#14 リベンジバレンタインデー
今日は年に一度の佐和山荘が幸せな甘い香りに包まれる日である。
→大家さんの場合
「えっ」
「……えっ?」
「市販なの?まさかの?」
「文句あるんですか?心配しなくても美味しいですよ、ここのチョコ」
朝から面倒な人に捕まったなと思いながら手元の紙袋を覗くと、綺麗にラッピングされた人数分のチョコレートが並んでいた。去年は見栄を張って高いのを買ってしまったから、今年は少しプライスダウン。けれども甘いもの(洋菓子だけ)に煩い観月君を連れ回して選んだこのチョコは、価格のわりにとても美味しい物だったから安心して欲しい。しかし、大家さんは不服そうに頬を膨らませ、プイ、とそっぽを向いてしまった。
「何が気に食わないんですか?」
「一年経って、君との仲が深まったと思っていたのは俺だけだったんだね」
「だからこそ、少しでも美味しい物をって思ったんですけど」
「分かって無いね、君は。愛情の籠った手作りが一番嬉しいに決まってるだろ?」
味なんて二の次だよ。
ドヤ顔でそう言いつつ、紙袋を覗き込んで、臙脂色のリボンがついた一番大きい箱を取っていく大家さんはちゃっかりしている。どうせこの後も町内を無意味に散歩してお姉様やおば様、はたまた小学生や中学生からもチョコを巻き上げる予定のくせに。ケーキ屋さんの前を偶然通りかかったフリをして可愛いパティシエのお姉さんに美味しいフォンダンショコラを貰おうとしているのも丸っと全部お見通しだ!
まぁでも、お世話になっているから来年こそは美味しいチョコケーキの作り方を観月君に習って作ってみるのも良いかもしれない。
→真田さんと柳さんの場合
「……なんですかその手は」
「お前がチョコレートを渡しに来る確率は98%だった」
「……残りの2%は」
「世の中には聞かない方が良い事もあるさ」
コーヒーを片手にリビングで朝のニュースを見ていた柳さんは、スーツ姿のまま静かに微笑んだ。何その笑顔こわっ!と思いながら緑のリボンが付いたチョコレートを差し出すと、彼は箱をトントン、と軽く指で叩き、ふむ、と顎に手をあてた。
「今流行りの惑星の形をしたチョコレートか」
「えっ!」
「地球と…あとは木星と金星か。綺麗だな」
そこまで言い当てた柳さんが怖くて、ソファに座って新聞を読んでた真田さんに急いで近寄り、盾にすると、真田さんは何だ、と言って新聞から顔を上げた。
「そこまで怯える事はないだろう?」
「真田さん!柳さんが透視してくる!スケスケだぜぇ!って!」
「阿呆か。いくら蓮二でもそんな事出来るわけ……ないだろう」
「どうして吃るんですか真田さん」
「……気のせいだ」
ごほん、と咳払いをした真田さんがもう一度新聞に視線を落とそうとし、慌ててそれを遮って紺色のリボンが付いた箱を渡すと、真田さんは目を数回瞬き、訝しげに包みを見た。
「どうした?」
「どうしたって、今日はバレンタインデーですよ真田さん」
「あ、あぁ。そういえばそうだったな」
「弦一郎が忘れていた確率100%だな。因にお前のチョコレートはウィスキーボンボンとみた。入っている数は……8個か。ふむ、種類も色々あるようだな」
「ひっ!」
「あ、おい!待て!」
ズバズバと言い当てる柳さんに恐怖を感じ、真田さんの静止も聞かずに紙袋を持って思わず逃げた。その後ろで更に怖い話しがされているとも知らずに。
「蓮二……お前まさか……」
「勘違いするな弦一郎。あいつがチョコのパンフレットに付箋をしているのを見ただけだ。俺の名前が書かれた付箋と、お前の名前が書かれた付箋がそれぞれのチョコの隣に貼ってあった」
「……だが、惑星の種類まで分かるものなのか?確かあれは一つ売り……」
