3万御礼企画 | ナノ



 あたしの彼はとっても心配性です。それはもう、逆にこちらが心配したくなるくらい重度のもので、よくもまぁそんな性格で疲れないなと思います。毎日飽きもせずわざわざ高等部から中等部へやって来て、今日のお昼はどこで食べようだとか、今日は部活が何時までだからどこかへ寄ろうだとか、この本が面白かったとか、今日は降水確率が20%だから念のため雨傘を持てだとか、メールで済むような事も対面して話さないと気が済まないらしく、それならスカイプでも繋ぎましょうよ、と提案してみても、彼は渋い顔をして聞かないフリをするのです。はじめのうちこそ、そんな彼を見かけに寄らず可愛い人だなとくすぐったい気持ちになって愛おしく感じてた時期もありましたが、最近は少し面倒になってきました。口には出さないけど。

「なまえ、寒くは無いか?」
「大丈夫です」
「そうか。だが、昨日よりも最高気温、最低気温共に2度ほど下がっているからな。体を冷やさないよう用心するように」

 今日も今日とて渡り廊下を使って中等部へとやってきたあたしの彼氏こと柳蓮二さんは得意気に微笑みながらカイロを八つ渡して来た。ノーマルの貼らないタイプが三つ、貼るタイプが三つ、靴下に貼るタイプが両足セットで一つ、あとミニカイロが一つ。どんだけ貼ればええねん。あほか。そう内心でツッコミを入れるけれど、顔には出さない。にっこりと笑みを浮かべて、ありがとうございます、と受け取ると、柳さんは「いや、これくらいどうってことないさ」と言って顔を仄かに赤らめてはにかんだ。こういう所は可愛いんだけどなぁ、と去って行く背に手を振りながら思ったけれど、彼の後ろ姿が消え、視線を元に戻すと、手にはたんまりと積まれたカイロ。それを見て一気に現実に引き戻された。

「……またか?」
「……まただよ、切原ブチョー」
「からかうなっつの」
「柳さんって、さぁ」
「ん?」
「あたしがしっかりしてないから、こういうことしたがるのかな」

 柳さんから見ればあたしは何の取り柄も無く、どちらかと言うとどんくさいし、成績も芳しく無いし、世話の掛かる妹のように見られていても仕方が無いと思ってしまう。そこからあたしの思考は良く無い方へ転がり落ち、最近では世話を焼けるようなどんくさい女なら誰でも良いんじゃないかと疑い始めた。

「あたしじゃ無くても、世話の掛かるような女なら誰でも良いのかな」
「……さぁ?」
「そこは否定しなさいよバカ」
「だって俺は柳さんじゃねーし。でもまぁ、俺は愛が無いとわざわざ高等部からこっちの教室まで来れねーけどなぁ。つか俺はバカじゃねぇ!」

 それは切原がズボラだからだよ。そう思ったけれど口には出さなかった。何だかもう、何もかも面倒で仕方が無かった。苛々する。ポケットの中にあった黄色のあめ玉を口に入れて、奥歯で噛んだ。ざりざりと不快な舌触り。甘ったるい匂い。アメと一緒にこの気持ちも溶けて消えてしまえば良いのに。柳さんがくれたこの甘いアメと一緒に、彼へ募る不安が跡形も無く消えてくれればいいのに。



「なまえ?具合でも悪いのか?」
「……ちょっと食欲が無いだけです」
「ちょっとどころじゃ無いだろう?半分も残して……。あぁ、そうだ。飲み物なら飲めるか?何か甘い物を買って来よう。あと購買にゼリーがあったはずだから、それも買って来よう。少し待っていてくれないか?直ぐに買って……なまえ?」

 無意識に、椅子から立ち上がろうとしていた柳さんのブレザーの裾を握っていた。柳さんはあたしの顔と手を交互に見た後、静かに浮かせていた腰を下ろして顔を覗き込んだ。綺麗な深い色をした瞳に見つめられ、息を飲む。喉の奥までせり上がったこの感情の持て余し方が、今のあたしには分からない。

「どうした?」
「……柳さんは」
「うん?」
「……あたしのこと、好き?」

 バカな女みたいな台詞だった。こんな事言いたいわけじゃないのに。彼からの愛情は、痛い程伝わって来るのに。それなのに、どうして確認しないとこんなにも不安になってしまうのだろう。
 ぽたぽたと伝い、止まりそうに無い涙を拭おうと手を伸ばすと、彼の手に遮られた。顎を持ち上げられ目を閉じた。溢れる涙を拭き取るように、柔らかい布が目の縁を優しく押さえた。壊れ物でも扱うようなその挙措に、不思議と涙は止まっていた。
 今さらながら恥ずかしくなって、視線を彷徨わせていると、柳さんがゆっくりと手を離し、その、と言い難そうにささめいた。

「……好きだ」
「……ほんと?」
「あぁ、本当だ。不安にさせないように、していたつもりなのだが、その、すまない」

 口に出すのは、どうも照れくさいんだ。
 そう言った柳さんの耳は皮膚が薄くなり血管が透け出したように赤かった。
 たまらない愛おしさが込み上げて思い切り抱きついた。いきなりの事に驚いたのか、少しだけ動きを止めた柳さんに頬が緩む。ぎこちなく頭を撫でられ、その心地良さに目を細めた。
 
 幸せ。
 そう呟いたあたしに答えるように、柳さんは小さく笑った。

猫舌のきみだから