暗闇の中で浮かぶ白い骨にそっと唇を寄せて指先で皮膚をなぞる。呼吸を繰り返す彼の背中は生暖かい。目を閉じて彼の骨を一つずつ、丁寧になぞりながら数えていく。一つ、二つ、三つ、と通り過ぎようとして、少しだけ寄り道をしたくなった。静かに右に指を滑らすと、羽の名残が指先に触れる。丁寧に曲線をなぞって、目を細める。きれいなかたち。舌を出してちろりと舐めるけれど、甘い味なんてするはずもなく、微かな汗の味がした。生々しいけれど、愛おしい味。それを堪能した私は、今度は前歯で曲線の端を甘く噛んでみた。羽の名残を包む心許ない薄い皮に、小さな歯型が不格好に付いた、気がした。
「おい。何をするんだ、なまえ」
くぐもった不機嫌そうな声が聞こえ、愛しい骨達は舞台裏へ消えていった。蓮二は溜息を吐き、肩に腕を回して私を引き寄せた。怒っているのだろうか。ぼんやりと浮かび上がる彼の端正な顔の輪郭を眺めていると、ひやりとした鋭利な視線が頬を掠めた。唖然として手を頬にやるけれど、血は出ていない。その事に少しだけほっとすると、今度は彼の髪が頬を掠めた。同じシャンプーの香りのはずなのに、彼の髪からはどうしてこうも魅惑的な香りがするのだろう。まるで、深い冷たい沼に一輪だけ咲く蓮の花の香りのようで、甘いような幻のような妖しい匂いに眩暈がする。
「っ、あ」
鈍い痛みが鎖骨に走り、沼の淵に居た私は現実へ引き戻された。痛みに思わず目を細めると、そんな私の様子を窺うように顔を覗かせた蓮二の目に三日月が宿ったのが見えた。逃げるようにカーテンに手を伸ばした私の手を、目敏く見つけて掴んだ彼の腕に浮かぶ血管が、少しだけ覗いた月明かりに照らされた。私は視界の端に捉えた新たな獲物に誘われた気がして、体を起こして彼の腕に歯を立てた。綺麗な形の眉を顰めた蓮二は、あやすように私の髪に指を這わせ、脳髄の裏を舐めるように撫でた。それだけで痺れそうになるなんて重症だと思いながら、逆らえる筈も無い私の体は力が抜けて、彼の手によって再び白い沼に沈められた。
漏れた月明かりを背に妖しく笑う蓮二の黒い瞳の奥に、幾何学的な形をした蓮の花が、澱んだ沼の中心に浮かぶ白い背骨の隙間から生えているのが見えた気がした。
明けましておめでとうございます。
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