「……お前のようなカンの良い奴は嫌いだよ、弦一郎」
→切原さんと柳生さんの場合
「俺一番でっけーのな!」
「切原君、厚かましいですよ」
「って言いつつ柳生さんもそっと手を伸ばしてくるんですね」
「紳士ですから」
「いやいや意味分かんないですって」
切原さんには黄色のリボンのものを、柳生さんにはワイン色のリボンのものを差し出すと、お礼を言って仕舞う柳生さんとは反対に、切原さんはその場で包装をばりばりと乱暴に解いてしまった。
「切原君……」
「私は別に構いませんよ柳生さん。慣れてますから」
「それは慣れるものですか…?」
「何だコレ?」
「おや、変わった形ですね」
「切原さんのは工具型チョコです。可愛いでしょう?」
神戸かどこかのチョコレート屋さんのチョコらしいそれは、遊び心が詰まっていて一目見て気に入った。観月君は正統派なものが好きらしく、苦い顔をしていたけど、こういうのもバレンタインデーには必要だと思う。
「へー、こんなんあるんだな……ネジ締めれんのか?」
「無理です」
「えっ」
「無理です」
「んだよー!食うだけかよ!」
「文句あるんですか!」
つい大きな声で返すと、切原さんはけろりとした顔で、ふるふると首を横に振った。
「いや、全然無い。サンキューな!写メ撮って鳳達に見せびらかしてやろ〜っと、柳生さんは何貰ったんスか?」
「今開けろという事ですか?」
「別に私は構いませんよ」
「そうですか。では……」
切原さんとは違い、丁寧に包装が剥がされ、包みも綺麗に角を揃えて折り畳まれた。性格ってこういう所に出るんだなぁ、と感心していると、柳生さんが、おや、と不思議そうに首を捻って、現れた箱を持ち上げた。
「辞典、ですか」
「へー、箱になってんの?」
「そうですよー。中にチョコが入ってるんです」
「それはそれは…チョコを食べた後も何かを入れておけますね。ありがとうございます」
「いえいえ。喜んでもらえて何よりです」
今までで一番良い反応をしてくれた二人に見送られ、最後の難関である丸井さん(職業柄舌が肥えてる)と仁王さん(自他ともに認める甘いもの嫌い。ただし日吉屋の和菓子は除く)の元へいざ、と勇ましく一歩を踏み出した。
因にジャッカルさんは先週からフライトでどこかへ行ってしまったので、その前に帝国ホテルのスタンダードなチョコレートを渡しておいた。とても喜んでくれて、私も嬉しかった。
→丸井さんと仁王さんの場合
「俺はいらんけぇ、自分で食べんしゃい」
「まだ何も言ってないんですけど」
「じゃあ俺仁王の分ももーらいっ」
「あっ!丸井さん!ダメですって!」
「オレンジのリボンと、白いリボンか。俺はオレンジだろぃ?で、仁王が白か」
「いらんぞ。甘いもんは嫌いじゃ」
鼻歌混じりで包装を解く丸井さんと、じっとりと箱を睨みつける仁王さんはとても対照的だ。はぁ、と一つ溜息を零し、昨年受け取って貰えずに自室でバリバリと泣きそうになりながら食べたチョコの味を思い出した。
あれは最悪だった。越して来て2ヶ月くらいしか経っていなかった私は、仁王さんが一番苦手で仕方が無かった。少し怖かったけれど、日頃お世話になっているお礼も兼ねて勇気を出して送ったチョコを、仁王さんは「いらん」と真顔で言い放ち、私に突き返した。後から彼が甘い物が苦手だということを知ったけれど、あの日は本当に落ち込んで、食べているチョコも心無しか苦かった。
去年のリベンジも込めて選びに選び抜いたチョコを、もう一度仁王さんに差し出すと、目を細めて思い切り嫌そうな顔をされた。
「いらんって言っちょる」
「開けてみるだけ開けてみて下さいよ」
「……去年は泣きそうな顔であっさり引き下がったくせに、今年は強気じゃのう」
