(仮)佐和山荘の人々 | ナノ


#7 雨の日の七夕
(七夕限定拍手でした!)


「さーさーのーはーさーらさらー」
「のーきーばーにーゆーれーるー」
「おーほしさーまーきーらきらー」
「きーんーぎーんーすーなーごー」
「…雨、やみませんね」
「だね。ほーんと天気も空気読んで欲しいよね」

 あと大家さんの機嫌も読んで欲しい、と内心で思ったのは秘密だ。
 大家さんは縁側の軒に数個のてるてる坊主を掛け、はぁ、と溜息をこぼしながら笹の葉を撫でた。
 縁側に横たえられたこの立派な笹の木は、商店街で八百屋さんのおばさんに真田さんが貰ったものらしい。精悍な顔つきがおばさま方に地味に人気な真田さんが陰でマダムキラーと呼ばれている事を本人は知らないし、きっとこの先も知らない方が良いと思う。呼んでいるのは大家さんだけど。

「折角こんな立派な笹があるし、って短冊まで用意したのに」
「そう言えば大家さん、願い事書いたんですか?」
「うーん、まだ。いっぱいあるし、願い事。でも頑張れば自分でも叶えられそうなものばかりだし、どうせ神頼みするなら世界征服とか書いてみた…って冗談だよ」
「あ、良かった」
「まぁ俺がその気になればきっと出来るとおもうよ、世界征服」
「…夢が大きいですね」
「だから冗談だって。そんな呆れた顔しないでよ、いたたまれなくなるから」

 そうして自然と静寂が訪れ、縁側で二人並んで腰掛けながら、前の紫陽花をぼんやりと見つめる。花や葉に強く雨が打たれても、さらりと受け流す紫陽花は強い花だなぁ、と感心していると、大家さんが重く溜息を吐いた。

「こんな雨だと星が見えないだろうね」
「あぁ、確かに…」
「彦星と織姫が会えなかったらどうするんだよ、って思うよ」
「はは、確かに…え?」
「え?」
「…いえ」
「あ、今、このおっさん良い歳して何言ってんだよ。って思ったでしょ?」
「えっ?」
「まじで思ってたの?酷く無いかい?それ」

 うわ、面倒な事になって来た…と辺りを素早く見回すと、廊下の奥から見慣れたもじゃもじゃ頭が見えた。湿気のせいで普段の25パーセント増量な髪に笑いを堪えながら、そっと手を挙げて口を開いた。

「あ!切原さん、おはようございます」

 隣で盛大な舌打ちが聞こえたけど、ここで気にしたら負けだ。乙女思考な良い歳したおじさんの機嫌をこれ以上損ねたら大変な事になる。すると、私達に気付いた切原さんは、目を擦りながら大きな欠伸を漏らした。

「ふぁあ…うーっす…」
「赤也ってばまだ寝てたのかい?」
「昨日夜中まで採点してて…ん?笹っスか?」
「そうそう。真田が貰って来たんだよ、八百屋で」
「へーそうなんスか…え?八百屋?」
「まぁ細かい所突っ込んじゃダメですよ」
「そうだよ」
「そう…っスか…」

 腑に落ちない表情をしながら、切原さんも縁側に腰を下ろした。
 今日は七夕だからと丸井さんが朝からちらし寿司やらケーキやらを作って仕事へ行ってしまった。柳さんはいつも通りお仕事へ、仁王さんもCM撮影で、柳生さんは午後出勤で、真田さんは言わずもがな。そして今ここに残るのは暇な私と謎なニートの大家さんと土曜日はお休みの切原さんだけだ。

「さっき何話してたんスか?」

 やっと頭が覚醒してきた切原さんが余計な事を言い出し、私はすっと顔を背け、大家さんは聞いてくれるかい?とやたらと乗り気な様子で口を開いた。

「こんな雨だと織姫と彦星が会えないね、って心配してたら、この子ったら馬鹿にした目で俺の事見たんだよ?信じられる?」
「見てませんってばー!大家さんの被害妄想ですよ、それ!」
「絶対見てた!」
「?何で会えないんスか?」
「え?雨だと二人は会えないって言い伝えじゃなかったかい?」
「そうなんスか?俺は七夕の日の雨は織姫が彦星との再会が嬉しくて、ついうれし涙を流してて降るものだってばあちゃんに教わりましたよ」
「そうなんですか?」
「うん。で、その涙が穢れを洗い流してくれるんだ、ってばあちゃんが言ってたんだよなぁ」

 思い出すように柔らかく微笑んだ切原さんが、そう言って照れくさそうに鼻の下を擦った。大家さんは感心したように、へぇ、と言って頷き、立ち上がっててるてる坊主を回収し出した。

「大家さん?」
「もう雨でもいいや。うれし涙なら、ね」

 そう言って大家さんはにこにこと機嫌が直ったのか、鼻歌まで歌い出した。もちろん曲は七夕のあの歌で、私と切原さんもつられて口ずさみながら、短冊に願い事を書いて、あの大きな笹にそっと吊るした。


「なになに…『WiiUが欲しいです 赤也』…だと?良い大人がこのような子供じみた願い事を書くとは…全く、たるんどる!」
「そういう弦一郎こそ『おじいさんの体調が良くなりますように』じゃないか。フッ、微笑ましいな」
「参謀は…『新しいパソコンが経費で落ちますように』…?あぁ、そういえば寝ぼけてコーヒーぶちまけたって言っとったのう」
「『柳生の小言が無くなりますように』ってこれ何ですか仁王君。って、あ、こら待ちたまえ!」
「えーっとなになに…『玉木宏似の彼氏が出来ますように…』ってなんだよぃ、この難易度高そうなお願いは…」
「『皆さんが幸せでありますように』…なんか良い人のテンプレみたいなお願いですね…。流石、紳士な先生ってナースさんに噂されてるだけあるなぁ」
「『たらふく美味いもんが食えますよーに!』…はは、これ以上太ったら昨日見た千と千尋に出て来た豚みたいになるんじゃないかい?」

「幸村さんは結局何を書いたんだろうなっと…えっとなになに……『来年も皆が変わらず健康で、また楽しく七夕を過ごせますように』…か。………ふ、ふん!別に感動して泣いてなんてねーんだからな!……ぐすっ」



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