遮光カーテンが引かれた室内では昼間だというのに薄い暗闇が停滞しきって、生々しい空間の温度を作り上げている。腕の一振り、些細な身動ぎをしただけでも過剰に蠢き揺らめく暗闇の中、蹲る少年の姿があった。荒く呼吸を繰り返しながら、三段ベッドの下段で背中を丸めさせ存在自体を縮こまらせるようにもがき続けている。柔らかな布団はベッドの隅に追い遣られ、白いシーツは既にくしゃくしゃに乱された後だった。少年は左手を自らの下肢に滑らせる。じっとりと身体の表皮全体に浮かび上がった汗が、彼が発するもの、熱の、体温の高さを物語っていた。悩ましげな吐息を漏らし、緩く首を振る。額や首筋に髪の毛が張り付く様は、まるで何かの黒い呪いの流れに身を蝕まれているようでもあった。彼は口端から唾液を零した。零されたそれが右腕を伝い、その先へと落ちていく。右手は、前側を弄る左手の更に奥部へと差し込まれ、蜜が滴る壺の中で粘着質な水音を只管に掻き鳴らしていた。呻きにも似た喘ぎ声があがる。それは妖艶ではあったが、性感を覚える人間としての悦びからくるものではなく、逃れられない苦しみから逃げるように漏らされたようなものだった。身動ぎを続ける。体勢を変え、額と膝をシーツにつけ土下座をするような形で跪く。その姿をベッドの傍らから見ていたユベルは、溜息をひとつ吐いた。
「本当に、難儀なことになったものだね」
 呆れ混じりのそれにはしかし少年を侮蔑するような響きは無く、こういった事態になってしまったことに対する諦念を滲ませていた。囁き声程度の声量で言われたことに対し、自分の身体を慰めることに必死になっていた少年は僅かに顔を上げ、くしゃりと顔面を歪めた。忌々しそうに、悔しそうに、しかし鋭い表情であるはずのそれは、頬が上気し橙と翡翠とで互い違いになっている双眸が潤んでしまっているせいで本来の威圧感を微塵も感じさせなかった。逆に、今の彼から迸っている性のかおりを匂い立たせることとなり、ユベルはにやりと口端を持ち上げた。
「すごくえっちな顔。いやらしいね、十代」
「…っるせ、…誰のせいでこんなことになってると、思って、…」
「なに?僕のせいだとでも言うのかい?僕は別に、雄と雌と両方の性を持ち合わせているからって、みだりに熱を欲したりなんかはしないよ?」
 少年は疲れたように瞬きを繰り返す。その間にも左手で己の男としての性器を扱く手は止められない。はあはあと荒い息を吐きながら、「じゃあ、なんで…だよっ」と不服そうに怒鳴った。彼の右胸にあるぱんぱんに張った乳房が、よく熟した果実のように重たそうに震えた。
「それは元々君が浅ましい人間だったからじゃないかな。だから時々、たまらなく他人の熱が恋しくなるし、君のその貪欲な性器を慰めて欲しいと思ってしまうんじゃないのかい?」
「俺が?馬鹿いうな…俺は、この身体になるまでは、全然、そんな、興味なんて…」
「大人に、なったんだろ。大人になって性の快楽に目覚めたから、一気にこんな淫らなことになったんだよ。まったく…」
 小馬鹿にしたように肩を竦めながらも、ユベルは己の主人ともいうべき少年から目を離さない。ぐうの音も出ず唇を噛み締めた、その唇を噛んだ感触にさえ興奮してしまい背筋を震わせる憐れな少年。渋々といった様子で己の身体を己で高め続けている。滑稽な独り遊び。そう言い切ってしまうのは容易い。しかし、どうしようもなく茹だる熱に浮かされ、何度も体勢を変えながらひとりで下半身を弄り続ける様は、まるでそういった趣向のアダルトビデオか何かに出ている女優たちのような、エロチシズムの権化であった。不精をして身嗜みを整えることを億劫がらなければ元々整った顔立ちをしている方なのだ、普段は強気に吊り上がっている眦が下げられ、悔しそうにへの字を描く口端から漏れる色艶に塗れた吐息は、見るものの官能を煽ってくれる。幸いにしてユベルは肉体を持たない精霊であり、そういった肉欲的な官能からは解き放たれた存在であったため動じることは無かったが、少なくとも彼の同年代の連中にこの姿は見せられたものではないと密やかに思った。雄と雌と両方の性を備えているということは、つまり雄と雌と両方の欲望を受け入れることの出来る器にもなりかねないということで、ひどい矛盾と醜さが不完全なものたちの欲望をそそることは間違いなかった。少なくとも、情欲に塗れひとり苦しみ続ける彼は、うつくしかった。
「もし僕が実体を持てたのなら、君のどうしようもない淫乱な身体を慰めてあげることも出来たのにねえ…」
 ユベルが呟くのと、彼の女としての性器がこの上なく収縮したのはほぼ同時だった。甲高い声を上げて、男としての性器から白濁が漏れる。喉を反り返らせ身体を硬直させた彼は、一拍を置いた後にぐったりとベッドに沈み込んだ。情けなく崩された足の間からは、透明な液体が滴り落ちていた。



2009.9.21





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