「自信がありますから」
ドヤ顔で差し出すと、目を丸くした仁王さんが渋々といった感じで受け取った。包みを解いている間、早速食べ始めた丸井さんの方へ視線を向けると、丸井さんは目を閉じてチョコを咀嚼しながら、なるほどなー、と呟いたり断面を見たり、コーティングされたチョコを少し擦ってみたりしていた。
「これ美味ぇな。デパートの?」
「COVAですよ。ロゴ見て下さい。観月君が煩く勧めてくるからこれにしたんです」
「……高級品」
「……一番高いんですから。ホワイトデーのお菓子楽しみにしてますよ」
「……おう。まかせとけ」
一口で食べていた丸井さんが、味わうように食べ始めて少し笑ってしまった。仁王さんは包みから出て来た木箱を不思議そうに眺め、コンコンとノックするように叩いた。かたん、と蓋が外れ、壊れ物でも扱うかのようにそっとそれを取り払った仁王さんが、中身を見ながら目を瞬いた。
「……抹茶か?」
「そうですよ。日吉屋の抹茶生チョコレートです。期間限定で毎年売ってるそうですよ。はじめはこんぺいとうでも買おうかなと思っていたんですが、これなら甘過ぎないし、仁王さんも食べれるかなって」
「へ〜良かったじゃねーか仁王。お前あそこの菓子は好きだもんな!」
「……あんがとさん」
「いえいえ!」
全員に渡し終え、空になった紙袋を見てにんまりと笑った。今日一日はチョコの幸せな匂いがこのアパートを包み込むのだろう。
→その他
@日吉屋
「これ何ですか?」
「……チョコレイトです。抹茶味の」
「へぇ…じゃあこれ一つ下さい!あ、リボンは……」
「白と紺、あとは緑です」
「あ、じゃあ白で!」
「……バレンタイン用ですか?」
「はい。あ、でもこれはリベンジ戦です。絶対に食べて貰うんです、今年こそ!」
「はぁ…?まぁ、頑張って下さい。(振られてもめげないのか…能天気そうに見えて下剋上精神の強い人なんだな)」
「あ、ありがとうございます。(何だろ、急に視線が生暖かくなったような……)」
@学校
「はい、不二先生」
「……生徒からの贈り物は貰わない事にしてるんだけど」
「って言いつつちゃんと懐にしまい込むんですね」
「フフッ、まぁね。で、今年は?」
「くまさんの型のチョコですよ。可愛いんです、これが」
「そうなんだ。楽しみにしておくよ」
「いえ。あ、お返しは……その……」
「賄賂は受け取れないなぁ」
「えっ!いや、そういうことじゃ…!」
「冗談だよ。お返しはいつもので良いかい?」
「はい!やった!不二先生のお姉さんのパイ、美味しいんですよね〜」
「フフッ、伝えておくよ」
@バイト先
「はい、ジローちゃん店長」
「俺にもくれるの?まじまじ嬉Cー!」
「えっーと、はい、桃城君」
「やりぃ!サンキューな!」
「いえいえ。これは海堂く……っていないの?」
「あー、そういやバターが切れたとかで買い出しに行ったぜ?もうすぐ帰って来るんじゃねーか?」
「あ、そうなんだ。じゃあキッチンのとこに置いとくか……」
「はいはいはいはい!俺にもちょうだい!」
「キヨ君うるさい。ほら、どーぞ」
「うーん、ラッキー!」
「はいはい。で、これは財前君で、こっちは観月君ね」
「……へぇ、和菓子屋のチョコか。あずき味ってまたけったいやなぁ」
「美味しいから大丈夫。味は保証するよ」
「ちょっと、溶けかけているじゃないですか。あれほど保管の温度には気をつけるように言ったでしょう?それに包装の角にも擦れた跡が付いていますしもう少し丁寧に扱」
「あーもーうるさいうるさーい!ハッピーバレンタイン!」
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