#6 柳さんバースデイと思い出邂逅の巻
「あ、柳さんお帰りなさい!」
「お帰り蓮二。待ちくたびれたよ」
「いつもより遅いなんて珍しいね?」
「蓮二も忙しいのだろう」
「おい、二人目に不審者がいるぞ。貞治、どうしてお前が自然にそこに溶け込んでいるんだ」
持っていた鞄と、上等そうなスーツの上着を置いた柳さんが眉間に皺を寄せて私の隣の貞治さんを見ると、貞治さんは朗らかに笑い眼鏡のブリッジを上げた。
「大事な幼馴染みの誕生日を祝わない奴がどこにいるんだ」
「………そうか」
「蓮二は来てくれなかったけどね」
肩を竦めてお茶を啜る貞治さんに、柳さんは、はぁ、と重く溜息を吐いた。私と大家さんは目の前の和菓子の詰め合わせに夢中になって手を伸ばし、きんつばを頬張った。うーん、やっぱり日吉屋の和菓子はおいしい!と頬を擦ると、大家さんがぐりぐりと人差し指で頬を突ついて来た。
「痛い痛い!何するんですか!」
「幸せそうだからつい」
「もー。乙女の顔に傷を付けるつもりですか!ほら、真田さんからも何か…」
「…む?」
どら焼きを頬張っていた真田さんが顔を上げ、視線を合わせると、口の端に餡子が付いていた。途端に気分が削がれた私は、薄桃色の湯のみに手を伸ばしす。ちょうど良い温度は、猫舌の私にも優しい。
「乙女?はて、どこにいるんだい?」
「ここですよ!ここ!はいはい!」
「ちんちくりんな小娘しか見えないなあ」
「大家さんって私に何か怨みでもあるんですか」
「うそうそ。かわいいね、君は。まるでペットショップのハムスターみたいで」
「それ全く褒めてませんよ」
「はは、ハムスターというより小動物だ。可愛らしいじゃないか」
「貞治さん、だからそれ褒めてませんって」
なでなでとペットを愛でるように頭を撫でて来る貞治さんの手をぺしぺしと叩くと、痛くも痒くもないと笑われた。あぁ、この身長が恨めしい!これでも平均より少し下なだけなはずなのに、周りが大きすぎるから囚われの宇宙人みたいじゃない!
「おい、貞治。止めろ、汚れる」
「えっ!」
「…何だその顔は。貞治の手が汚れると言ったんだ」
「はぁ、そーですかそーですか、そっちですか」
「ふふ。人生は甘く無いね、残念」
「ちょっとときめいた自分が恨めしい」
「へぇ、君はああいう冷たくも守ってくれるタイプが好みなのかい?」
「うーん、どっちかと言うともっと優しい王子様な感じの人が好みです」
「ほう?俺は不服だと」
「乙女をバイキン扱いする人が良いはず無いじゃないですか!」
「確かにそうかもね」
「ふむ、データに追加だな」
「なるほど」
「もうやだこの二人怖い」
お腹が空いているのか黙々と和菓子を口に運ぶ無口な真田さんが一番害が無いと見定めてそっと隣に移動すると、それに気付いた真田さんが、これが美味いぞと薄ピンクの牛皮に包まれた可愛らしいお菓子を渡してくれた。
「わーい!」
「はしゃいでこぼすんじゃないぞ」
「はーい、お父さん」
「…おい、シャレにならない冗談はよせ」
「私が高校生ならお父さんの代わりに真田さんを三者面談に呼びたかったです」
「だから真顔で言わないでくれ!」
ぐい、と湯のみを煽る真田さんに、よっ!良い飲みっぷり!と合いの手を入れつつしみじみと考える。真田さんが三者面談。ベテランの先生でもこの威圧感は滅多にお目にかかれない希少種なんじゃないかと本気で思う。武士。もののふ。真田の名字は伊達じゃない。
「…真田さんも早く結婚出来ると良いですね」
「そうだね、早く孫がみたいな」
「精市、それは飛び過ぎだ」
「おい、同い年のお前達には言われたくは無いぞ」
