いつものようにひたすらにデュエルをし続けていた。時間も忘れて、他のなにも自分たちの気を引くものなど無いといった様子で、自分と相手のフィールドを最高のコンディションに持っていくことのみに死力を尽くしていた。毎回が真剣勝負で、買って負けてを繰り返し、ようやく一段落着いたのはもう日付変更も間近に迫った時のことだった。不意に十代はデッキをシャッフルしていた手を止めヨハンの顔を仰ぎ見た。胡座を組んだ足を左右反対に組み直し、何かを窺うような目をする。シャッフルし終えたデッキをヨハンに返しながら、「なあ」と言う。
「次にデュエルに負けた方がさ、勝った方の言うことをいっこだけ聞くっていうのはどうだ?」
 ヨハンは僅かに目を見開いた。珍しい。十代が、大好きなデュエルを賭事の対象にするなんて、滅多にないことだ。いや、運任せの賭事よりももっと現実的で実力を以てして結果を左右させやすい点からすると、賭事というよりは単なる勝負と言った方が適当なのかも知れないが。どちらにせよ、デュエルをすることよって報酬が出しあうような関係ではなかった。だから意外に感じた。無論それは想像の外の出来事だったために覚えた感覚なのであって、忌避したいとかそういうことではない。
 こちらもシャッフルし終えたデッキを十代に返してやりつつ「突然どうした?」と訊ねたが、彼はにこにこするだけだった。
「これで最後にするからさ!」
「いや、そういうことじゃなくて、」
「なぁいいだろ?嫌か?」
 嫌というわけではない。ただ、唐突にこのようなことを言い始めた真意を知りたかったのだ。だが十代に純粋な期待に満ち溢れた眼差しを向けられてしまっては話を強制的に中断させるのも心苦しく思えてくる。仕方ない、ヨハンはひとつ息を吐くと自らの手に戻ってきたデッキを床に置いた。
「わかったよ。俺が勝ったら言うことをひとつ聞いてもらうからな」
「やりぃ!よしっ、じゃあデュエル!」
 他意はなかった。相手の言うことを聞く、だなんていうのはせいぜい明日の掃除当番を代わってくれだとか今度の夕飯で出るエビフライを1本くれだとかいったレベルのことだと思っていたので、勝ったとしても負けたとしても特別な損得は発生しないと信じていたためなのかも知れない。だからこそ承諾した。勝って、どうしていきなりこのようなことを言い始めたのかその理由を聞ければいいと思っていた。
 ヨハンは甘かったのだ。否、何も知らなかったと言うべきなのかも知れない。
 まさか親友だと信じていた相手が明らかに目の色を変えて全力で自分を叩き潰しにくるなどと誰が想像するだろうか。それまでの和やかなデュエルの雰囲気など消し飛び、嵐のような展開が巻き起こった後に残されたのは1ポイントたりともライフを削ることが出来ずに惨敗を結したヨハンと満足そうに嬉しそうに安堵したように勝利を宣言しヨハンの膝の上に乗り上げてきた十代だった。にこにこと無邪気な笑みを浮かべたまま「約束どおり、俺の言うこと聞いてくれよな」と言った十代は徐にヨハンの下のジャージと下着を脱がすなり、擦りあげることによって無理矢理勃起させたヨハンのものの上に躊躇いもなく跨ってきたのだ。何が起こっているのかうまく理解出来ない。彼の勢いに圧倒され茫然としている間にも、ブルブルと震えるヨハンの一際敏感な部位は熱く滑った肉と肉のうねりの中に飲み込まれていく。吸いついてくる柔らかな感覚に思わず喘ぐ。ぐちぐちと原始的な音が響く中で、「あ、っは…!やっぱりおっきいっ!」暢気に上がった歓声がひどく滑稽だった。“ハジメテ”は好きな人と、最高に良いムードの中で…と決めていたというのに、少年のほの淡く甘い夢は無惨にも打ち砕かれた。しんと静まり返っているはずのレッド寮の一室からは、その晩低い嬌声と苦しげな呻き声が途絶えることはなかった。泣きながら許しを請うヨハンの頬を撫でながら、十代は荒々しく腰を振り恍惚とした吐息を漏らした。


「若かったんだよ」
 煙草を片手に、苦虫を噛み潰したかのような顔でそう言う。灰皿に降り積もっていく吸い殻を見ていた。たしかに、と思わざるを得ない。それほどまでの変化を彼は遂げていた。しかし、とも思う。
「子供だった。善悪の区別なんかつきやしない。好きなことを好きなようにしていただけさ」
 こちらの考えなど見透かしていると言わんばかりに彼は何時になく饒舌に言葉を紡ぐ。意外なことだ。あの日のことに触れたのはヨハンだが、あんな、過去の醜態とも言うべき出来事についての言及を素直に受けてくれるとは思っていなかった。てっきり、適当に誤魔化されるかスルーされるかするのではないかと危惧していたし、否、危惧というほど危ぶんでもいなかったし話を流されたらそれまでのことにしようとも考えていたというのに。手を伸ばし、シーツに落ちた灰を摘んで灰皿へと捨てた。素肌に触れたシーツは微かに熱を持っていて、更に大人の男ふたりがくっついて寝転んでいるとなれば布団の中の熱気は温もりというレベルを越えて暑さを覚えるほどだ。十代は煙草を吸いながら片方の手の先を見ていた。爪が割れたらしい。ヨハンの背中もじんじんと痛む。自業自得だと思った。(互いに。)
「悪いことを悪いことだと教えられなかった。まったく予想だにしていなかったさ、逆に何故悪いのかと訊ねても明瞭な答えなんか返ってこないしな。俺は馬鹿だから、考えようともしなかった」
 純朴で素直。本能的な部分の充実を求めただけ。不道徳の極み。しかし過ぎ去りし日の少年にそれを教えた人間はそのふしだらさを、非常識さを教えなかった。彼の病巣は深くにまで根を張っており、一度覚えてしまったことは最早取り返しがつかず、精神や行動といった彼の人となりにまで影響を及ぼしてしまっている。十代は性的暴行の被害者だ。だが、女の甘くて柔らかな身体しか知らなかったヨハンを硬くよく締めつける肉襞の内側へと引きずり込んだのは他ならぬ十代自身だ。
 不道徳は感染する。俺ってば十代にオカされちまったぜ、とヨハンはなんとなく思う。
「悪いとは思ってる。止めたいって言うんなら、別に、ヨハンのことをそういう対象として見ないようには出来るぜ」
 何でもないことのように言う。ヨハンはくつくつと笑い、十代の細くとも充分に魅力的な腰をいやらしい手つきでひと撫でした。鳶色の瞳がちらりとこちらを見遣って、次いで呆れたようにそっぽへと向けられる。尻の肉を左右へと割り開けば、中央からとろりとしたものが零れ落ちてきた。その粘着性。この白くてあまりきれいではないものが自分たちを繋ぐ絆の確たる形でもいいのではないかとすら思う。
「知っててやるっつーんだからおまえも相当だよな」
「十代ほどじゃないさ」
「違いないけど」
 煙草を捻り消した指先がヨハンの髪の毛を無造作に掴み、煙たい唇から差し出された真っ赤な舌がヨハンの頬を舐めた。口の粘膜同士を擦り合わせる。特に何かの感情が生まれるというわけではなかったが、人と体温を分け合うのは確かに気持ちいいよなあ、と感じた。



2010.4.5


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