3万御礼企画 | ナノ



 私の幼なじみは部屋に足を踏み入れるなり、我が物顔で部屋にあるストーブ、電気カーペット、エアコン、炬燵などの暖房器具のスイッチを入れ、ベットから剥いだ毛布で体を包み、「あー寒ぃ寒ぃ」と言いながら慣れた動作で私の部屋のテレビを付けた。ただし奴の服装は春服も良い所。なにその七部袖。しかも薄っぺらい素材。そんな格好でジャンパーも着て来ないなんて!と頭にきながら黙って電気代が嵩む電気ストーブとと電気カーペットのスイッチを手早く切ると、岳人はテレビに向けていた顔を素早く私の方へ向けた。

「なにすんだよなまえ!こんな寒いのに暖房切るか普通。お前本当にバカじゃねーの」
「そっちこそ何よ。そんな薄着だから寒いんでしょ」
「はぁ?部屋ん中居るんだからこれくらい普通だろ!」
「あんた外でもその格好だったじゃない!」
「ばっか!家が隣なんだから外に出たのなんか一瞬だろ!」
「部屋でも寒いならなんか着込んで来なさいよ。大体まだ春にもなってないのに何その格好。風邪引くの分かんないの?そっちこそバカなの?」
「ってめぇ!もう一回言ってみろ!」
「ばーかばーか。岳人のばーか!」
「このっ……!本当に言う奴がいるかバカ!」
「岳人もバカって言ったじゃない!私の方が成績良いのに!」
「んな変わんねーよ!」
「赤点か赤点じゃないかの境目は大きいのよ赤点岳人くん」
「2点しか変わんねーだろ!」

 私のファンシーなやわらかふわふわクリーム色の毛布を着たまま息を荒くした岳人は言っちゃ悪いけど鶏みたいだった。頭から毛布を被って包まっていて、前髪だけ赤いから鶏冠に見えなくも……いや見えないか。もともと小柄なせいで毛布も頭からつま先までしっかりと足りてしまっている。結構絵面的に間抜けだけど、本人は全く気付いていないご様子。
 岳人は目を細めて私の頭からつま先まで見た後、顔を顰めて毛布の中で腕を擦った。

「大体、なまえの格好のが暑苦しいっての。なんだよそのケツの丈まであるセーター」
「お尻隠せるからスタイル誤摩化せるから丁度良いの!しかも温かいし。っていうかセクハラだよその発言」
「はぁ?お前にセクハラする気なんてねーから。つかしねーから。やるならもっと可愛い子にするっての」
「はぁ?何よもう一回言ってみなさいよこのブチャラティ!」
「このカットはブチャラティカットじゃねぇ!」
「黒髪だとブチャラティみたいって苛められるから赤にしたんでしょ?私知ってるよ?泣きながらブリーチして染めたこと……」
「過去を勝手に捏造すんな!いい加減にしろよバカ!」
「あ!またバカって言った!ひどい!」
「あーはいはい、ごめんごめん」

 突然白い毛布を割ってぬっと伸ばされた手が私の頭の上に落ち着いた。あやすように数度撫でられ、身を捩って嫌がるけれど、十数年側に居た彼には照れているだけだと分かっているのだろう、視線は生温い上に口角が上がっている。腹が立つ、と思いながらも少し嬉しい私は大分頭がやられている気がする。暑いから仕方が無い、と責任を他所へ押し付けて、なんとかこの空気から逃がれようと視線を彷徨わせていると、彼が持って来た白いビニール袋がチラリと視界の端へと現れた。

「あっ!」
「んだよ急にでかい声出して」
「それ」
「それ?」
「袋。あんた家から何か持ってきてなかった?」
「はぁ?そんなも……あっ!」

 岳人は急に大きな声を出して立ち上がり、あんなに大事そうにくるまっていたはずの毛布をあっさりと脱ぎ捨てた。ばさりと落ちて来た白い毛布が私の視界を覆い、わっぷ、と埋もれていると、外からぎゃあ!と情けない叫ぶ声が聞こえた。

「何よ煩いなぁ」
「あー……もうだめだ。これはだめだ」
「はぁ?」
「忘れてたわけじゃねーんだよ。なんつーか、その、な?うっかりっつーか、ぼやっとしてたっつーか、寒くてそれどころじゃなかったっていうか」
「だから何が」
「……これ、なんだけどよ」

 バツが悪そうに突き出された白い袋はガサガサと音を立てた。なに、と中を覗くと、お高いと有名なアイスのカップが汗をかきながら二つ並んでいた。しかも最近発売した、CMを見てずっと食べたいと思っていた新フレーバー。カップの水滴は袋にも付いていて、プラスチックスプーンが入った袋が白いビニールに磔られたキリストのように張り付いている。

「……何やってんの」
「……すまんなぁ」
「何それ」
「侑士の真似」
「反省する気皆無なわけ?アーン?」
「似てねぇぞなまえ」
「そっちこそ似てないわよ岳人」
「るせぇよ。まぁ、あれだ。ちょっと溶けたくらいが美味しいって柴咲コウも言ってただろ?」
「ちょっとどころじゃないけどね」
「揚げ足取るなよ可愛くねぇな。折角お前が食べたいっつーから買って来たのに」
「えっ」

 驚いて顔を上げると、もっと驚いた顔をした岳人が、何でもねぇよと私の頭を叩いた。視線が岳人から白い袋へと戻され、底で寄り添い合うアイスはさっきよりも汗をかいているのが見えた。やっぱり暑いよね、とアイスの気持ちになって思っていると、岳人がのそりと動いてストーブの前へと座り込んだ。いつの間にか毛布を仲間にしていた彼の背中はもこもことしていて柔らかそうだった。

「……あー、寒ぃなやっぱ。暖房付けるぞ」
「それはダメ」
「んだよ!風邪引くだろ!」
「そう思うならもっと厚着しなさいよ!」
「俺は部屋ではなるべく身を軽くしておきてーんだよ!」
「もしこのマンションが崩れたらそのまま避難しないとダメなんだよ?寒い格好してたら凍え死ぬよ岳人」
「んじゃあその時は厚着してるお前にくっつくからよろしくな」
「……何それ。解決してないし」
「俺の中では解決したから良いんだよ、バカなまえ」
「一人で納得しないでよバカ岳人。ってか本当に暑いって」
「ちょっと暑い中で食べるアイスが最高なんだよ、なまえは分かってねーなぁ」
「分かりたくもないよそんな不経済な事」
「可愛くねぇ」
「……可愛く無くて悪かったわね」
「拗ねんなって。外見の事は言ってねーだろ」
「……ちょっとどさくさに紛れてスイッチ入れないでよ!」
「ちっ、バレたか……あっ、切るなっつの!」
「ちょっとそっちのリモコンで何やって……あ!エアコンの設定温度28度って何これ」
「普通だろ、普通。つかこれでも寒いって。電気カーペットもスイッチ入れてっと」
「はい今岳人のせいで地球温暖化が進んだー。ホッキョクグマが泣いてるよ。住処の氷が溶けていくって」
「はぁ?んじゃあこのアイスやるから泣き止めよって言えば良いのか?」
「そこはスイッチ入れるの止めなよ」

バニラアイスはけたけど

 どうにも終わらない堂々巡りな暖房合戦は、溶けてドロドロになってしまったアイスだけが見ていた。