒーロー」としての役目を果たしていた。それらの記録は、後世に少しも残されていない。後々調べてみて驚愕したのだが、彼は18歳の時に行方不明者の届けが出されている。そしてそれはそのままになっている。つまり、遊城十代という人間は、存在していないことになっているのだ。どうしてそのようなことになっているのかを尋ねたことはない。未来のデータベースで勝手に彼のことを調べたことにほんの少しばかり罪悪感を覚えたというのもある。だが、それ以前に、彼が立派にアカデミアを卒業して旅に出たという現実を目の当たりにした後で、単なるデータを宛てにするなど馬鹿らしいと思ったからだ。しかしそれでも、存在が抹消されたままの彼が、事実上は誰にも知られることなく死を迎えたことを考えると、胸中穏やかならぬ感情を抱かざるをえなかった。




 常にはない真摯さでそう言い薄っすらと微笑む。まるで幸せを噛み締めているかのような、しかしそれはすべてを諦めているかのようでもあり、安らかに死に向かう老人のもののようでもあった。明るい彼が浮かべるにしてはあまりに不似合いなそれ。だが、違和感の正体はそれではない。
「俺、実は一度遊戯さんとデュエルしたことがあるんだ。俺の卒業デュエルな」
「そう、なんですか…」
「ああ。すげえデュエルだった。久しぶりに滅茶苦茶ワクワクした。デュエルで、希望を与えてもらった。そのお陰で今の俺がいる。だから、恩人。わかるか?」
「はあ」
「曖昧な返事しやがってこの野郎わかってないだろ〜〜!いいけどさ!」
 パッと、笑みを薄っすらとしたものから悪戯っ子のようなものへと転じさせる。質が変わった。普段の、明るくて強い遊城十代のものに戻った。瞬間、ぞくりとしたものが遊星の背筋を這い上がってきた。彼はくるくる回りながら楽しそうに笑っている。ほんっとあのデュエルはすごかったよなあ〜遊戯さんの神!神ヤバかったぜ!、などと、再び武藤遊戯に対する賛辞を並べ立て始めてしまった。この、無邪気な十代と、先ほど死人のような顔をして笑った十代と。どちらも同じ十代だ。否、そうではない。遊星は愕然とした。
 あまりに違和感が無さ過ぎたことに違和感を覚えた。少なくとも遊星がこの人のあのような表情を見るのは初めてだったというのに、この人はあのような表情を浮かべ慣れていた。普段は堪えているものが、ふとした瞬間に顔を見せた、というべきか。彼の裏側。弾けんばかりの笑顔の裏側に潜まされている死と絶望のにおい。奈落よりも深く、底の知れないそれは、闇と呼ぶべきものだったのかも知れない。この人の本質が闇など、それこそまるで現実味が無い。だが。
 自分はいったいどれほどこの人のことを理解出来ているのだろうか。
「デュエルのこと考えてたらデュエルしたくなってきたぜ!遊星、デュエルだ!」
「…はい、十代さん」
 にかっとまるで太陽のように目映く微笑むこの人のことをもっと知りたい。最早、好奇心では済まされない。別の何かに駆り立てられている。改めて、時代を超えてまで彼と会い続けたいと強く思ったのは、この時だった。



2010.2.5



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -