街中が普段よりも賑やかになっていることを感じた。並木道のあちらこちらに設置されたスピーカーからは延々と垂れ流されているクリスマスソングが、否が応でも人々の足を浮つかせている。イルミネーションの細やかな光が夜の闇を払拭し、人々の影を薄く地面に落としている。周囲を見渡せば、やはりというべきかなんというべきか2人連れ、もといカップルたちが多い。いかにも仲が良さそうなかんじで手を繋ぎ、幸せそうに微笑みあっている。その表情までもを見る気にはなれず、視線を落とせば途端に左腕にぴったりと張り付いてきていた後輩の女子にひょいを顔を覗き込まれる。目が合う、にこりとされる、彼女の大きな瞳に自分の姿が映り込んでいる。瞬きをする度にぱちぱちと音がしそうなかんじがするのは、彼女の睫毛にたっぷり盛られたマスカラのせいだろうか。ぼーっとその顔を眺めているとずずいと鼻先を擦り寄せられたものだから慌てて身を引く。彼女は少しだけ悔しそうに「惜しい」と言った。
「あとちょっとだったのにぃー」
「っ、なにがだよ」
 きゃらきゃら笑う彼女から視線を外して右隣を歩いていたはずの友人に目を向けて初めて、自分の歩く速度が遅くなってしまっていたことに気付く。友人は他の友人たちと談笑しながらだいぶ前を歩いていた。彼らの追いつこうと歩調を速めながら、内心で溜息を吐いた。左隣からの情熱的な視線を痛いくらいに感じた。
 やっぱり断って大人しく帰ればよかったかな、とぽつりと思うも、しかし誰もいないマンションの一室に戻ることはなんとなく寂しいことであるような気がしてしまったのだ。特に今日は。それでも、直帰すると伝えておきながら当日になって何も連絡をせずに出かけてしまったことを後ろめたく思う気持ちは止められなかった。
 言い訳のように、どうせあいつは今日は店で女の子たちと盛大に盛り上がるに違いないんだからこっちだってこっちで楽しんだっていいはずだ、と胸の内で繰り返した。早い段階で帰れば、この、クリスマスイブを他人と過ごしたことについても知られずに、自宅で同居人を待つことが出来るはずだ。そう思い込んでいた。
 だというのに。世の中というものはそう上手くいかないものだ。
 飲み屋に入って10分もしないうちに突然店内に乗り込んできた鬼の形相の同居人を茫然として見つめながら、そう思ったのだった。

「言い訳なんか聞かないからな」
 どさり、とベッドの上に強引に引きずり倒され、慌てて仰向けになれば完全に目を据わらせきった同居人の冷たい視線が俺を突き刺していた。反射的に後ずさろうとした俺を見て何を思ったのか、眉間に3本目の皺を刻みながら同居人は勢いよく俺の上に覆い被さってきた。顔を掴まれ、無理矢理くちづけられる。荒々しいキスはそれでも官能にまみれて巧みで、俺の抵抗力を根こそぎ奪い去っていった。今日俺にキスを仕掛けようとしてきた女の子にはこんな本能的なキスは出来ないんだろうなあ、と頭のどこかでぼんやり感心していると、「俺を見ろ」いったいこの同居人の脳内はどうなっているのか(どこまで聡いのか)、俺が気を散らせたことに当然のように気付き俺の身体を強くベッドへと沈み込ませてきた。鷲掴みされた二の腕が痛い。俺はほとほと困り果ててしまいながら同居人の顔を見上げた。端正な顔が怒りで歪んでいる。こんな修羅のような表情は初めて見たかも知れない。同居人はクッと咽喉を鳴らして自嘲気味な笑みを唇に佩いた。ひどく不安定なそれを見て、俺は、嗚呼、と思った。心の底から後悔が湧き上がってくる。迷わず腕を伸ばし、同居人のしなやかな身体を緩く抱きしめた。
「ごめんヨハン」
「なんだよ。謝たって許さないからな」
「うん。俺が悪かった。ごめんな」
「なんなんだよ畜生。俺、馬鹿みてえじゃねぇか。ひとりで空回って…ほんっと、さぁ」
「うん、ごめん。好きにしていいから、後で仕切りなおそう?な?」
「……馬鹿十代」
「はいはい」
 俺の胸に顔を埋めてまんじりともしなくなってしまった同居人の肩越しに見上げた天井は、昨日までなかった紙の輪飾りで綺麗に飾り付けられていた。安物ではあるのだろうが、小さなシャンデリアまで取り付けられている。天井だけではない、部屋の中はすっきり片付けられ、いたるところにガラスの置物やどこで調達してきたのかはわからないが中身がまだ入っていると思われるワイン瓶などが置かれている。確か、玄関口には、巨大なクリスマスリースが飾られていたはずだ。この調子だとリビングはもっと凄いことになっているに違いない。昨日まではこんなものは影も形もなかったというのに、何時の間にここまで用意をしていたのか。一朝一夕で出来ることではなかった。すべてはこの日のために、密やかに計画を練り続けていたのだと理解出来るからこそ、その想いを踏み躙りかけてしまった己がとてつもなく罪深い人間のように思えた。そうだ、この同居人は、この歳にして呆れてしまうほどのロマンチストなのだった。
 たかがハロウィンですら仕事をすっぽかして人を呼びつけてくるような人間が、最早恋人たちのための定例行事のようになってしまっているクリスマスに、何もしないでいるなどということが出来るはずがなかったのだ。恐らく俺を驚かせようと思ってこのような大掛かりなことを仕出かしたのだろう。大したエンターテインメント精神だと思う。しかし。
「俺が悪かったんだけどさ、でも、カレンダーに嘘の予定書くのは止めろよな?俺、おまえが今日仕事だと思って、ちょっと凹んでたんだからな」
「う…それは、だけど、正直に書いたらバレると思ってさ…」
「だとしてもだよ、馬鹿ヨハン」
 力なく笑って後頭部をこつんと叩いてやると、同居人はゆっくりと顔をあげて俺のことを上目遣いで睨んできた。拗ねたような表情をしている。どうやら自分が嘘の予定を入れることでクリスマスをひとりで過ごすことになった俺が凹むことまで計算に入れたうえで、行動に移していたらしい。こういうところは、本当に子供のようだと思う。融通がきかなくて、頑固で、無駄なことにこだわる。いつもこの傲岸不遜さに振り回されている。
「ったく、仕方ねえ奴だな」
 だが、俺にだけ取られるその態度を嫌だと思ったことが1度も無いあたり、自分も相当なものだと思うのだ。


