2/14 daisy side
 朝。いそいそと起きて、作ったチョコと、高級チョコを持って家を出た。
 ちょうど出てきた遊くんとはち合わせて、遊くんがニコニコしながらこちらに近づいてきた。

「おねえちゃん、おはよう!」
「おはよう。遊くん、昨日は本当にありがとう」
「いいのいいの。おれが勝手にやってるんだしさ。それじゃあ、頑張ってね!」

 手を振って、遊くんは学校へと向かって行った。
 うん。わたしも、行かなくちゃ。
 早く、渡したいな。頑張って作ったんだもん。きっと、喜んでくれる…よね?
 このチョコなら、「嬉しい」って言ってくれた瑛くんに恥じないと思える。出来がいいって胸を張れるわけじゃない、だけど、わたしの精いっぱいで作ったから。
 チョコを入れた袋の持ち手をぎゅっと握って、歩き出した。

* * *

「佐伯くーん! これ、受け取って〜!」

 瑛くんのクラスを通りかかる度にそんな声が飛んできた。あんなふうに、自信を持って渡せる女の子がうらやましかった。
 渡せずにタイミングを見失って、もう昼休みになってしまった。
 廊下から見える瑛くんの机には紙袋が提げてあって、そこからはすでに山盛りのチョコが見えた。少しだけ、尻込みをしてしまう。

「うっわ。やっぱりプリンスとか呼ばれてるだけあるな」
「わっ。ハリー? びっくりした!」
「オッス。どうよ、ちゃんと作ったか? チョコ」
「……うん。でも、あんまりうまくいかなかった」

 しょげた様子のわたしを見て、ハリーはバシッと背中を叩いた。

「い、痛いよ! 何するのっ」
「バーカ。大丈夫に決まってんだろ! それとも、テキトーに作ったのか?」
「一生懸命作ったよ!」
「じゃ、問題ねぇよ。どーんと行ってこい」

 ニカッと笑うハリーを見ていると、本当に大丈夫だと思えてくるから不思議だ。

「…あっ。ね、ハリー、ちょっと待ってて!」
「あ? 別にいいけど」

 急いで自分の教室に戻る。バッグから高級チョコを取り出して、また廊下へと向かう。

「ハリー、これあげる」
「おぉ、サンキュ……って、これ、高いやつじゃん。いいのか?」
「うん」
「義理ならもっと安いやつでいいのに、バカだなーオマエ」
「ほんとはね、迷ってたの。そっちをあげたほうがいいのかも、って。でも、ハリーのおかげで勇気、出たから。それは、ハリーにあげる」
「……そっか。なら、ありがたくもらっとくわ。サンキューな」
「うん!」

 ハリーがわたしの手からチョコを受け取ろうとしたところで、横から手が伸びてきて阻止した。
 驚いて手のほうを向くと、瑛くんが不機嫌そうにチョコを横取りしようとしていて、もっと驚いた。

「ぶっ! あはははは! おま、みっともねえ!」
「……針谷、ウルサイ」

 ひとりしきりゲラゲラ笑ったあと、ハリーは高級チョコを瑛くんの手から引き離した。そして、瑛くんの耳元で何か囁いたあと、ニヤニヤ笑いながら「じゃーな。頑張れよ」と、ひらひら手を振って消えていった。
 瑛くんの顔をちらりと見ると、熱があるんじゃないかっていうくらい赤くなっていた。もしかして、体調が良くないのかな。

「……あの、瑛くん?」
「なっ、何だよ!?」
「もしかして、具合、悪い?」
「すこぶる元気だよ! 悪いか!」
「えっ。それなら、えっと、いいんだけど…。あの、ここ、廊下だから……声のトーン、もう少し下げたほうがいいんじゃないかな?」

 わたしが指摘すると、瑛くんははっとしたように周りを見渡して、手で口を抑えた。
 イライラした風にぐしゃぐしゃ髪をかきむしってから、わたしに耳うちする。

「お前、俺に渡すものがあるんじゃないか」
「!」
「受け取ってやるから、今すぐ屋上まで来るように」

 そうして、屋上に続く階段へすたすた歩いて行った。
 何だか、さっきから驚きすぎてうまく状況が飲み込めない。しばらく廊下に立ちつくして考えていたけれど、とにかく屋上に行かなくちゃ、と、チョコを持って屋上に急いだ。

* * *

「遅い!」
「ご、ごめんなさい」

 謝ったけれど、頭にチョップが飛んできた。でも、痛くない。
 頭を押さえながら恐る恐る瑛くんのほうを見ると、目をそらされた。少しだけ傷つく。

「……ここだと、人目につくから。こっち」
「えっ? う、うん」

 瑛くんが給水塔の影に座るので、わたしもそれにならった。
 隣を盗み見ると、やっぱり不機嫌そうな顔をしている。もしかして、わたし、何かしちゃったのかな……。

「ん」

 ずい、と手が差し出される。よくわからなくて首を傾げると、持ってきた紙袋を指さされた。

「俺に、くれるんだろ」
「……うん」
「じゃあ、早く」

 おずおずと差し出すと、「ありがとう」と珍しく素直な声が返ってきた。

「開けてもいいよな?」
「えっ。あの、それ、あんまり見た目が良くなくて……」
「別に、そんなの気にしない」

 わたしのやんわりとした制止を振り切って、瑛くんは箱の包装を解いた。
 形の不揃いなトリュフが目に飛び込んできて、やっぱり呆れられちゃうかも、と瑛くんの顔を見た。
 瑛くんはトリュフを見つめたまま、ぽかんとした様子で黙っている。
 ──頑張ったけど。ああ、だめだったかなあ。