「ごめんだけど真田、俺は敢えて作らないだけだから」
「そうだぞ、弦一郎。仕事の方が楽しいからな」
「それは一理あるな。俺も研究が楽しくて婚期を逃してるよ」
「真田も昔は可愛かったのに」
「…だな」
「おい!しみじみと言うな!」
「真田さんの小さい頃?」
「あぁ、そうだ」
「確か納屋にアルバムが置いてあるよ。取って来ようか」
「それは楽しみだな。蓮二の幼い頃は知っているが真田の幼少期は実に興味深い」
くい、と眼鏡を上げる貞治さんに首を傾げると、あぁ、と思い出したように柳さんが頷いた。
「俺と貞治は小学生の頃からの幼馴染みなんだ」
「そうそう」
「へー、柳さんにも幼馴染みの人が居たんですね」
「…ということはお前もか?」
「あ、はい。一応……たぶん…」
「煮え切らない答えだね」
「お前が一方的に思っているだけなんじゃないか?」
「う、」
痛い所を突かれて思わず俯きながら、むぐむぐと口を動かした。
そう、私には二人の幼馴染みのお兄ちゃんがいる。でも二人ともとっても仲良しというより、一人が一人に只ならぬほどの愛を注いでいる。それはもう清々しいくらいに。だから一人の方と仲良くしてると必ずと言っていい程もう一人の怖い幼馴染みが、私達の邪魔をするわ脅すわ睨むわで、私はあの人に本気で嫌われてるんじゃないかと一時期悩み過ぎて隈が出来た記憶がある。
今でも二人は仲良くデザイナーとスタイリストという関係でお仕事をしてるらしい。そういえば、高校生の時に私の作品を見て、二人の間で育ったセンスもあるかもね、と美術の先生が言っていて嬉しくなったものだ。それくらい、私は二人が好き、である。
今はもう、そんな思い出すらも苦いけれど。
「ほら、持って来たよ」
ぼんやりと回想していると、分厚い、年季の入ったアルバムを軽々と抱きかかえている大家さんが談話室に帰って来た。ドン、と重厚な音がして少し腰が浮いた。試しに一番近いアルバムをめくると、仄かに古い本の香りがした。
「…りっかいふぞくちゅうがく、体育祭?」
「あ、それ中学の時のだ。多分3年生だね」
「………あれ、ここに先生が紛れてますけど」
「………………それは俺だ」
「…え?」
「これで中学生?…とお前は言う」
「まぁ言いたくなる気持ちも分かるけどね」
「あ、この人は柳さんですか?」
「あぁ。そうだ」
「この人が大家さ…あれ?」
「ん?」
「顔、あんまり変わってないですね…」
「そりゃそうでしょ。俺の顔が変わったら怖いよ」
「いや、そうじゃなくて、歳取ってないっていうか」
「フフフ」
「…確かに…怖いな」
「今頃気付いたのか貞治」
「こっちは…小学生?」
「ぶぶー。中1だね、これは」
「へー……真田さん、どうしたんですか」
「何がだ」
「…いえ」
「どうしてそんなに老けたのか聞かなくていいの?」
「あああ!ちょっと大家さん変な事言わないで下さいよおおお!」
「彼女が図星だった確率…100%」
「だな」
「もうほんと二人とも怖いですね」
ぺらぺらと捲りながら、目を凝らしてみるも、中一の写真に柳さんが一枚も無い。どうして?と首を傾げると、大家さんがそれに気付いて同じように首を傾げた。
「柳さん居ませんね」
「えー、居るよ」
「あぁ、俺は…これだ」
す、と柳さんの長い指を辿った先には、そっぽを向く真田さんと笑顔の大家さんに挟まれて微笑むおかっぱの美少…
「…男?」
「頭でも打ったか」
「あぁ、おかっぱ蓮二」
「確かに女子のようだな」
「おい弦一郎、口には気をつけろ」
「といいつつシスコンだった蓮二がお姉さんを慕ってもごもご」
「口には気をつけろ」