 真冬だというのに、暖房をがんがんにかけながら行為を行った後の部屋には茹だるような熱気が籠もっていた。漸く解放された身体をシーツに沈みこませ大きく息を吸う。生臭いにおいが鼻について不快ではあったが、今更過ぎることである。隣で同様にシーツに倒れこんだ同居人は俺よりもバテ切っていた。というのも、同居人は冬に強く夏に弱い性質であるため、俺ですら薄ら汗ばむほどの室温の中で激しく動いて平気でいられるわけがない。なんとなく視線を向けると、首の裏側を伝い落ちた汗の玉が鎖骨の間を滑り落ちていく様が見えた。無駄にセクシャルな光景である。
「そういえば、なんで俺の居場所がわかったんだ?」
 ふと気になってそう尋ねてみると、あーだかうーだか言いながら同居人は面倒くさそうに顔をあげた。後頭部をがりがりと掻きむしって、何かを思いついたかのような表情になる。
「実は十代には発信機がついていてだなあ…」
「は?まじで?何してんだよおまえ。あーー…どおりで、どこにいてもすぐに居場所が知れると思ったぜ。ったく、最悪だな」
「いやいやいやいや冗談です。冗談ですよ。流石の俺でもそこまではしませんよ。つか、俺の信用ってそんなにないの!?」
 つけられるもんなら本当につけたいけどさあ、などと呟いている同居人を白い目で見てやると、彼は笑って「冗談デス」と言った。やはり信用出来ない。
「十代さ、今日携帯忘れてったろ」
「あ?」
「メールが着ててさ。それ見て知った」
「あー」
 思い返してみる。今回、帰り際にばったり会った友人に誘われて出かけたのだが、確かに「メール読んだ?」と開口1番に訊かれた気がする。どのようなメールであるのかはわからないが、そこになら飲みの詳細が書いてあったとしても不思議なことではない。と、納得しかけて、俺はあることに気付き眉間に皺を寄せた。
「ヨハン、勝手に俺の携帯見たのか?」
「ああ」
 けろっとした顔で頷き、挙げ句の果てには「それが?」心底不思議がっているような様子で小首を傾げる。あまりにも平然としすぎているので、逆に俺の感覚の方が間違っているのではないかと一瞬勘ぐってしまったが、すぐに否定する。他人の携帯電話を勝手に見るだなんて、プライバシーの侵害に他ならない。誰もがそう思うはずだ。俺は間違っていない。
「別にいいだろ?プライバシーなんてさ、お互いの予定公開し合ってる時点で無いも同然だし。それとも何か、俺には見せられないようなものがおまえの携帯には詰まってるっていうのか十代?」
「いや、そういうわけじゃないけど…」
「じゃあ、いいジャン。俺とおまえの間は常にボーダーレスなの!」
 それはいったいどういう意味なのか激しく気になったが、とんでもない答えが返ってくるであろうことは予想出来たのであえて何も言わずに溜息をひとつ落とすに止めておいた。



(「つか、確かに今日は俺が悪かったと思うけどさ、毎度毎度俺が誰かと出かける度に乱入してくるのやめろよな。いい加減みんな慣れちまって、女の子なんか「遊城君誘えばアンデルセン君も来るでしょ〜??」とか言ってるんだぜ?」
「ははっそりゃあいいことじゃねえか!自分の友人と俺が仲良くしてるのを見て悪い気はしないだろ?」
「…まあー…そうだけど……なんか不公平じゃないか?俺、おまえの携帯の中身見たことないんだけど」
「だって見せる気ねぇもん」
「おい」
「おまえの、学友たちからしかメールが来ないような健全な携帯と違って、俺の携帯は職場のお客からのメールとかも来たりするんだよ。大事な十代を、女と引き合わせようとるするわけがないじゃないか」
「……ヨハン?」
「俺の愛って深いだろ?」
「おまえさ、それってさ、今日だけじゃなくて、前々から俺の携帯勝手に見てた……ってことか?」
「ああ!俺の日々のお勤め後の日課は、十代の携帯チェックだぜ!」
「よーしてめぇ歯ぁ食い縛れ」)



2009.12.17



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