ゆっくりと扉を開いて入った先の部屋で見たのは、悲惨としか言い様が無い光景だった。俺は思わず顔を顰めながら、中央に据えられた天蓋つきの寝台に歩み寄る。そこには、ぐったりとした様子で横たわっている己の主ともいうべき女性の姿があった。寝台の脇には様々な折檻道具が散らばっている。革靴の先に引っ掛かった鎖がじゃらりと重たげな音を立てたことに不快感を覚えながら、「お嬢様」と呼びかける。自然、不機嫌そうな声音になっただろう。しかし枕に顔を埋めていた彼女はそれに気付かずに、もごもごと「起きてる…」と呟いた。俺は盛大に溜息を吐いた。
 寝台の傍らに据えられているテーブルの上に湯の張られた桶を置き、柔らかな絹で作られたタオルを絞る。ひとりでは身動きひとつ出来ないほどに疲弊してしまっている彼女に手を貸し、なんとか上半身だけを起こさせ、全身にこびりついた精液や血液を拭い始めた。彼女の真っ白で滑らかな肌には無数の鬱血痕や紫色の痣、柔らかな皮膚を痛々しく引き裂く傷がつけられていた。せめてもの救いは、彼女を襲ったけだものたちが彼女の顔面には傷をつけずにいてくれたということだ。しかしその代わりに、頬や唇には濁った男の欲望がこれでもかというほどに擦りつけられていた。俺は感情が表に出ないように極力努めながら、丁寧に、彼女の顔を清める。珍しく、疲れきった顔をしている彼女は恐ろしいほど性的で魅力的だったが、今は俺の男としての感情よりも俺の使用人としての感情の方が数倍強かった。じゃら、と鎖が揺れる。細い首につけられたごつい首輪から垂れた鎖が、彼女の豊満な乳房の上に垂れ下がっている。これでもかというほど念入りに精液が擦り込まれている様子だった乳首を、タオルで優しく包み込む。白濁はとれても、過剰なほどに吸われたのであろうそこは真っ赤に腫れ上がってしまっていた。痛そうだ。労わるように指先で撫でると、彼女の肩がびくんと揺れた。しかし表情に変化は見られない。俺は何も見なかったことにして、脇腹、精液が溜まっていた臍や、更に凄惨なことになっている下肢へとタオルを滑らせていった。
 太腿は真っ赤だった。見れば、前側どころか後側にまで、無理矢理侵入されたような痕跡がある。平静を装いつつ、秘唇に触れる。柔らかく薄い肉を持ち上げると、すぐさま中から夥しい量の精液が零れ落ちてきた。これには耐えられず息を呑んだ。
「中で、出されたのか…」
 彼女が、掠れきって声にもなっていない声でくつくつと笑いながら、「控えろ」と言う。
「ここは、俺の部屋だぞ使用人…無礼は、許さない」
「って言ってるくせに「俺」って言ってるじゃないか。もういいから、今は「お嬢様」じゃなくていいから、ちょっと休めよ…」
 彼女はやんわりと瞳を細めた。恐らく笑んでいるつもりなのだろうが、きっと男の欲望をその口に咥え続けさせられたせいだろう、疲弊した頬の筋肉はぴくりとも動いていなかった。俺は自分が仙人か何かになったかのような気分になりながら、ゆっくりと、彼女の秘所に指先を侵入させた。内側に出来ているであろう傷を開かないように細心の注意を払いながら、吐き出された汚いものを掻き出す。事後処理には慣れている。他人の精液に触れても吐気を催すことはなくなった。しかし感情は別だ。どろどろに蕩けた彼女の膣いっぱいに詰め込まれた精液の感触は、俺に、生理的嫌悪感を催させた。いったいどうしたらここまでの精液を集めることが出来るというのか。今夜は、いったい何人で、たったひとりの娘を嬲ったのだろうか。外道め。
「今日は、…虫の居所が、悪かった、みたいでさ…」
 ぽつり、と彼女が呟いた。前側の処理を終え後側に移ろうとしたところで、俺は、それの存在に気がついた。不自然に拡張したままになっている尻の穴。まさかと思いながら指を挿し込んでみると、そこには、ぐしゃぐしゃになったコンドームが、突っ込まれていた。これが為す所の意味。最早見えてしまっている結果に愕然としながら、しかし既に為されてしまったことは受け入れることしか出来ない。覚悟を決めて、コンドームを引きずり出した。と同時に、奥からは彼女の前側に詰め込まれていた以上の量の精液が、一気に溢れてきた。否、精液だけではない。これは、白に混じる薄い黄色と、アンモニア臭は、これは。