ハンカチを手に挟んで貞治さんの口を押さえる柳さんの目が殺気に満ちていたのでそっと視線を逸らしてアルバムのページを捲った。中高大と入学式と卒業式が続いて行く中で、三人並んだ写真は変わらない。そんな関係に、いいなぁ、と羨ましく思いつつも、そういえばなんだかんだ自分の写真も、小学生の入学式に学ランや、中学の卒業式にスーツを着た幼馴染みのお兄ちゃん二人に挟まれてるのが多かった気がする。
「思い出っていいですね」
「年長者みたいになってるよ」
「もしかして真田の老け菌が乗り移った?」
「おい精市、やめてやれ。弦一郎が涙目だ」
「ま、思い出なんていくらでも作っていけばいいんだよ。今からも、ね」
と言ってするりと大家さんが出したカメラに、首を傾げた。なんか見た事があるような…。年季の入ったシルバーに無意識に視線が吸い込まれる。
そのカメラを大家さんは貞治さんに渡し、貞治さんもこくりと頷いてみせた。
「じゃ、乾頼むよ」
「あぁ、いつでもいいぞ」
カメラを構えた貞治さんを新鮮だなぁとぼんやりと眺めていると、ぐい、と大家さんに腕を引かれ、座敷の段差のところに強引に座らされた。
「じゃ、主役の蓮二が真ん中で、君が隣。で、俺と真田が挟むっと」
「っわあ!大家さんそんなに押さないで下さいよ!」
「いいじゃん、寄らなきゃ見きれちゃうよ。ほら、真田も」
「あ、あぁ…」
「おい、大丈夫か?潰れそうだが」
「おおおしくらまんじゅう…」
「…フッ、こうすればいいさ」
ハイチーズ、の貞治さんの声と柳さんの声が重なったかと思いきや、ぐん、と柳さんとの距離が縮まって、ぴっとりと抱きしめられるような形でシャッターが切られた。その距離に目を丸くしていると、するりと柳さんは抜け出し、背中にあった大家さんの圧迫感も空気のように消えた。ただ、未だに驚いている私を残して。
「え、え?え?」
「はい撮影しゅうりょーう。じゃ、蓮二、改めて誕生日おめでとう」
「あぁ、ありがとう」
「ケーキは明日だそうだ。丸井がどうしても外せない用があるらしい」
「気を遣わなくてもいいのだが、嬉しいな」
「幸村くん、これを不二に渡せばいいのかい?」
「そう、頼むね」
「…おい、いつまでそのマヌケ面でいるつもりだ?」
「え、と、」
「…フッ。俺に何か言う事は無いのか?」
その言葉にハッとして顔を上げると、いつものように笑みを浮かべた柳さんが目に映った。これが大人の余裕ってやつか、と思いながらも早る心臓を押さえながら口を開いた。
「誕生日、おめでとうございます!」
「あぁ、ありがとう」
後日
「ほー、楽しそうな事しとったんじゃのう」
「私も夜勤でなければ混ざりたかったですね」
「なんつーか、兄貴柳と父親真田と母親幸村くんみたいだな」
「ま、何はともあれ、柳さん誕生日おめでとうっス!」
ピロリロリーン
「ユウくーん、メールみたいやで」
「んー…って仁王か。なんやあの不健康モデル、ついに体でも…」
「ん?どないしたん?」
「ななななんやて!?」
「ちょっと、煩いわぁ、ユウ君。どないしたん?」
「こここ、これ…!」
「んー…?あら!良い男じゃないのー!あの子もやるわねぇ」
「ゆ、ゆゆゆ許さんで!こんな男!」
「なんやのユウ君、自分より男前やからって妬かんの」
「あかん!あかんで!お兄ちゃんは許さんで!!!」
「誰がお兄ちゃんやの。それにしても、楽しそうな顔するようになったんやなぁ」
「あああ…あかん…あかんで…」
「はいはい、仕事戻るで」
Happy Birth Day Renji!
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