「これ、お前が作ったの?」
「うん……。ごめんね」
「バカ、なんで謝るんだよ。俺、すごく嬉しいんだってば」
「ホ、ホント? 呆れてない?」
「呆れるわけないだろ」

 頭に手が乗っかって、ほめるみたいに撫でられる。うれしくって、何だか泣きそうになった。

「もしかしてさ、最近コソコソしてたのって、これのせい?」
「うん。失敗しちゃったら、高級チョコにしようと思ってたから。手作りするの、知られたくないなあって」
「なんだ……。なんだ、そうだったのか。なんだよ、なんだ……」

 ぶつぶつ呟きながら、瑛くんは頭を抱えてうずくまった。さっきは元気だって言ってたけど、本当に体調が悪いのかもしれない。

「瑛くん、大丈夫?」
「なにが」
「だって、さっきから変だよ」
「お前のせいだ」
「わたしのせいなの?」
「なあ、これ食べていいよな?」
「えっ? うん、いいけど……」

 わたしの質問を無視して、瑛くんはトリュフをひとつ取って口に放り込んだ。

「美味しい。コーヒーの味する」
「ほんと? あのね、瑛くん、コーヒー好きでしょ? だから、コーヒー風味にしてみたの」
「ほら、お前も食べろよ」

 トリュフを差し出されて、断るのも悪いかとそれを食べた。昨日、たくさん味見をしたから味はわかっているのだけれど。瑛くんの手を通して食べたそれは、昨日に食べたものより美味しい気がした。

「うん。美味しい」
「見た目は、まあ、あれだけどさ。ほんとに美味しいよ、これ。……ありがとな」
「良かった、喜んでくれて」

 びゅう、と風が吹く。二月の屋上はすごく寒い。思わずくしゃみが出た。
 マフラーとか、持ってくれば良かったかも。

「そういえば寒いな。手、貸せよ」
「でも、学校だし」
「ここだったら見えないだろ。いいから、ほら」

 無理やり手を取られてしまった。
 やっぱり瑛くんの手はあたたかい。

「あったかい」
「……俺はまだ寒いんだけど」
「でも、わたし何も持ってないよ」

 瑛くんはこちらをしばらくじっと見つめて、そしてわたしを抱きしめた。
 いきなりのそれに、わたしの心臓が急激に早くなる。嬉しいけど、心臓に悪い。

「こうすればさ、あったかいだろ」
「そ、そうだけど……!」
「チョコのお礼にさ、あっためてやる。……イヤなら、やめる」
「………イヤじゃ、ない、よ」

 頬があつい。寒さなんてどこかに飛んで行ってしまった。
 瑛くんの胸の中で、彼の心臓もどくんどくんと強く脈打っているのを聞いた。わたしだけじゃないんだ、と、少し安心する。
 安心したら少しおかしくなって、小さく笑った。

「なに笑ってるんだよ、このボンヤリ」
「ふふ。何でもないよ」

 繋いだ手と、抱きしめる腕に少し力がこもる。男のひとのそれに、また胸が高鳴った。
 これ以上ドキドキしたら死んじゃうかもしれない。


「………すき」


 気づいたら、小さく呟いていた。
 はっとして瑛くんの顔を見ると、瑛くんもこちらを見ていて、顔が熱くなる。

「今、なんて……」
「〜〜〜っ!!」

 急いで瑛くんから離れて、その場から逃げ出そうとする。でも逃げ切れるわけがなかった。あっさりと手を掴まれて、今度は後ろから腕の中に閉じ込められた。
 ぎゅっと目をつぶって、わたしはだんまりを決め込んだ。

「なあ、黙ってたらわかんない」
「………」
「なんて言ったの、さっき」

 その声音が楽しそうで、ぜったい聞こえてたんだろうなと思う。このひと、また言わせる気なんだろうか。

「あかり」

 耳元で名前を囁かれて、びくんと身体が揺れた。

「す、」
「す?」
「すき焼き食べたいって言ったの!!」
「はあぁ?」
「すき焼き美味しいから、食べたいなって思ったの! なんて言ったと思ったの? 自意識過剰だとおもう!」

 なんて、手を握りながら言ったって信憑性もなにもあった話じゃないのだけれど。わたしの顔、いまきっと世界でいちばん赤い。
 背中でくつくつ笑う声がして、余計に恥ずかしさが増した。もう、消えちゃいたい……。

「ああ、そうか。すき焼きか」
「うん。すき焼き」
「ちょっと調子にのりすぎた。ごめん」
「……」
「………勇気が出たらさ。ちゃんと、俺から言うから。だから、待ってて」
「……うん」

 あとはもう何も言わずに、ただ体温と呼吸だけがそこにあった。
 お互いの身体があつくて。ほんとに、チョコレートみたいに溶けて死んじゃうかもしれないって、思った。





***************
書いたひと→さき子

最後の最後でイチャコラさせられてわたしは大変に満足です!!
ちょっとやりすぎかなって思ったんですが、書いてるうちに楽しくなっちゃって気づいたらこうなってました。書いててマジで楽しかったです!(笑)
あとはスミ子さんにお任せするだけです…!
好き勝手してすみません、よろしくお願いします。




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