 彼女が辛そうに呻き、肩を左右に震わせた。それはそうだろう。不覚にも眼の奥が痛くなった。本当はプライドが高い彼女にとって、どれほどの苦行だっただろうか。こぽこぽと音を立てながら溢れ出してくるものは、タオル1枚では受け止め切れなかった。慌てて替えのものをそちらに宛がう。彼女が、細い息を吐いた。腕で顔面を覆い隠す。じゃらり、と鎖が鳴った。
「珍しく、酔ってた、しさぁ…」
 脳内でフラッシュバックが起こる。無理矢理紳士的態度を装った上層階級の男たちの下卑た行為。まるで実験か何かのように、非道な行為を繰り返す。彼らはワインを片手に談笑しながら、彼女を思う様蹂躙したのだろう。彼女は逆らえなかった。何故ならあの場には、彼女をこの屋敷に縛り付ける、唯一の肉親がいたのだから。彼女は、自らの父親の取引相手たちの気を損ねないように必死に腰を振ったに違いない。『あっああぁっイイ、イイですっもっと奥まで突いてくださいいぃっ!!』『アッ、おなかの中、いっぱい、ああぁぅせーえきで、いっぱいっっひゃうっ』『あううううぅ、そんな、だめ、いっちゃう、いっちゃ、いっちゃ、ああああぁ〜〜〜〜っ…!!』『壊れ、だめっ壊れるっ激しいですぅ』『やん…抜いちゃ、だめえぇ…もっと、淫乱なわたくしを、犯してください…っ』男たちは上品に笑いながら、散々彼女のことを貶めていた。本当に、いったい何人いたのか。重要な会合の後であったので、各地より重役たちが来ていたのであろうことはわかる。その中の何人が、この悪趣味極まりない行為に嫌悪感を抱くことなく、寧ろ自ら彼女の上に乗り、彼女を傷つけていったのか。まるで性奴隷のように彼女を扱ったのか。考えたくもなかった。
「2週間後、また、会議があるんだってさ…だから、それまで、首輪は外すなって…」
 この屋敷には基本的に防音加工が為されていない。何故か。聞かせるために決まっている。この屋敷にて暮らしているのは彼女と、彼女の使用人数人だ。そして彼女の役目は、遊城家の発展のために身体を差し出すことである。つまりこの屋敷では、日夜、彼女の心を傷つけるための行為が行われている。そのことは誰もが承知していることだ。だからこそ、わざと防音加工をしなかった。声が聞こえることで使用人たちはセックスが何時始まり何時終わったのか、また、最中に相手が不審な行動を起こせばすぐさまわかるようになるからだ。つくづく最低なことだと思うし、地獄のようだと思う。最低というのは、大切な主人が隣室で犯されていて、苦しんでいることを知りながらも聞き耳を立てることしか出来ない俺のことで、地獄というのは、父親が死んで爵位を継ぐまでこの屋敷から逃れることが出来ない彼女にとってのこの生活のことだ。
「ずっと……厭らしい雌犬で、いろって、あの人が、さあ…」
「無茶苦茶だな…」
「ほんと、だよなぁ」
 彼女はくつくつと笑っている。諦めきっている。タオルを桶の中に放り込み、俺は彼女を負ぶさった。せめて温かい湯を浴びて、リラックスしてくれ、と思った。流石に風呂の中にまでは一緒にいくつもりはないので、泣くならばそこで泣けばいい。その間に俺はシーツを変え、部屋を清め、彼女が安らかに眠れるようにしておこう。――俺にはそれしか出来ない。彼女は俺の背中に頬を擦り寄らせながら小さな声で「避妊薬、…用意しておいて、くれよな」と言った。俺が声を出さず力強く頷いたのを見てか、首に回されていた腕に力が籠められた。まるで縋りつくようだ、と思った。



2009.10.30



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